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「…………そんな、死んでる……!?」
まるで、予想外の事が起きた!と言わんばかりの素振りにて、俺はそう言い放つ。
大袈裟なまでの身振り手振りにてそう振る舞い、この場に在る視線のその全てを、俺へと集めて行く。
「何と言う事だぁ!
この世には、悲劇的な死が満ち溢れているっ!?」
唐突に訪れた、理不尽な死を嘆くかの様なその言葉。
これが、被害者の知り合いか家族、もしくは親しい間柄の者から発せられたのであれば、割りと普通の事であったのだろうが、今回発したのはバリバリに加害者である側の俺。
そう、嘆いている事そのものである、悲劇的な死を齎した、張本人である。
この場を注視せず、第三者的な目線で居られた者がいたのなら、確実にこう言った事だろう。
『お前が言うな』
と。
実際問題、よく見れば分かる程度には、俺の口元は吊り上がっており、確実に笑みを浮かべているのが分かるだろう。
声の調子からして、本当に言葉の通りに嘆き悲しんでいる訳が無く、どっちかと言えば堪えた笑いが混じっている、と言うのが分かるハズだ。
端から見れば、完璧にふざけている様にしか見えない事だろう。
現に、俺本人としても、昔読んだ漫画だか、それともアニメだかの真似事をしてふざけている以上、そう言われても当然ではあるが、こうして視線が俺へと集まる、と言う事は即ち。
俺以外がフリーとなる、と言う事に繋がる。
「死んでる、って他人事な。
ソレをやったのはご主人様でしょう?
と言うよりも、そもそもその方死んではいないのでは?」
集団の外周部から囲い込み様に、音も気配も無く駆けながら銀閃を閃かせていた影から、漸くツッコミが入れられる。
言わずと知れた事ではあるが、当然の様に影の正体はラストであった。
俺が最初の個体を迎撃し、その上で小芝居を始めると同時に、俺の意図を察して行動を始めてくれていたのだ。
消音性と機動性を確保する為に、脚をヤギや鹿の様に変形させ、不安定で足場として不適格な瓦礫の山であっても、関係無く踏破して見せるその姿は、まるで舞っているかの様でもあった。
惜しむらくは、その姿を視認していたのが、俺ただ1人きりだった、と言う事だろう。
この場に居るのは俺達だけで、そして視線を向けていたのは必然的に俺のみになる為に、何とも勿体無い気もしないでは無いが、あの妖艶さすら漂う美を独占出来た、と考えれば役得とも言えるかも知れない。
そんな彼女が両手に携えているのは、銀光を煌めかせる短剣を複数本。
当然の様に力を行使し、自らの肉体を変形させているラストは、その両手すらも変異させ、複数の触手の様な状態へと形を変え、流さすらも変えて周囲に棒立ちとなっている『血啜蟲』逹の間を駆け抜ける。
至極当たり前の事だが、勿論擦り抜けるだけ、で終わるハズも無く。
擦れ違うと同時に、無数に別れ、それぞれで短剣に巻き付く形で保持している触手が翻り、次々に連中を切り付けて行く。
幾条にも銀閃が奔り、それと同時に幾つもの影が地面へと倒れ込む。
もがきながら白目を向き、泡を吹いて痙攣し、最終的には顔面の穴と言う穴から、正体不明の液体を垂れ流しにして力尽きる。
丸っきり、俺の足下で倒れている男と同じ状態であり、生きてはいるが戦線への復帰は不可能だ、と一目で判断出来てしまう程度には、どうやら身体にもダメージが入っている様子であった。
まぁ、とは言え、先の彼女の言葉の通りに、彼らは未だに死に至ってはいない。
と言うよりも寧ろ、状態としては『救っている』とでも呼ぶべきだろう。
何せ、俺達に斬られて地面へと倒れ込み、痙攣している連中は、その体内に入り込んで支配していた『血啜蟲』のその本体のみを、的確に殺しているのだから。
