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互いに空中へと身を躍らせた俺とラストの最初の交差で、先手を取ったのはラストの方だった。
脚を変形させて跳び上がった彼女は、空中で足を振り払い、それまで履いていたブーツを蹴り飛ばす様にして脱ぎ飛ばし、俺へと目掛けて飛ばして来たのだ。
爪先には金属での補強が入り、踵は鋭く尖っているだけでなく、よく見たら足を覆う部分にも目立たない様に金属による補強が入っている。
そんな、ブーツと言うよりも最早グリーヴと呼んだ方が正しいであろうソレを、しかも2つも喰らっては如何に血液が『命の水』と化しているとは言え、その衝撃からの立ち直りと再生までに掛かる時間は、ラスト相手では致命的なモノとなるのは容易に想像出来てしまっていた。
なので、と言う訳でも無いが、俺は受けるのでは無く打ち払う事で防御する事にした。
回避を選ばなかったのは、空中故に足場も無く回避のしようが無い…………と言う訳でも無かったのだが、そうして位置を変えられる、と知られると今後の戦闘運びに支障が出そうなので、取り敢えず払って防御する事にした。
当然の様に、腕には重く痺れる様な手応え。
…………ここで、上級者ならば、美女が履いていたブーツのご褒美スメル!!とか言いながら大喜びするのだろうが、生憎と俺はソッチ系のフェチは持ち合わせていないので、一瞬だけ『臭っ!?』となるだけで終わる。
が、その一瞬の意識の空白で充分、と見たのか、轟音と共に凄まじいまでの速度でラストが俺へと目掛けて突っ込んで来た。
互いに空中へと跳び上がっていたハズなのにどうやって!?との疑念は、彼女の背後に見える壁が、獣の足跡の様な形に中心が凹み、その周囲をクレーターも確や、と言わんばかりの様子で窪ませている事で自ずと答えが出される事となった。
右腕はつい先程ブーツを払うのに使ってしまっている。
そして、左腕は先程の攻撃を受けてしまった為に発生したダメージで、まだあと数秒は戦闘行動に耐えられる程に回復するのに時間が掛かる。
そして身体は空中に有り、かつラストは既に攻撃する為に腕を振りかざしている。
…………うん、端から見れば、もう俺は『詰んでる』って状態だな。
防御も回避も不可能で、その上で攻撃が直撃する寸前、なんて状態なのだから、まぁそう言いたくもなるだろう。
まぁ、大丈夫なんだけどね?
そうして、俺はラストが振りかぶった、鋭い爪が並んだ手を、防ぐでも無く、避けるでも無く、無防備にも見えるであろう状態でそのまま受けた。
当然、周囲には雨の様に鮮血が降り注ぎ、俺の胴体には大穴が空いてラストの手が背中へと突き抜ける。
これには、至近距離にて見つめ合う形になったラストも、驚愕で表情を歪めていた。
大方、俺が何かしらの隠し札の類いを切って、どうにか無傷で切り抜けるだろう、とでも思っていたのだろうが、生憎と切らなくてもどうにかなる状況ならば、切らずに切り抜けるのが戦闘巧者と言うモノだ!
言葉にはせずとも、目でそう語ってやった俺に対して、自分が罠に嵌っている事を悟ったらしく、ラストが焦った様子を見せる。
が、だからといって俺がやる事を止めてやる理由にはならず、当初の予定の通りに俺は、回復の途中であった左手に握り込んでいた『賢者の石』に外部から魔力で干渉し、その内部に蓄えられた魔力を暴走させる!
カッ!!!!!
瞬時に、周囲を閃光が焼き払う。
先の『金剛』の余波とは比べ物にならない程の衝撃が周囲を薙ぎ払い、道路脇の壁だけでなく、アスファルトすらもまるで紙切れの様に破壊し、巻き上げてしまう。
そんな、破壊の限りを尽くされた様な光景の爆心地に居た俺とラストはどうなったのか?
その答えは、片や爆心地の中心にて立ち尽くし、片や少し離れた場所にて片膝を突いている、と言う状況が物語っていた。
「…………アナタ、正気?
わざと私の攻撃を受けた、のもそうだけど、わざわざ自爆してまで私にダメージを与えに来るだなんて、狂ってるとしか思えなくてよ?」
「あぁ、だが効率的だろう?
