46
「いや、なんで俺がお前らの下僕として世話してやらなくちゃならないんだよ?
向こうの世界で散々扱き使ってくれやがっただけのお前らに、俺が何かしら返さなくちゃならない恩義でも感じていた、と本気で思っていやがるのか?」
俺から発せられた拒絶の言葉に、目を丸くするアリスとフレデリカ。
どうやら、俺に対して命令すれば、取り敢えずの拠点位はどうにでもなるだろう、と楽観視していた上に、俺から返事は『YES』一択である、と認識していたらしく、2人揃って戸惑いの色が隠せずにいた。
…………俺からすれば、寧ろなんでそうならないと思っていたのか?とツッコミを入れたいのが正直な話。
無理矢理拉致し、戦力として扱き使い、散々地獄を見せた上で、自分達は婚約者として付いていながら他の男と浮気していたのだ。
不快感のオンパレードを開いてくれやがっていたのだから、嫌われて拒否されるのが当然だとは思わないのだろうか?
嫌な事をしてきた相手は嫌な相手。
嫌な相手とは、関わりたくないから、頼られたとしても断固として断る。
そんな、俺からすれば至極常識的な思考によって齎された回答だったが、どうやら理解出来ない者には理解出来ないらしく、アリスとフレデリカはそれぞれで反応を返して来た。
「…………?
えっと、勇者様?
その、先程も申し上げました通りに、私達はこちらに来たばかりでして……その、勇者様以外に縁が無い、とも申し上げました、よね?
でしたら、最低限私達がこの世界に馴染むその時まで、私達を養育し、情報を与え、財を喜捨する義務が勇者様には有るハズなのですが……?
少なくとも、私達はあちらで勇者様にそうして差し上げたハズ、ですよ……?」
「はぁ?キミヒト、貴方何か勘違いしてないかしら?
仮に、私が貴方の言った通りの扱いをしていた、として、それがどうしたのかしら?
貴方は私達があちらに呼んであげていた、使ってあげていただけの駒に過ぎないの。
だから、私達が貴方の事をどう扱おうと私達の自由だし、私達がどう振る舞おうと貴方に指図される謂れは無い。
例え、貴方と私達が婚約、と言う取決めをしていたとしても、私達には自由にパートナーと睦み合う権利が有るの、お分かりかしら?」
自分達の言い分が正しい、と信じて疑わずに、2人はそう言い放つ。
ソレに対して俺は、最早怒りや殺意を通り越した、虚無に近しい感情にて、起伏の無い声色のままで言葉を返す。
「…………そうか。
なら、言わせて貰うがフレデリカ。
お前、要するに『かつて与えたのだから今返せ』って事だろう?」
「…………え、えぇ、平たく、意味合いだけを抜き出せば、そうなるかと……」
「なら、今からお前には犬の餌と犬小屋をくれてやるから、後は道行く通行人の噂話にでも耳をそばだてて聞き入る事だな」
「……………………は???
え、ちょっと、勇者様???
仰られている意味が、理解し難いのですが……???」
「そのまま、言葉のままの意味だが?
唐突に連れ去られ、犬の餌以下の食事に、まともな寝床すらも無しで、偏りに偏らせた情報だけ突っ込んでくれやがった状態で、敵陣のど真ん中に放り込んで死んで来い、と抜かしやがったのは、どこのどいつだった?
あぁ、そう言えば、そっちの気分次第では、その最低の犬の餌ですら抜かれたりもしたしな。
だったら、俺に世話しろ、とか抜かすのなら、同じ様にしないとならないよなぁ?」
「………………」
「それと、アリス。
お前、何か勘違いしてないか?」
「…………はぁ?一体、何をよ?」
「お前が向こうで幾ら尊大に振る舞おうと、幾ら悪辣に行おうと、周囲から許されて来たのはお前が王族だから、だ。
その国を統治する王族だったから、だぞ?
ソレを、本当に理解しているのか?」
「寧ろ、何を言いたい訳なの?
私が王族である事も、私が何をしても許されるのも!当たり前の事でしょうが!
それが、どこであったとしても、揺るぐことは無いのよ!!」
「そうだな。
お前らのいた、向こうの世界であれば、そうだろうな」
「…………?
