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そうして、暴れる事暫しの間。
俺達は、連中の数を半数近くにまで減らしていた。
とは言え、それも別段難しい事では無い。
何せ、相手はそれなりに固まった集団であり、かつ日中である為か動きも鈍く、それでいてこちらは一撃当てればそれで良い、と言う状況なのだ。
特に致命部位を狙う必要も無く、と言うよりも狙ってはならない状態で、軽く手足を斬り付ければ良いだけ。
それでいて、相手の方からこちらに向かって来てくれている、なんて状況なれば、流石に減らせない方がどうかしている、と言うモノだろう。
…………だが、連中とて馬鹿でも阿呆でも無かった様子。
ある程度まで俺達が数を減らすと同時に、それまで向かって来ていた個体群が、唐突にその場から散ろうとする動きを見せ始めたのだ。
取り敢えず、どれかの個体が生き延びれば、まだ勝ち目は在る。
今は、統率個体が変異し、繁殖欲求が抑制されてしまっているが、それでも群れの個体数の減少に伴う全滅の危機を前にすれば、否応無しに感染の拡大を再度許可される事になるだろう。
なんて、理屈からの行動。
しかして、確実に理には適っており、かつ俺達が今されて最も嫌な選択肢である事には、間違いが無い。
なれば、とこちらも先回りやら妨害やら、へと動こうとすると、今度は俺達の前に立ちはだかる高い影。
言わずもがなかも知れないが、魔物型の個体が俺達の前へと立ち塞がっていたのだ。
「…………流石に、デカいだけあって、一撃じゃ倒し切れていなかった、って事か……」
狼の様な個体や、ゴリラの様な個体。
そもそもコレは生物なりや?とツッコミを入れたくなる様な個体等、それなり以上にレパートリーの在る魔物型逹であったが、その半数近くに共通して、既にその身体に斬線が刻まれている、と言う特徴があった。
そう、それらの殆どは、既に俺とラストとが、一度は斬り伏せている個体である、と言う事なのだ。
今俺の目の前に居る個体だとか、ラストの左右から回り込んで圧力を掛けようとしている個体逹だとか、俺自身の手で斬りつけた記憶が在るから、やはり間違いでは無いハズだ。
人型とは異なり、身体が大きい為に本体に刃が届く程に深く切り裂く事が出来なかったからか、はたまたガワが大きい為に中身も多く、刃として打ち込んだ分では量が足りなかったのかは分からない。
が、それでも効果が全く無かった、と言う訳では無いらしく、元々昼間と言うこともあってか動きが多少鈍っていた様子だが、今はソレが顕著に現れており、俊敏さと言う点に関してはかなりの低下が見られる状態となっていた。
とは言え、それもあくまで相対的に比べれば、と言う話。
実際の処として、そこまで極端に落ちている様には見えていなかったし、何よりその身体の大きさは未だに健全であり、肉壁として考えるのであれば、その役割は十全に果たせる状態と言えてしまう事だろう。
更に言えば、それまで静観の構えを見せていた変異統率個体にも、動きが見られ始めていた。
何故今の今まで動かなかったのか?に関しては、正直分からない。
既に例の繭を破って暫くが経過しており、蛹から還った昆虫が、体表を乾かして変態を終える様に、何かしらの時間経過が必要だったのかも知れない。
が、遠目に見えている限りでも、以前繭に籠もるよりも前の、大昔のアニメ映画に登場した怪物じみた外見、赤黒いナニかの集合体の様な姿は変わっておらず、乾燥によって強固な装甲と化している、と言う感じにも見えてはいなかった。
そんなヤツが、動き出したのだ。
周囲に散らばる瓦礫をものともせず、更に言えばそれらを気にする素振りすらも見せずに踏み潰し、踏み砕きながら、クモの様な形状になっている脚を進めて来る。
元より、姿勢の安定性と地面に対する踏破性が高い多脚機構。
それに加えた、巨体によって生み出される重量と大きさに見合った筋力により、元鉄筋入りのコンクリートだろうが、倉庫として内部に残されていた鉄塊だろうが、構わず踏み潰して進んで来るその姿は、最早怪獣と表現するしか出来無いモノとなっていた。
脚を運ぶだけでも、地響きが発生し、軽く足下が揺れる。
そんな巨体の持ち主が、明確な意思を以てこちらに接近しようとしているのだから、その迫力は想像を絶するモノとなっていた。
とは言え、高々その程度、それがどうした?と言うのが正直な感想。
俺にしてもラストにしても、この手のデカブツとは向こうの世界にて散々戦う羽目になっていた。
俺は、半ば無理矢理派遣されて、その先で命を掛けての魔物討伐にて。
ラストはラストで、七魔極の血筋、と言う事で半ば魔族側の領主的な立ち位置でもあった為か、半ば義務として定期的な魔物掃討の際に。
それぞれの立場と理由にて、それなりに場数は踏んで来ている。
その為、特に怯む訳でも、脚を竦ませる事も無いままに、向かって来たヤツを中央に据えて左右へと散開する。
「俺はこのままコイツを抑えるから、そっちは周囲の連中を狩ってくれ!
