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「……………………いや~、今回はマジで死ぬかと思った」
自宅へと帰還し、父であるサルートと相対しながら零す。
未だに湿り気を残す頭髪が少し重いが、肩から掛けているタオルがそれらを受け止めてくれる為に、着替えが濡れる事は無いだろう。
帰宅して早々、入浴からの対面、となっている為に、身体の汚れはキッチリ落としてあるし、心臓の賢者の石が肉体的な疲労の類いも消してくれてはいる。
が、精神的な疲労だとか、疲労そのものは消えてもその感覚のみは身体に幾分か残っており、言わば『疲労感』とでも呼ぶべきモノが重く身体に纏わりついていた。
そんな、グッタリした様子の俺へと、気遣う様な視線を向ける父であったが、ソレはソレ、として問い質して来る。
「なぁ、キミヒト?
君がどれくらい戦えるのか、は大雑把には把握しているつもりだけど、それでもそこまで疲弊する程に厄介な相手だったのかい?
こうして、無事に戻って来れている以上、勝つ事には勝ったのだろうけど、その辺りの説明はお願い出来るかな?
それと、一応アレの検査結果並びにある程度の研究結果が出せたけど、ソレはもう必要無いかな?」
「…………いや、まぁ、俺として弱くは無いつもりではあるし、なんなら強い方だとは思うけど、別段俺だって無敵の存在、って訳じゃないんだから、戦えば疲れるし、厄介なヤツを相手にすればこうして疲弊もするんだけど?
それと、連中に対しての検査結果はまだ必要だから欲しいな。
特に、どうやったら殺しきれるのかは大至急必要な情報になるだろうから、ね」
そうして、俺は諸々含みを持たせた言葉を吐き出す。
そうすると、当然の様に父は食い付き、続きと結果を促してきた。
「…………まぁ、結果から言えば、勝ち寄りの引き分け、って所じゃないか?
統率個体?上位個体?になったヤツの心臓ぶち抜いて、頭まで吹き飛ばしてやったからな。
流石に、個体としては死んでいる、ハズだ」
「成る程、じゃあキミヒトの方でも、アレがそれだけで完結する生物では無く、血液を媒介として感染する病原菌、もしくは寄生虫じみた存在で、群体によって成り立つ存在だ、と言う事は把握していた訳だね?」
「あぁ、例の膿みたいなアレだろう?
アレが感染した先の血液を媒介、侵食して増殖し、その結果脳にまで至って身体を乗っ取られる、って訳だな。
俺みたいに、外的な力で無理矢理に抑え込むか、外科的に全摘出するかしないと、最初に噛まれるか引っ掻かれたりした時点でほぼ詰みになるのは反則だろうよ」
「しかも、ソレが一定以上の数が揃うと、まるで鳥や虫みたいな群体知性を獲得する、みたいだからね。
ソレを人の脳を使って構築された場合、どれだけの性能と範囲を広げられるのか、是非とも実験してみたい処だねぇ」
「はいはい、マッドな側面滲ませる前に、対処法の方を教えてくれよ。
アイツ、頭を賢者の石の魔力暴走爆発で吹き飛ばしたは良いものの、その直後に化け物みたいになって大暴れし始めて大変だったんだからな?」
「ほう、暴走?
それは、具体的にはどの様に?」
「…………結構グロい光景だったから、あんまり思い出したくないんだけど、まぁ説明は必要だわな。
取り敢えず、さっきも触れた通りに、俺はその群体知性に於ける統率個体と思われるヤツの口から爆弾を突っ込んで、頭を吹き飛ばしてやった訳だ」
「うん、そこまでは既に聞いたね。
それで?」
「あぁ、そうしたら、まぁ最初こそは普通に頭吹き飛ばされた奴らと同じ様に、真っ赤な水を吹き上げる、愉快な噴水になってくれたんだが、そこからがヤバくてな」
「…………取り敢えず、私としては、その真っ赤な噴水、と言う所から突っ込むべきかな?
連中、あの膿みたいな状態が本体で、ソレが身体を支配する程に広まったのならば、血液なんて残されてはいないハズじゃあ?」
「さぁ?そこは、正直分からん。
連中、統率個体が他の上位個体を共喰いしたら、途端に血液も戻っていたみたいだし、発声も出来ていたから、多分何かしらの仕組みがある、って事じゃないか?知らんけど。
んで、頭吹っ飛ばした所まで話を戻すけど、その直後はちゃんと死んでくれていた、と思う」
「ほう?その直後『は』?」
「あぁ、直後は。
一応、変異した、って実例からサンプルでも取れないかな?と思って少し探っていたんだけど、そうしたら唐突に死んだハズの統率個体が動き始めてな?
そしたらいきなり変形始めて、最終的にクモみたいな形になって、周囲に残ってた他の個体を喰い始めたんだよ」
「……………………?
すみません、どうやら私の耳がおかしくなった様ですね。
唐突に、人型でしかも死体と化していたハズのモノが、クモに近い形に変形して、周囲の死体を貪り始めた、とか聞こえたのですが?」
「あぁ、それで合ってるよ大丈夫だ。
最初は、死体が急に動いた、と思ったら、突然手足の関節を逆に曲げながら床を駆け始めてな。
思わず気持ち悪過ぎて見ていたら、まだ息の在った個体に近付いて、下顎だけしか無かったのに首筋にガブリ!と来たもんだ。
んで、そこでジュルジュルゴクンしてから、やっぱり喰いにくかったのか、真っ先に上顎から再生させて、手足も増設し始めて。後は手当たり次第に喰いまくってた、って感じ。
喰い散らかした、とも言えるが」
「…………ソレを止めようとか思わ無かったのかい?
もしくは、どうにかしよう、とかは?」
「一応は?
流石に、本体だ、と思っていたヤツを殺ったとしても、サンプルとして確保しようと思っていた通常個体も居たから、そいつらはどうにかして、とは思っていたよ。
でも、アイツ変異してからは俺の方には見向きもしなくなってな。
幾ら殴ろうが、手足を吹き飛ばそうがお構い無しでこっちに視線を向けもしやしない。
流石に、食い付く寸前で獲物をずらせば追撃位はしてきたけど、それも『横取りされた』って言うよりも『なんか動いた』程度の反応でしか無かったし、半ば俺を無視して、って形だったからな。
結局全部喰われちまったよ」
「そう、ですか……。
しかし、そうなると本当に厄介ですね。
倒したとおもったら、今度は暴走して他の個体を見境無しに喰い始めるとは、流石に予想外です。
でも、そんな化け物相手に良く無事に帰還出来ましたね?」
「まぁ、その手の怪物相手は慣れてるからな。
とは言っても、喰い終わったら本格的に俺への興味を無くしたらしく、その場で繭みたいになってな?
ソレ自体が何をしても壊れる事も無い上に、どうやら本体の方が眠りに就いたらしい音も確認出来たから、さっさと帰って来た、って訳だ」
そう言って肩を竦めて見せる俺へと、諦めと嫉妬心の様なモノを込めた溜め息にて、父は呆れた表情を隠さなくなってしまうのであった……。




