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────タァンッ…………!!!
突如として、戦場に響き渡った1つの音。
轟音、と言うには些か小さく、それでいて殺意を証明するには明らかに小さな、1つの音。
爆音が轟き、瓦礫が粉砕される騒音に満ちたこの戦場の中で、本来ならば他の音に紛れてしまい、意図的に耳を傾けていないと聞き取る事すらも出来無いハズの、乾いた音。
しかし、不思議とこの場に居合わせたモノ全ての耳に届いていた様子であり、俺の手元に握られたソレから発せられてから少しの間を置いて、周囲に満ちていたハズの戦争音楽が不自然なまでに静まりかえってしまっていた。
そうして、集められた視線の向かう先は主に2つ。
1つは、俺の手に握られ、銃口から白煙を上げる一丁の銃。
もう1つは、銃口が向けられている先であり、俺が今の今まで相対している相手であり、かつ唐突に生えていた脚の1本を吹き飛ばされた統率個体であった。
この戦いが始まってから、初めて発生した、部位欠損、とでも呼べるレベルの損傷。
これまでも、大斧の刃を叩き込まれたり、放った触手を切り払われたり、と負傷する場面はそれなりに在ったものの、それでも戦闘や行動に支障が出るレベルのモノでは無く、言ってしまえば大きめな切り傷や打撲傷、と言った程度だろう。
だが、今回は違う。
明確なまでの負傷、しかも人で言えば四肢欠損……とまでは行かないまでも、それでも指が数本吹き飛ばされた、と言ったレベルの負傷である事には間違いが無く、斧の刃を叩き込んだ時にも発生していなかった流血が、無視出来ないレベルで発生しているのも確認出来ていた。
呆然とした様子にて、引き千切られた脚へと視線を向けていた統率個体。
徐々に、まるで油の切れたブリキの人形の様な動作にて、関節が軋む音が幻聴出来る程に覚束無い動作にて、こちらに視線を向けて来る。
直前までは、愉悦と嘲笑により歪み、半月を描いていた瞳。
しかし、今は元々の真円に戻っており、そこには驚愕と混乱と観察、それと僅かながらに恐怖の色が混ぜられているのが見て取れた。
それもそのハズ。
何せ、現代に於いて銃器とは、対人用の兵器に過ぎない、と言うのが一般的に広まった常識、なのだから。
魔物相手には、純粋に火力が足りない場面が多い。
怪人や改造人間、魔法少女や魔術師といった類いに関してはワンチャン有り得るものの、それも相手が油断していれば、と言う程度。
正直、通用するのは戦闘者では無い一般人が関の山であり、目の前のヤツの様な、異形系の侵略者に対して使用しても効果が出る様なモノでは無いのだ。
そして、その常識を、目の前のコイツは所持している。
半信半疑ではあったが、元々存在していた人間の身体を乗っ取り、寄生して生きていた生物なのだ。
当然、脳もそのまま乗っ取っているハズであり、同時に意図的に破壊されていない限りは、身体の持ち主が持っていた記憶と知識も引き継いでいるだろう。
そうでなければ、服を着る、なんて社会通念や、新たに乗っ取った身体の動かし方生かし方、なんて理解出来るハズも無く、無茶苦茶な使い方をしてあっという間に使い潰して御仕舞、なんて事態になりかねないのだから。
だからこそ、目の前の光景が理解出来ずに恐怖しているのだろう。
自らの身を傷付けられる銃器が、存在するハズが無い、と理解していたのだから。
そんなヤツに対して、俺はバレルの下に取り付けられたレバーハンドルを前後させて次弾を装填し、それまで薬室に収まっていた空の弾殻を排出する。
そこには『MSSB』、『ミスリル銀スラッグ弾』の刻印が入っていた。
「どうだ?
特製のミスリル製の弾丸を込めたスラッグ弾の味は。
いや〜、この口径の弾と銃用意するのに、かなり苦労したんだぜ?
