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《コレデ、キコエルカ?》
俺の耳、と言うか、脳を直接、そんな『聲』が突き抜け、貫く。
鼓膜を通さず、脳や精神へと直接語り掛けて来る様なソレに、理解が及ばず動作が固まる。
コレは、アレか?
精神感応の応用で、精神波的なナニカでアナタの心に直接語り掛けています、的なナニカか?
と言うか、聞こえるか、って何よ?
目の前の真っ赤なコイツがやっているにしろ、それ以外の誰かがやっているにしろ、直接話せばこんな無駄に高度で無駄な事なんてしなくて済むんじゃないのかよ???
そんな風に思いつつも、文字通り無駄な事に無駄に高度な技術を使われている様に混乱し、返事をする事も無く固まってしまう。
が、どうやら真っ赤なコイツは、その様な反応をされるとは思っていなかったらしく、それまで傾けていたのとは反対側へとコテリと首を傾げると、またしても謎の超技術にて『聲』を届けて来た。
《コレデ、キコエテイルハズダガ、トドイテイナイノカ?》
人の温かみのある肉声とも、AIに作らせた無機質な音声とも異なるソレ。
鼓膜を通さず、物理的な音波としては存在せず、直接脳髄に響き、こちらの精神を揺さぶって来るソレは、聴いているだけで不快感と乖離感が発生し、生理的な嫌悪感すらも励起させられている様にも感じられた。
なので俺は、思わず吐き戻しそうになりながらも、どうにか次の『聲』が放たれるよりも先にどうにか身体の動作を取り戻し、手の平を向けて『待て』と動作で示すと同時に、こちらからも口を開く。
「…………待て。
何をしたいのかは知らんが、一応聴こえている。
だが、さっきのはもう止めろ。
気持ち悪くて仕方が無い」
俺から放たれた言葉と、ジェスチャー。
それらの意味を受け取ったのか、それとも理解出来無い、と言いたいのか、真っ赤なコイツの額にシワが寄る。
が、表情的に見るのであれば、ソレは不快感や怒りからシワが寄っている、と言うわけでは無さそうに見える。
どちらかというと、戸惑いやソレに類する感情から、どうしたら良いか?と迷っている様にすら俺には見えていた。
が、結局の所。
ソレしか対話する方法を知らないのか、それとも持ち合わせていないのか。
それは不明ながらも、やはりその『聲』にてこちらとの意思疎通を図ろうとしてきていた。
《…………フカイトイウナラ、マズワビヨウ。
ダガ、コチラハソチラノヨウニ、オンパデイシソツウヲハカルキノウモシュウカンモナイ。
ダカラコレデススメサセテモラオウ》
「…………せめて、もう少し調整なり何なりとしてくれ。
頭の中に、直接怒鳴り声を叩き込まれる方の身にもなれよ」
《…………フム、では、コレでドウだろうか?》
「…………あぁ、大分マシにはなったな」
出力を絞ったのか、それとも最初からそう言う調整が出来たのか。
ソレは不明だが、取り敢えず一々吐き戻しそうになる不快感は大分抑えられる様になって来た。
あと、どうやら向こうは喋る事は出来ないみたいだが、こちらの言葉を聞き取る事は出来ている様だし、なんなら理解すらも出来ている様子だ。
もし、目の前の真っ赤なコイツ、と言うよりも、コイツら、と言うべきなのだろうが、コイツらが総じて『そう』なのならば、確かに納得は行く。
あの時の追跡者にしても、こちらの言葉に反応しなかったし、返事すらもしなかったのは、前者は兎も角として、後者に関してはしたくても出来なかったから、とも取れる訳だ。
…………まぁ、とは言え、それも目の前のコイツがそう言う事が出来る特異個体、的なナニカであり、追跡者の方は出来ない個体だった、って仮説が大前提になる訳なのだけれど。
とは言え、とは言えだ。
長らく……と言うには些か時間が短いが、それでもどうにかして情報を得ようとしていた相手が目の前に居て、かつこちらの問いに応えてくれているのだ。
なれば、どうにかしてこちらが望む類いの情報を引き出す事に専念し、少しでも情報を集める事に腐心するべきだろう。
「…………それで?
