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バンッ!!と音を立てる様にして、不意にライトアップを受けてしまった俺。
閃光によって漂白されていた視界が戻り、最初に目にしたのは、特徴的な『紅』だった。
赤い髪。
紅い瞳。
朱い服。
唇や爪さえも赤く染めていた『ソイツ』は、微笑みを浮かべながらソコに佇んでいた。
パッと見た限りでは、性別の判定が難しい程に整った外見。
辛うじて、立ち姿が女性的であり、かつ良く見たらヒールの付いている靴を履いていた為に、なら女性か?と仮定しておく。
そんな、朱い美人さんを前にして、俺は警戒を解く…………様な事は一切せず、寧ろ警戒を強めていた。
外見上は大した事は無さそうに見える。まぁ、いる場所がいる場所である以上、追跡者の組織の上位のヤツなのだろう、とは察せられる。
が、気配だけでは分からなかったし、こうして顔を合わせるまで気付く事が出来なかったが、コイツはヤバい。
具体的に言えば、俺がかつて死闘を繰り広げる事になった、七魔極と同程度にヤバい。
そのレベルの圧を放ち、俺を前にして無防備に立っていられる相手に、警戒を解く?結界を解いて防御を解く?あり得ないだろうよ。
なんて考えていた事もあり、特に動きを見せてはいなかったのたが、逆にそうして無言無動作のままで立ち尽くしているのが不自然だったのか、要救助者か?と声を掛けるでも無く、攻撃を仕掛けてくる訳でも無い俺に、目の前のソイツは違和感を覚えたのか、それまでよりも微かに首を傾げて見せていた。
それだけで。
たったそれだけでの動作で。
俺は思わず膝が潰れるかと思う様な、重圧を感じ取った。
……………………いや、正確に言えば、俺がその様な重圧を掛けられていると思い込んでいるだけ、だろう。
実際に、肌感覚としても、物理的に重力が変わった、とは感じないし、魔力的な要素からその様な現象が起こっているとは、周囲の様子からして有り得ないだろう。
ただ単に、俺が勝手にそう思っているだけ、なのだ。
ただその程度の動作を取られただけで、その様に思い込んでしまう程の、圧倒的な実力を、目の前の朱い女は持っている、と俺が勝手にそう認識している、と言う訳だ。
そんな風に俺が感じている、と知ってか知らずか、目の前のコイツは微笑みを浮かべたままで、先程微かに首を傾げた以外に動きを見せない。
口を開いて誰何する事も、動作を攻撃に切り替える事も、一切が、だ。
…………こんな、廃墟丸々1つ使っての罠に嵌めてくれやがった相手が、何のアクションもして来ない、と言うのは、ハッキリ言って不気味だ。
今の今まで、理性や知性を感じさせる動きを見せて来なかった相手であるだけに、何故今の今までそれらを見せる事無く、本能的に暴れるだけにしていたのか?何故俺相手にだけソレを発揮しようとしているのか?が脳裏をちらつき、嫌な予感と共に背筋が粟立つのが否応なしに感じられる。
俺からすれば、呆気なく嵌められ、掌の上で転がされてしまっている状況。
最早俎板の上の鯉も良い状態に身構えていると、唐突に『ソレ』は起こった。
突如、ガツンッ!!と頭を殴られた様な衝撃が、俺の脳を貫いた。
あまりにも唐突かつ、幾重にも防御を張り巡らせていたにも関わらず、それらをすり抜けられた訳でも、突破させた訳でも無いのに、受けた衝撃。
本来ならば、有り得ない、と断言出来る状況下での攻撃に、思わず意識を手放しそうになり、その場で倒れかけるも、どうにか舌先を噛み千切って意識を強制的に覚醒させ、転倒する事だけは回避する。
「…………ゲボァッ!?
…………一体、何が……!?」
意識を保つ為、とは言え、舌を噛み切った事で少なくない量の出血が口内を満たし、俺の呼吸を妨げる。
なので、と言う訳でも無いが、わざわざ飲み下す必要性も無い為に、その場で吐き散らして呼吸を確保する。
それと同時に、俺自身の周囲も確認。
結界は破られていないし、身体強化も解けてはいない。
更に言えば、余程特殊な体質のみが使える、と言う時間操作の類いが為された魔力の痕跡も無ければ、大規模に行わない方が難しい、とされている空間操作の方の痕跡も、俺には見付ける事が出来ずにいた。
結果、導き出された答えは1つ。
俺の防御はやはり破られてはいない、だ。
…………しかし、そんな事が有り得るのか?
だが、現に俺は衝撃を受けている。
ソレが幻覚の類いでは無かった、と言う証拠に、目や鼻や耳から、僅かとは言え出血も確認出来ているので、やはり攻撃は受けているハズだ。
まぁ、コレが攻撃では無かった、とかなら話は別になる、かも知れないが、な。
だが、だとすると余計に不可解ではある。
そんな、攻撃の意思すら乗っていない、ただ放たれた余波だけで、俺の防壁を擦り抜けて来るだなんて、それこそ…………!?!?
なんて考えていた時に、再び『ナニカ』が放たれる。
今度は、音。
物理的な衝撃波すらも伴った爆音が、俺の鼓膜を破り、脳を揺さぶる勢いにて突き刺さって来た。
咄嗟に、両手で耳を塞ぎ、口を開く。
鼓膜を保護すると同時に、外圧によって肺が潰れるのを防ぐ為の大昔から取られている防備策だが、やはり王道は安定を齎すのか、どうにかどちらも無事に済んだ。
とは言え、それでも安心は出来ない。
何せ、先程とは異なり、今度は張っていた結界も反応を見せていたのだが、複数張っていた内の最も外側であり、最も頑丈にしていたハズの1枚は破壊され、他のモノも罅が入って壊され掛けてしまっていた。
脳を揺らされた事で視界が乱れる中、大慌てで修復する為に魔力を回す。
同時に、破壊された最外の1枚は、今度はひたすらに頑丈にするのでは無く、ある程度柔軟性を持たせる様にする事で、先程の様な衝撃波を受けても破壊されない様に急いで調整し、再展開する。
そこまでやって、漸く身体を回復させる事に専念出来る。
一応、既に賢者の石を高機動状態に移行させていた為に、勝手に治りつつはあったが、それでも細々とした損傷に関しては意識してやらないと上手く治癒してはくれない為に、手は抜けない。
変な場所に損傷が残り続けて、気付いたら死んでいた、なんて事態は嫌だからな。
なんて事をやっていると、またしても目の前のヤツは首を傾げる。
ソレはまるで、何故そうなるのだろうか?と考えているか、もしくは、何で思い通りに行かないのだろうか?と不思議がっている様にも見えた。
纏い、放つ威圧感とは裏腹な、ある種純粋にも感じられる動作。
何処か幼さすらも感じられるその振る舞いに、またしても俺の脳裏が?で支配され、逃走する事への意識が逸らされてしまう。
先の爆音にて、廃墟であっても元倉庫であり、それなり以上に頑丈であるハズの壁が何箇所も崩れている為に、逃走するならば今こそが好機、であるハズなのに、だ。
冷静な思考にて、理性的な答えを出す。
が、何故か脳の大半は?で満たされ、身体はその場で縫い付けられた様に動く事が出来ず、ひたすらにソイツへと視線を注ぐ羽目になってしまう。
そうして、謎の幼い仕草を取っていたソイツが、不意に姿勢を正す。
そして、唐突に俺の脳裏へと直接
《────コレデ、キコエルカ?》
との、謎の声が届けられる事になるのであった……。