何せ、既存の製品じゃあ、そもそも存在しないからな。
一から十まで、全部手作りする羽目になったからよ。
だが、威力の方はお墨付きだ。そうだろう?」
往時の猟銃、野山の王たる熊を撃つためのライフル弾。
それよりも口径が大きく、筋肉と脂肪の鎧を貫く為の貫通力よりも、より一撃の打撃力を求めた結果生まれたバカ弾丸は、産みの親たる俺の手でも、身体強化が無ければ、文字通り一発撃つだけで肩がもげる事態になった。
が、その威力はお墨付き。
下手な打撃であれ、斬撃であれ、もっと削ってから、であればまだ通る目も在ったかも知れないが、今の状態ではどうあっても通る事の無かったであろう攻撃が、こうして通っているのだ。
流石は、パイルの技術を応用し、弾殻の中に火薬の代わりとして粉末状にした賢者の石を仕込んでいるだけの事はある破壊力である。
お陰で、俺以外には、運用も生産も欠片も出来ないモンスターウエポンが爆誕した訳だが、まぁ使うのは俺くらいだから多分大丈夫だろう。
そんな、軽いノリで、再び構えて銃口を向ける。
今更ながらに外見を語れば、最早銃って括りで良いのか?とツッコミを受けそうなモノとなっている訳だが、まぁ個人が携帯・運用しているのだから、きっと銃で良いだろう。
まぁ、取り敢えず殺せれば何でも良いのだが。
なんて胸中にて1人呟きつつ、トリガーを絞る。
既にリロードは終わっている為に、反動に耐えながら狙いを付けるがままに、再び銃口から暴力の化身を吐き出させる。
────タァンッ…………!!!
またしても、酷く乾いた音が周囲へと響き渡る。
その破壊力からは考えられない程に小さな音であったが、その成果は再び破壊され、地へと堕ち、2つ目の真っ赤な滝を創り出した事で再度証明が為された事だろう。
そして、事この段に至り、漸く周囲も動き出す。
統率個体や魔物型等、俺を殺そうとしたり、どうにか攻撃を止めようとしたりするモノから、通常の人型の様に、どうにかしてこの場から逃げ出して群としての命脈を繋ごう、と足掻くモノまで。
しかし、ソレは既に想定内。
前者に関しては、こちらに向かって来てくれるなら、と近付くのを幸いとして、手当たり次第に近くの個体から俺が撃ち抜いて行き。
後者に関しては、順次ラストが追って狩っているが、それだけでは無く、外縁部を人避けの結界の応用にて、無意識的に結界に留まろうとする心理を働かせる術式を敷いている為に、そこまでしない内に片が付く事となるだろう。
そうしている内に、不意に俺の手から得物が弾かれる。
視線を向ければそこには、俺の背後から伸びている触手の姿が。
どうやら、地中を這わせる事で大回りし、俺の感知を掻い潜った様子。
そして、同時にこれ幸い、とばかりに残っていた大型の魔物型と、ヤツ本体からも攻撃が殺到し始める。
どうにかして、脅威となる武器を手放させたのだから、今の内に仕留めきる!
言葉は無くとも、そう読み取れるだけの気迫が込められた総攻撃。
しかし俺は、バックステップで適切な距離を取ると、おもむろに空間収納の中へと手を突っ込み、そして目的のモノ逹を次々に引っ張り出して見せる。
「思い切った行動に出た直後で残念だが、別にアレ一丁限りだ、とは言った覚えが無いんだが?」
俺の言葉の通りに、そこには先程まで俺の手元に在ったのと同じモノ、同じ銃器が少なくとも十丁は並べられていた。
大方、あの一丁さえどうにかしてしまえば如何様にでも!と思い切っての行動だったのだろうが、こちとら錬金術師だぞ?
有効だと思われる得物を、わざわざ1つしか拵えない理由なんて、それこそ素材が無い、とかでないと考えられないし、そもそも素材からして創る事が出来るのだから、そりゃ量産しないハズが無いだろうに。
まぁ、そんな事向こうの知った事では無いか、と半ば哀れみにも近い考えをしながらも俺は、何時ぞやの戦いの際と同じ様に、思念操作によって両手に携えた分以外を宙に浮かべると、脳をオーバーヒートさせながらも事態を片付けるべく、トリガーを引き絞るのであった……。