防御も回避も出来ないのだから、手段としては間違いでは無かったハズだ。
あとついでに不要となった腕、の処分も同時に出来るのだから、やらない理由は無いんじゃないか?」
そう受け答えする俺の左腕は、肘の上程度から消失していた。
丁度、先程ラストの攻撃が直撃した辺りから、だ。
俺の言葉を受けたからか、同じ様に俺を貫いていた腕を喪っていたラストが愕然とした表情を浮かべる。
が、ソレに構う事無く、前面は黒焦げになりながらも、未だに俺の胴体に残されていたラストの腕を、周囲の肉を巻き込んで抉り出す様にブチブチと胸が悪くなる様な音を立てながら、無理矢理に引き抜いて行く。
すると、最後の悪足掻き!とばかりに、引き抜かれた腕が体内で暴れ、複数の臓器を傷付けられて行く。
半ば予想はしていたものの、それでも受けたダメージと痛みは少なくなく、咄嗟に抜き終わった腕を放り投げながら不得意な炎の魔術を放ち、血反吐を吐きながらも今度こそ腕を消し炭にしてしまう。
そして、最後に激しく咳き込みながら、肉塊をゲロリ。
それは、俺の腹に収まっていた内臓の一部であり、かつつい先程ラストの腕によって傷付けられた、より正確に言えばラストの腕に触れていた内臓の一部であった。
「………………アナタ、もしかして私の力に気が付いていたのかしら?」
「当たり前だろう?
自己の肉体をそうも容易く改造し、即座にぎこちなさも無しに運用して見せる。
それでいて、自身の身体に限定される、と言う訳でも無く、さっきのアレみたいに他人の肉体にも干渉出来る、となれば、俺自身の身体を弄られないかどうか、を懸念するのは当然の事だろうがよ」
「だとしても、普通は迷い無く自らの腕を自爆のコストに割いたりだとか、胴を貫く腕を無理矢理引き抜いたりはしないモノだとおもうのだけど?
後、そうして触れられた場所全てを排除すれば良い、だなんて脳筋じみた考えに走られた事も、ソレを目の前で実行されたのも初めてなのだけど、ソレでなんで生きていられるのかしら?」
「そりゃ当然、そうなっても生きていられる様に、頑張った工夫したからな。
当たり前だが、タネも仕掛けも在るカラクリが正体だ。
頑張って見抜いてくれや」
その言葉と同時に、俺の身体に変化が現れる。
それまで穴が開き、腕が無くなり、鮮血が止めどなく流れ続けていた俺の傷口がとあるタイミングでピタリと血液を吐き出すのを止めたかと思えば、みるみる間に肉が盛り上がり、皮膚が張り直され、骨と神経が再構築されて喪失していた部分が修復され、元の白い肌が再現されてしまっていたのだ。
これには、なぜ生きていられる、と口にしていたラストも驚愕。
薄くではあったが、口を開き、その上で目を見開いている姿は、元々が美人であったが故に、何処か滑稽であっても醜くはなっていなかった。
不敵に見えるであろう笑みを浮かべて立ち尽くす俺だったが、内心では少し焦りが出ていた。
今回の強引な治癒。
当然の様にかなりのスタミナと魔力を消耗する行為、と言うだけでなく、代償を要求される事でもあった。
それは、心臓に埋め込んである『賢者の石』の摩耗。
通常、完璧な物質、と呼ばれる『賢者の石』が擦り減る事なんて有り得ない。
それこそ、大いに油断して、特大の馬上槍でも心臓にぶち込まれ、物理的に破損させられるか、もしくは先程のように内蔵魔力を暴走させて自爆させる、みたいな事をしない限りは、そこに在り続ける存在だ。
だか、今回の様な強引な治癒、それも部位欠損レベルのソレを時間を掛けずに治そうとすると、確実に摩耗する事になる。
流石に、一度や二度で無くなる様なヤワなモノでは無いし、そんな小粒なモノを心臓に埋め込んだりもしていない。
が、それでも魔力出力等には少なくない影響が出るし、何より後程負債が『体調不良』と言う形で現れるのだ。しかも、クソほど重くて苦しいヤツが。
なので俺は、取り敢えず今回の戦闘をこれ以上重傷を負うこと無く終わらせる事を心に決め、未だに膝を突いているラストへと向けて大きく踏み込むのであった……。