わざわざこんな辺鄙な場所にまで誘い込んでくれたんだから、何かしらの用事が俺にはあった、って事で良いんだよな?
なら、何がしたかったのか、いい加減説明してくれても良いんじゃないか?」
《…………ソレは、コチラも同じコト、ナノだが?
[ワレラ]は確かに、目的ヲ持ってココに居る。
ガ、ソレヲ追い回し、その上デ撃退シテクレタのは、ソチラではなかったか?》
「俺が変な事を言い出した、みたいに言うの止めて貰って良いか?
そもそも、お前だかお前『ら』だか知らないが、ソッチが俺の周囲で派手にやらかし始めたのが原因だろうがよ。
最近、噂になってる吸血鬼だかゾンビだかって、どうせお前らの事だろう?
そこまで派手にやっておいて、原因はコチラにある、とか適当に言い過ぎだろうがよ?それに、目的の1つも明かさないとか、効率悪い事この上ないんじゃないか?」
《…………目的、カ……。
ソレを明かせば、ワレラを見逃すト約束スルカ?》
「んなもん出来るわけねぇに決まってるだろうがよ。
お前らが何をしたくて最近活発に動き始めたのかは、正直どうでも良い。
それに、どうせ俺がやらなくても、近い内にお前らは侵略組織に認定されて、正式に公共の敵に指定されて狩られる事になるのは、間違い無いだろうからな。
如何に有益で有能な存在であるつもりでいても、お前は既に被害を出してる、出し過ぎている。
そんな連中を放っておける程、この国は余裕も無ければ甘くも無いんだよ。
残念ながらな」
《そうカ?
ダガ、お前には、嫌デモ協力してモラウぞ?
既にお前は、ワレラの1つナノダカラ》
そう『聲』を放って来たソイツの肩に、1羽のカラスが羽音と共に降り立つ。
その目は瞳等の部分とは関係無く全体的に赤く染まっており、止まり木となっているソイツの瞳を彷彿とさせる色に染まっていた。
…………と言うよりも、既に時刻は夕闇が落ちて久しい頃合いとなっており、普通であれば鳥の類いが自然に飛び回る時間帯では最早無い。
更に言うのであれば、野生のカラスがそこまで人か、もしくは人に類似するモノに懐く事はあり得なかったハズなので、やはり何かしらの関係はあるのだろう。
いや、寧ろ、コイツらの仲間、と言うか同類なんじゃないだろうか?
いつから、コイツらが人間相手にのみ感染?すると信じていた?
誰も調べず、答えも出てはいないのだから、可能性としては動物の類いであったとしても、コイツらの仲間されていて不思議は無いハズじゃないか?
なら、俺の追跡がバレていたのも、俺の監視に人手を割かなかったのも、あのカラスに見張らせていたからか…………!?
と、そこまで思考を回した俺に、突如として激痛が襲い掛かる。
具体的に言えば、右肩と首筋に、まるで内側から肉を喰い破ろうとしてナニカが蠢いているかの様な、そんな不快感と激痛が発生していた。
半ば反射で手を当てれば、そこには痛みが伝えて来るのと相違ない箇所に膨らみが出来、同時に不気味に蠢いているのが触覚として返ってきた。
思わず、崩れそうになる膝を抑えて、視線を前へと向ける。
すると、そこではソイツが、それまで浮かべていたモノよりも、より深い微笑みを浮かべながら、再び『聲』を放って来たのであった……。
《ドウヤッテ抑えたのかハ、正直ワカラナイ。
ガ、ソレもお前ガワレラの仲間になってカラ、ユックリと聞き出せバ良いハナシダからな。
ダから、あまり抵抗しない方ガ良いゾ?
その方ガ、長く苦しむコトになるから、な》




