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「お座り!」
「ワンッ!♡♡♡」
半ば、ダメ元で放たれた俺の一言。
別段、彼女がこれ以上無駄に抵抗して、身体への負担を増やさない様に、としか思っておらず、一瞬でも良いから虚を突かれれば完全拘束も可能だろう、程度にしか考えては居なかった。
そして、ソレは他の連中も似た様な感じであったらしく、俺が唐突に何を言い出したのか!?との視線を送って来はしたが、そこには狂人に対するモノしか無く、欠片もその通りになる、とは俺を含めて誰も思っては居なかった。
が、俺の言葉に瞬発したラストが、男魔族からの拘束をヌルリと解くと、ほぼ露わになっているデカい胸と尻とをブルンッ!と揺らしつつ、両手を後頭部で組んで自らの肉体を強調しながら、犬の鳴き真似と共に足を開いて地面へと座り込んで見せたのだ。
…………そう、俗に言う所の『エロ蹲踞』と言うヤツである。
これには、俺を含めたこの場の全員が凍り付いた。
そして、俺へと向けて戦慄の視線が集中する。
その殆どは、この短時間でどうやってここまで調教した、だろうか。
両隣からは、幾ら魔族だからといって何をしたらああなるのか!?と言わんばかりの視線が刺さる。
また、前方の女魔族はラストと知り合いであったのか、プライドが一際高くてドSだったハズのコイツにここまでさせられるなんて!?と驚愕を超えて恐怖すら滲んだ視線を向けられていた。
一方、最後に残された男魔族の視線からは、信じられないモノを見た、と言う恐怖と、最早手遅れだったか……と言う悲哀が何故か感じ取れた。
…………大方、こうしてラストを服従させる男に自分はなる!とか密かに誓っていた、と言った所なのだろうが、そんな彼の事は欠片も眼中に無いらしいラストは、姿勢はそのままで指で輪を作り、エグい舌の動きを披露しながら手を前後させて俺へと挑発して来ていた。
少しは後ろを気にしてやりなよ、だとか、俺と2人切りって訳でも無いのを忘れてないか?だとかが俺の脳裏を過ぎるが、それでも褐色肌でグラマラスな美女が、俺だけをターゲットにしてそんな素振りを見せている、と言うシチュエーションには正直グッと来るし、流石に破廉恥過ぎてどうにかなりそうだ。
なんて本心はググッと抑えて、ラストに向かって再び口を開く。
「ラスト!!」
「っ!?ワンッ!♡」
「お手っ!」
「ワンッ!♡♡」(右手を差し出す)
「お代わりっ!」
「ワンッ!♡♡♡」(左手を差し出す)
「チンチ…………ゲフンゲフン!
ハウス!!」
「…………キュウン……?」(泣きそうな顔)
「怪我を治して、元気になってからまた来なさい!!
全部はそれからだ!!」
「…………!!!ワンッ!!!!♡♡♡♡
そら、お前ら行くよ!
拠点の確保くらい、もう出来てるんだろうね!?」
これぞ、掌返しの極致なり、と言わんばかりの態度の豹変を見せるラスト。
直前まで、イヌミミと尻尾の幻影を生やしていたとは思えない程にキリッ!と表情を引き締め、自分を押し留めていた魔族2名に対して指示を出して行く。
…………と言うか、実際に生やしていたのを今引っ込めたな?コイツ。
目の前で痴態を目撃していた魔族達も微妙な顔をしているし、俺の両隣を離れない元婚約者共もラストへと視線を固定させて顔を引き攣らせていた。
が、そんな最中で、唯一俺へと視線を向けていた者が居た。
それは、今の今まで、本調子では無いし力も使えないとは言え、ラストを拘束し続ける事が出来ていた、男魔族であった。
彼は、俺へと何故か畏怖と尊敬の混じる視線を向けつつも、それでも挑んで勝たねばならない相手だ、と再認識した様な表情を浮かべてから、ラスト達と共に何処かへと移動してしまった。
「…………一体全体、何だったんだ……?」
思わず呟きが俺の口から零れ落ちる。
例の、侵略組織の侵攻の警報が鳴ってから、まだ1時間程度しか経っていないハズなのに。
であるにも関わらず、かつて因縁があった世界からの来訪者が、ひっきりなしに襲い掛かって来るし、直接因縁のある相手は最早訳が解らない言動しかしていない。
まるで、数週間近く経ってしまった様な気がするが、それも精神的な疲労、と言うヤツなのだろう。きっと。
地面にへたり込みたくなる程に疲弊している気分になってくる。
まぁ、体力は命の水のお陰で常に満タンであり、ラストに付けられた傷も全て完治しているから、ほぼ精神的なモノだとは理解しているのだけど、それでもやはり疲れるモノは疲れるのだ。
そんな気持ちを溜め息と共に大きく吐き出す。
そして、周囲の惨状を思い出し、ラストが張ったのであろう人避けの術式が解けたら、現状を目撃された場合問答無用で俺が犯人にされないか?と思い至り、慌てて落としていたカバンを拾い上げ、その場を後にしようとする。
が、そんな俺の背中へと
「あら、やっと移動するの?
