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衝撃波により内臓を撹拌され、半ばグズグズにされながらも、放った捨て身の一撃。
陽光を反射して銀色に煌めく巨大な刃が、足首まで地面に埋めてまで身体を固定した俺の体重によって威力が形作られ、太く長く硬い脚へと叩き込まれる!
────ドンッッッッッッ!!!
まるで、爆弾でも破裂したかの様な轟音が、周囲へと響き渡る。
実際には、巨木、と呼ぶのには些か憚られるものの、それでも比較対象が大木と呼ばれるレベルの木々に近しいであろうサイズを誇る脚へと、俺の攻撃が直撃した音なのだが、その成果はご覧の通り。
赤黒く染まり、謎の繊維が折り重なる事で強度を担保されていた、大木と見間違わんばかりの太さと硬度を誇る脚。
無数に蠢くその内の1本とは言え、そこには銀色に煌めく巨大な刃が突き立ち、めり込み、食い込んで内部まで破壊していた。
────────ッッッッッ!?!?!?
流石に、コレは想定外だったのか、それとも単純に受けたダメージによる苦痛に対する反応なのかは置いておくとして、ヤツが声無き絶叫を響かせる。
一度は獲得したハズの機能を喪っている、と言うのは些か違和感は在るものの、ラストから齎された情報を鑑みるに、恐らくコイツらは『そういうモノ』として認識しておいた方が良い存在なのだろう。
なので、その辺は特に気にしない事にした。
「…………しかし、ちゃんと効いてくれた様で何よりだ!
全く、創れる様になってて良かったよミスリル銀!!」
脚に食い込んだ大斧の刃を、地面から引き抜いた足にて蹴り飛ばし、更に深くへと食い込ませつつヤツの近くから離脱を図る。
とは言え、元々強固な装甲に覆われて居るヤツの肉体に対して、最初からめり込んでいる、とは言え通常の銀を使って作った様な得物では、流石に柔らか過ぎてそんな事をしようモノなら、即座に刃が拉げるか、それとも砕けるか、のどちらかになっていただろう。
だが、先の言葉の通りに、俺が使っていたのはただの銀では無い。
向こうの世界にのみ存在する魔導金属の一種であり、この世界でも存在は示唆されているものの、未だに錬成する事も生成する事も出来ていない、ファンタジーではお決まりの一品。
鋼を軽く上回る剛性・靭性を持ちながら、それでいてアルミよりも軽く、同時に魔力との親和性も抜群に高い。
今まで、一部の侵略組織のみが手にしており、その奪取にはまだ成功しておらず、手に入ったのであれば、対侵略組織のみならず各方面から文字通り『殺してでも奪い取る!』な状態でのオファーが殺到するであろう、夢の様な物質だ。
まぁ、この世界では俺しか創れないんだけどね!
向こうの世界でも、結構貴重な物質だったし、多分俺が創れる、とは誰も知らなかったんじゃないだろうか?
知られていたら、もしかしなくても監禁&奴隷として魔力が尽きるまで生産し続けさせられる、とかの未来?が待っていたハズだ。
尤も、そうなったらそうなったで、幾らでも仕返しの手は仕込めただろうけど。
値崩れする程に大量に生産してやったり、わざと確率でミスリル銀とよく似ているただの銀を混ぜてやったり、そもそもミスリル銀だ、と偽ってただの銀を渡してやっても良い。
そうすれば、いざ使おうとして失敗の連続に陥ったり、経済が破綻したり他国からの信用を喪ったりする羽目になっただろうけどな!ウケケケケッ!!!
と、そんな風に、半ば現実逃避じみた回想を挟んではみるものの、やはり現状に変わりは無く。
自らの肉体を蝕む銀の刃を打ち込まれた化け物は、俺に対する直前までの認識である『路傍の石』から、どうやら『叩き潰すべき敵』へと格上げをしたらしく、先程までは感じ取れなかった明確な敵意と殺意とをこちらへと向けて放って来ていた。
「………さて、取り敢えずのお仕事はコレで大丈夫だろうけど、コレからどうするかな?