それと、アレは忘れずに頼むぞ!!」
「えぇ、勿論!
でも、ちゃんと合図はくれないと、ソレはソレで困るのだけど!?」
「大丈夫だ。
どうせ、嫌でも気付く事になる!」
別れ際にそう言葉を交わした俺達は、それぞれで目的を持って動き始める。
ラストは、周囲に散らばろうとする連中を掃討して『次』を作る芽を刈り取る為に。
俺は、大元となっている統率個体をここに留め、かつ仕留めて事を終わらせる為に。
そうして、左右のみならず、前後でもほぼ同時に真逆の方向へと俺達は飛び出して行く。
兎に角数を熟さなくてはならないラストは、身体を更に変形させ、最早俺と戦った時の姿がかなり大人しめであり、かつ能力的にも対個人に向けられたモノであった、と言う事を強く印象付けられる活躍を始めていた。
一方俺は、彼女とはまた真逆の構え。
前に前にと進んで自ら殲滅の為に動くのでは無く、その場に佇み相手を待ち構え、確実に手足をもいで力を削り、絶対の確率にて勝利を得る為の手順を構築して待ち構える。
そんな状態の俺へと、ヤツの脚の内の一本が打ち下ろされる。
まるで、何か企んでいる様だが洒落臭い!とでも言いたげな、完全に力押しかつ物量(物理)で叩き潰すつもりでの、大振りな一撃。
直前まで、歩行の度に轟音を響かせていたソレが、明確な意思と殺意とを以てして、俺の頭上へと襲い掛かる!
が、当然、そんなモノを真正面から食らってしまっては、流石に『賢者の石』で損傷を修復出来る俺であっても即死する為に、受けずに回避を選択する。
敢えて距離を取らず、ほぼ紙一重に近い距離にて、振り下ろされた脚を回避するも、それだけ巨大な質量が動けば、振るわれるだけで風圧が発生し、振り下ろされれば着弾と共に衝撃波を周囲へと振り撒く事になる。
普通ならば、そんな距離に居続ければ、風圧で吹き飛ばされるか、衝撃波で中身を撹拌されるかのどちらかになるだろう。
だが、それもあくまで何の対策もしていない場合、の話。
予め、来ると分かっているのならば、俺ならば耐えられる!
なんて考えると同時に、爆風じみた風圧と、まるで地面がのたうった様な衝撃が足下から突き上がり、同時に内臓を衝撃波が貫いて行く。
瞬時に意識が吹き飛び、同時に身体までバラバラになりながら吹き飛ばされそうになるも、先んじて心臓の『賢者の石』を高機動状態へと移行させていた事により、意識が途絶える事を防止するのに成功した。
まぁ、その代償に、身体の方は一瞬とは言えズタズタにされてしまっている訳だが。
吹き飛ばされない様に、と地面に足をめり込ませて身体を固定していた為に、モロに受ける羽目になってしまったのが原因だが、脚そのものを受け止めるよりかは遥かに被害は少ないだろうし、そもそも痛いだけで即座に治るのだから、寧ろ儲け物、と言うヤツだろう。
そうして、半ば自爆技に近しいやり方にてヤツの攻撃を回避?した俺は、今度はこちらの番だ!との意味合いも込めて、用意しておいた得物を空間収納から取り出すと、思い切り振りかぶって間近に在る脚へと、渾身の力を以てして叩き込むのであった……。