流石に、待ち草臥れる所だったわ。
早く、私が腰を落ち着けるのに相応しい場所を用意して欲しいモノね」
「そうですね。
勇者様もお疲れとは思いますが、やはりこの様な雑然とした場所では話も出来ません。
最低でも、従者3人ずつと部屋2つずつは用意をお願いしますね」
なんて言葉が投げ付けられる。
思わず、空白に思考が染まる。
いつの時代の、どこの世界の話してやがるんだコイツら?
と言うかそもそも…………
「…………え?
なんでお前ら、俺と行動を共にする前提で話ししてんの?
と言うか、なんでお前ら俺が世話してやる前提で話進めようとしてんの?」
そう、そもそもの疑問が口から飛び出して行く。
なんでコイツら、俺の世話になる前提で口を開いてるのだろうか?
しかも、当然の如く俺が従う前提で、かなりの豪邸を当たり前の様に用意しろ、と抜かしやがったぞ?
一体、何様のつもりだ???
そんな俺の訝しむ視線に気が付いたのか、それとも言われないと理解出来なかったのかは、正直分からない。
が、それでも自分達の発言が何処か不味かった、と言う事は理解したらしく、一応は自らも他人に傅く立場であったフレデリカが訂正か、もしくは撤回の言葉を口にしようとする。
「も、申し訳ございません勇者様!
ですが、我々としましては、この世界にあまり伝手や縁が無く……せめて、この世界で拠点が得られるまでは、勇者様のご自宅を借宿に出来ないかと……。
それと、この地の情報等も教えて頂けると幸いなのですが……」
謝罪と説明と提案と。
こちらにメリットが無く、その上で説明にもなっていない言葉を並べ、最期には哀れみと慈悲を請いながらもその期限を自ら決める事は無く、やろうと思えば骨までしゃぶれる様な言葉の選び方。
正しく、教会の老害共が得意とした話術であり、詐術であり、確かな悪意が無い限りは仕掛けられないハズの技術であった。
うわぁ、頼る相手が他に居ない、と言っておきながら、何時までに出て行く、なんて事には欠片も触れず、それでいて対価に関しても同様に触れてすらいない。
その上で、確りと自分達の拠点として使える場所は寄越せ、ついでに情報も寄越せ、とは正に厚顔無恥の極みと言うヤツだろう。
が、そんな外道を遥かに上回る悪魔が、この場に居合わせていた。
「…………はぁ?なんで、私達がお願いする、みたいな形になってる訳?
私達は、こっちに来たばかりなの。
だから、こっちの拠点も物資も資金も足も何も無いワケ。
ソレを、貴方に出させて上げる、と言っているの。
あくまでも、貴方が自分から差し出すのよ?
私達に貸すのでも、私達が徴収した、でも無く、あくまでも貴方が自分から私達に献上したの。
分かったら、さっさと用意しなさい。よろしくって?」
……………………まるっきり、俺が従うのが当然だ、と信じて疑わないその態度。
正しく、向こうの世界で散々俺の事を振り回してくれやがったアリスそのものであった。
脳裏を駆け巡る、向こうの世界での(地獄の)日々。
胸に去来する、万感の思い(恨み&殺意マシマシチョモランマ)。
それらを走馬灯の如く思い出した俺は、満面の笑みを浮かべながら2人に言葉を返すのであった…………。
「うん、死んでも嫌だけど?」
まぁ残当




