81
ラストからこじつけにも等しい仮説を聞きながら帰宅する事になった日から、数日が経過した。
結局あの日は繭の方には特に動きは無く、丁度昼時だった事も相まって、二人で昼食を共にする事になった。
とは言え、実際に入ったのは、別段オシャンティーなイタリアンのレストランテでランチ(笑)とかでは無く、普通にそこら辺にあったラーメン屋だったが。
…………いや、俺としては、一応普通にレストランに、とは誘ったよ?
チェーン店だけどメニューも豊富でお値段も手頃なアソコに。
でも、それには待ったが掛かった訳なんですよ。
この場に於ける、最終的な決定権を持った相手から。
────そう、何を隠そう今回の主役(?)である、ラスト本人によって、である。
最初、俺から彼女に聞いたのだ。
『何が食いたい?』
と。
当然の様にラストは最初、勿論ランチはご主人様♡とか抜かそうとしていた為に、半ばお決まりかつ、俺としても慣れ始めてしまった尻ビンタで黙らせる事になった。
その結果、内股になりつつ、何やら腿に伝わせていた様ではあったが、聞かれたからには、と答えて見せたのだ。
アソコに行ってみたい。
そう言いながら彼女が指さしたのは、一件のラーメン屋。
繁華街の片隅に、どの時代どの場所にでもあったであろう、そんな風体のラーメン屋であった。
そこを指差された俺は、虚を突かれる形となった。
いや、そこにするのならアッチで良いんじゃないか?ラーメンだって多分有るぞ?とレストランの方を指差してみたが、まだ少ないやり取りの中では珍しく、彼女が意志の固さを発揮。
その結果、俺が折れてそのラーメン屋に入る事になったのだ。
入った結果、どうやら『まだ食べた事が無かったから』『どうせなら最初は専門家の手のモノが良かった』等の供述をしており、現に食べ方も知らずにいた様子。
とは言え、持ち前の電脳テクによってどんなモノなのか?は先んじて調べていたらしく、この様な機会があったのなら口にしてみたい、とは思っていたのだとか。
そうしてはしゃぐ姿は、正しく外国人観光客そのもの。
僅かとは言え、異世界からの移住者すらも存在している現在ではあったが、それでも姿形が基本一緒で、肌の色だとか髪の色が違う程度の外見であれば、やはり外国の人か、と認識するのが日本人なのだろう、と納得させられる。
まぁ、艶やかで華やかな外国人が、ラーメン屋の内装やら料理やらを目の当たりにして、目をキラキラさせながらはしゃいでいる、となれば、自然と視線もホッコリするのは不自然な事では無いだろう。
そんな感じで二人、昼食を堪能。
意外な程にラストが健啖家であり、その細い腰の何処に入っているんだ?と真面目に聞き出したくなる程にラーメンを啜り、追加でチャーハンと餃子まで頼んで、それらを残す事無くペロリと平らげて見せていた。
まぁ、扱う力が力故に、今思えば常時消費するエネルギーが凄い事になっているのだろう、と理解は出来るが、その時は俺の財布はこの先生き残れるか!?と戦々恐々する羽目になっていたのはここだけの話。
唖然とする店内に見送られながら店を後にし、未だに日の高かった街中へと繰り出す。
デートだなんだと声を高くするラストだったが、なら協力してくれたし、とデートスポットでも案内してやるか、と足を向けようとした処、真っ先にホテル街に連れ込もうとしたので、流石に本気でゲンコツを落としておいた。
…………まぁ、それはそれで内股になって腰をビクンビクンさせていたのは、見なかった事にしておいた方が良いだろう。
俺にとっても、彼女にとっても、だ。
────なんて出来事があったのが、はや数日前の事。
アレから、取り敢えず事件は収まってはいないものの、明確な変化が訪れ始めていた。
そう、以前の様に、行方知れずになる者が、明確に減ったのだ。
流石に、他の侵略組織やら、自主的に行方知れずになる者も居る為に、完全に0に、とはなってはいない様子だが、少なくとも不審者に突然襲われ、その後病院等に運ばれてから行方不明に、と言うパターンは目に見えて無くなってきたのだそうだ。
現に、教室の内部の空気も、若干ながら上向いている。
流石に、事が終わっておらず、また政府が漸く今回の案件を侵略組織によるモノだ、と断定した事で対侵略組織逹が正式に動ける様になり、徐々に連中も駆逐されつつある、なんて状態であるものの、まだ終わった訳では無いし居なくなった連中も戻って来た訳では無いのだから、まだ明るく、とは言えないモノとはなっているが。
当然の様に、それは友人逹にも言える事。
半ば脅しつけの様な形にて押し付ける事になった例の護り刀も、未だに使われる事は無く、それぞれの鞄の奥底に眠ったままとなっている。
それはそれで、大変結構。
確かに渡しはしたが、そもそもが使う様な羽目にならない事が最優先事項であり、最重要事項なのだ。
護身用、と謳いながら、積極的に使わせようとする様なモノなんて、根本的に存在意義を履き違えていると言えてしまうだろう。
それに、贈ったからには使って貰わないと!なんてモノがモノだけに言えるハズも、言うハズも無し。
金額が、入手の苦労が〜云々を言うのであれば、それこそ皆無。
本当に0から創り出している為に、その辺の苦労は基本皆無だし、何なら1番大変だったのは基本的な機能の方向性を定める事と、デザインを決める事だった、と言えてしまう程度のモノでしか無い。
…………だから、野郎共よ?
わざわざ、抜いて振り回したりなんかはしていないだろうな?
一応、模擬戦とかでなら、例の不思議結界が有る場所なら使える事には使えるみたいだが、あんまり大っぴらに振り回して良い代物じゃないんだからな?
その辺、ちゃんと弁えてくれんと困るぞ???
確認の意も込めて、紅一点たる炎上寺に視線を送る。
すると、そこはそこで、何故か剥き出しにした刀身を鏡の代わりに使ってメイクを確認している彼女の姿が在った。
…………いや、くれてやったのは俺だけどさ?
確かに、俺が指定した事以外には好きに使え、とも言った様な気もするけどさ?
だけど、そんな物騒なモノをそんな使い方しなくても良いんじゃないか?
え?下手な鏡よりもよく映ってキッチリメイクキメられるから重宝している?
…………さいですか……。
そんな風に、何気無く日常を過ごす。
かつては、こちらの世界でも、あちらの世界でも、考えられなかった程に、穏やかで生温く、それでいて戦乱に生きた者からすれば、喉から手が出る程に尊く、望んでも手にする事が難しい、そんな日常。
そうして過ごしていた、ある時であった。
俺の脳裏に衝撃が走り抜けたのは。
思わず、椅子を蹴立てて立ち上がる。
授業の真っ最中であった為に、否応無しに教師からも生徒からも、教室内の視線が一気に集中する。
常であれば、寝惚けて、とかの原因から起きるであろうこの事態。
集まった視線に羞恥心が喚起され、顔を赤らめて席に付く事になるのだろうが、そうもしていられない理由と事情が俺には在った。
故に、俺は教師からの注意も、友人逹からのからかいの声にも応える事無く、教師を大慌てで飛び出して行く事になるのであった……。
何故なら、今しがた俺の脳裏に走り抜けた衝撃こそが、連中の統率個体である化け物の周辺に仕掛けた警報が起動した報せであったから、だ。