……………………ッ!?!?」
「なんだ、気付いたのか。
ここには、お前が統治する土地も、お前に傅く民も居ないし、お前が敷いた所で守られる法も無い。
だから、お前はコチラの世界では、ただただ自称『王族』ってだけの個人なんだよ。
そんなお前に、一体どれだけの力が有ると思っていやがるんだ?
今までの様な好き勝手が、本当に出来ると思ってやがるのか??」
「……………………」
俺から返された無慈悲な言葉に、押し黙る2人。
その表情からは、期待を裏切られた、と傷付いている様子や、こんなハズでは無かった!?と悔恨に浸る様子が手に取るように見て取れたが、俺は別段哀れに思ったりだとか、罪悪感を抱いたりする、なんて事は欠片もするつもりは無い。
寧ろ、この場で『金剛』を始めとしたパイルシリーズを召喚し、順に叩き込んで挽き肉にしていないだけ、まだ慈悲深く忍耐強い、と思って貰わないと俺の恨みや怒り、殺意は理解出来ないだろう。
それだけの事を、こいつらはやらかしているのだ。
まぁ、言ってしまえば、確かにこいつらだけ、と言う訳では無く、他にもぶち殺してやりたい連中は山程居る。
が、取り敢えず今の今まで棚上げしていた問題を、問い質す事から始めるとしようか、と決定する。
「と言うか、そもそもお前らなんでココに居る訳?
さっきのラストは俺を追い掛けて、って理由?が一応あったらしいけど、お前らには特にそんなモノ有りはしないだろう?
大方、魔族達がこっちに来た時に使った、って技術の大元のナニカでも使って逃げて来たんだろうが、なんでわざわざこの世界に?
他の世界に行ってくれれば良かったのによ」
吐き捨てる様に、俺の口から言葉が放たれる。
それは、ある種純粋な疑問。
いる筈の無かったラスト達がこの世界に居たのは、一応説明されて理解出来た。俺を狙って(性的に)と言う事なのは業腹だが、納得も出来た。
だが、既に魔族に蹂躙され、最高戦力(笑)であったハズのシュヴァインすら捕らえられてオモチャにされていた様な状態で、わざわざ世界を渡って来るだなんて、何を考えているのだろうか?
偶々、こっちの世界でバッティングしただけ?
それとも、別の世界に渡った魔族連中を追い掛けて来た、とか?
よもや、死ぬのが嫌だから、とかで逃亡してきた、なんてオチじゃないだろうな?
国土を奪われ、民を蹂躙された上で成すのが自らの保身の為の逃走、なんて事は、普段あれだけ踏ん反り返っておきながら、流石に許される事じゃないハズだ。
いざという時に責任を取る。
それが、国のトップとして権力を手にした者の責務なのだから。
そんな風に考えていると、何故かアリスとフレデリカが沈痛な表情にて俯いてしまう。
お、何だ?とうとうシリアスな事情でも飛び出すか?
まぁ、俺には関係無い事だが、なんて考えていた俺の度肝を抜く発言が2人から飛び出して来た。
「…………それは、勿論勇者様がココに居られたから、です。
私達の力では、最早元の世界を取り戻す事は難しいでしょう。
ですが!勇者様さえ居て下されば、また私達に協力して下されば!!
奪われた国を私達の手に取り戻し、かつての栄華を再び享受する事が叶うでしょう!
ですから、どうか!憐れな私達に手を差し伸べて下さい!!」
「私達がココに来たのは、貴方を連れ戻す為よ。
私が最も頼りにしていた男は既に捕らえられてしまっているし、他は大体私達を逃がす為にもう死んでいる。
だから、使える戦力が貴方しか無いの。
勿論、タダで、とは言わないわ。
今度こそ、キッチリ魔族を殲滅出来たら、私の婚約者として迎えて上げるし、結婚も考えて上げる。
なんなら、貴方の子を産んで上げても良いわよ?
私の、王族の高貴にして希少な血に、貴方の様な報酬も無いと何も出来ない卑しい血を混ぜる事を赦して上げているのだから、有難く受けなさい!」
片や、涙を目に浮かべ、手を組んで瞳を潤ませた状態で。
片や、高飛車に腕を組み、無い胸を寄せ上げる様にしながら顔を赤らめつつ。
それぞれが、言葉も報酬も異なりながらも同じ事を口にする中、俺が放った返答の言葉は
「…………え、ヤダ」
の一言であった……。