「…………いやぁ、まさか本当に効くとは思って無かったよ。
一応、親父からも、銀なら効果的にダメージを与えられる、とは聞いていたけど、ほぼ一撃とはな。
それと、この段階であれば銀を使えば助けられる、なんて、こっちでの研究では欠片も出て来ていなかったデータだからさ。
随分と、楽をさせて貰えている気分になるよ」
事も無げに放たれた俺の言葉に、声無き動揺が連中の間で走り抜けるが、それも当然だろう。
何せ、連中本人ですら把握していない、出来ていないであろう弱点と対処法を、何故か敵である俺達に把握され、実践されているのだ。
まぁ、それも仕方無い、と言いたくもなる。
日光や紫外線に関しては、日常的に対策は必須だし、試す事は幾らでも出来ただろうから、それこそこの世界で生まれた段階で把握出来ていた事だろう。
…………だが、銀に関しては話が別だ。
今時、アクセサリー以外では、銀そのものに接触する機会なんて滅多に無いし、ただ接触しただけでは効果も無い。
敢えて実験するのであれば、今の様に物理的に体内に入れてみる、みたいな行動が必須であった。
そこから鑑みるからに、恐らくは身体に対して致命的な損傷や欠損が出かねない様な事柄に関しては、通常個体を使って調べ上げてある、と言う訳では無いのだろう。
…………しかし、分からんな。
コレだけ簡単に個体数が増やせて、かつ個体間で痛覚やら感覚やらの共有が強制されている生態をしている訳でも無いのに、何故自分達の致命的な弱点を探ったり、克服しようとしたりする試みを成していないのだろうか?
群れ全体を守る為には、そう言った役割を早期に作って、探り出して克服させる事こそが肝要では無いのか?
まぁ、ただ単に、小を犠牲にしてでも大を生かせ、と即座に考えられる俺が頭おかしいだけかも知れないが、それでもやっていなかったからこうなっているのだし、やはり必要だったんじゃないのか?
内心で、誰にともなく零しながら、一歩前へと歩み出る。
流石に、今は寄生していた『血啜蟲』が排除されとは言え、それでも極度の貧血と低魔力状態で、文字通り死にかけている被害者を、幾らオッサンだから、とは言え踏んづける訳にも行かない為に、ちゃんと跨いで、ではあるが。
今度は俺自ら前に出て来た事から警戒しているのか、先程の様に路傍の石を退けようとするかの様に、無防備に突っ込んで来る個体は今の処居ない様子。
だが、だったとしても、こちらから近付いてしまえば大した問題にはならない。
と言う訳で、踏み出した2歩目からは派手に加速し、手近な場所に居た別の個体へと標的を定め、刃を振るう。
当然の話だが、俺が今手にしている刃は元より、ラストが振るっているモノも、俺お手製の銀コーティングが施された得物であり、刃の鋭さは保証出来る。
なので、近寄るのを良い事に、手当たり次第に切り付けて行く。
流石に、重深度まで感染が進み、強化個体にまで至っている様な個体だと、一度斬りつけた程度ではまだまだ普通に動いて来る。
が、そこまで行ってしまっていては、流石に助けられる事は無い為に、コチラも遠慮する事無く動き続ける限りは、と幾度も刃を翻し、無数に斬線を刻んでゆく。
すると、当たり前の話ではあるが、向こうとしてもどうにかして敵を排除するべく、刻まれながらもこちらに手を伸ばして来たり、刻まれる自身を囮として活用し、他の個体に攻撃させたりしようとする。
しかし、俺もラストも、その程度の牽制やらフェイントやらに引っ掛かってやる程戦闘経験が浅い訳でも、また遊び心を前面に出している訳でも無い。
更に言えば、このままの勢いで数を減らせれば、確実に後が楽になるのだから、と全力で個体数を減らすべく2人で暴れ回って行くのであった……。