さっきみたいなのは、結構痛いからあんまりやりたくは無いんだけどなぁ……」
思わずぼやきが口から零れ出る。
まぁ、ぶっちゃけた話をすれば手立てが無い訳では無い。
と言うよりも、こうなる事は予め分かっていた事なのだから、手立て自体は用意して在るし、出来なければこうしてこの場に来てはいない。
兄貴やら親父やらの伝手を辿って、複数の対侵略組織にこの場の事をリークしてどうにかさせていた事だろう。
…………今、無責任な!とか思った者も居るだろう。
それは、まぁ当然の反応と言えなくも無い。
が、それはあくまでも心情的な話。
別に、公的な立場やら所属やらが在る訳でも無いのに、襲われてムカついているから、なんて理由だけで、勝てるかどうかも分からない相手に命懸けで挑んで来い!だなんて、一体何様の立場で抜かしているつもりなのやら?
そうでないと被害が出る?
お前が1番経験が在って対処がし易い?
で?だから?
だから何?
ここの処分かっていない奴らが多いみたいだからハッキリさせておくが、『出来る』と『出来無い』では大きな隔たりが在るのと同時に、『やる』のと『出来る』のとでもまた、大きな違いが存在する。
『出来る』と『出来無い』の差は簡単だ。
ソレが可能か不可能か、の違いでしかない。
要因は様々有れども、それでもやはり結果は単純な『出来る』か『出来無い』かでしかないのだから。
だが、ソレが『やる』『出来る』の比較になると、途端に様相が変化する。
どちらも可能と言う意味合いに変わりは無いが、そこに実行者の意思が介在し、やる気、と言う要素が存在するかどうか、が大きく異なる事になるから、だ。
出来るならやれ、と言う言葉は、よく耳にするし口にする事も多いだろう。
だが、ソレを言ってしまえば、誰だって全ての事を自分自身で熟さなくてはならなくなってしまう。
少なくとも、誰かの戦いを眺めるだけの傍観者の立場や、背中に護って貰える護衛対象として隠れる事は、許されざる大罪となるだろう。
だから、やれるヤツがやる。
やりたいヤツが、やるのだ。
この場で言えば、確かに俺は『やれる』側だろうし『出来る』側だろう。
だが、別段『やりたい』からここに居る訳では無い。
あくまでもやらなくちゃならないからここに居るのだ。
そんな俺を捕まえて、やれるならさっさとやれ?
出来るのなら早くしろ?
冗談じゃない。
なら、そう言うお前らでやれば良い。
相手も生きている以上、誰でも殺って殺れない事は無いのだから、自分達でやれば良いだろう?
大丈夫、いつかはきっと倒し切れるだろうから、だから自分達で頑張って努力してどうにか倒して見せてくれ。
俺は後ろで応援だけさせてもらうから。
────なんて脳内で持論を展開し、どうにか気を紛らわせながら現実逃避をしているのも、流石に苦しくなって来た。
アレから、幾度かは同じ手が使えた為に、既に何本かの脚は潰せた状態となっており、幾本かの巨木の様な脚には巨大な斧が突き刺さったままの状態となっていた。
が、流石にそこまで痛め付けられては、それまでのやり方では不味い、自分の不死性によるゴリ押しは効かない、と判断してしまったらしく、手を変えて来たのだ。
そう、大雑把な攻撃は、周囲の瓦礫を飛ばして来る、と言う遠隔攻撃にのみ留め、自ら繰り出す攻撃は、より正確に俺本人を狙ってのモノへと変化を遂げてしまっていたのだ。
現に、今も振り下ろすのでは無く、新たに背中側から伸ばした脚?腕?を、真っ直ぐかつ高速にて俺へと目掛けて伸ばして来る。
幸いにして、見切れなくは無い速度であった為に、辛うじて身を躱して回避するも、その余波にて指が数本持って行かれてしまう事になる。
この程度の負傷であれば、既に何度も受けているし、賢者の石の効果で直ぐにでも欠損も治る。
が、このままでは用意していた『取っておき』が使えないままに、時間ばかりが稼がれてしまう。
故に俺は、さて、どうしたものだろうか?と、半ば他人事の様に頭を悩ませる羽目になるのであった……。




