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俺に対して指を突き付け、決闘の宣言をする裂埼。
どうやら、俺が自分と同じ『能力』持ちとなった事が気に食わなかったらしく、激昂した状態のままに言葉を発した様子だが、はてどうしたモノだろうか、と思い悩む。
勿論、勝てるか分からないから受けるべきか悩んでいる、と言う訳では無い。
あっちは俺の『能力』の詳細を知らないが、俺は向こうの『能力』はある程度把握している。
だから、と言う訳でも無いが、戦えばほぼ勝てるだろう。
まぁ、万が一、と言う事も有り得ないでも無いし、俺が忘れたままで思い出せないでいる、もしくは俺が知らない『能力』を行使して来る、なんて可能性もゼロでは無い以上、負ける可能性は無い訳ではないのだから。
なら、何を悩むのか?
答えは、この決闘を受けて勝った際の俺のメリットとは何ぞや?と言う事だ。
ぶっちゃけてしまえば、ここで決闘を受けて勝ったとしても、あんまり俺には旨味が無い。
正直な話、肉体面では兎も角として、既に精神年齢は成人する年をとうに過ぎているのだから、今更学校内でのカーストだとか、体面を見直されたり、なんて事にはあんまり興味は無いし、されたとしても『だからどうした?』と言うのが本音に近い。
かといって、ここで断るのもなぁ。
逃げた、だの何だのと言い触らされる程度であれば目くじらを立てる程でも無いし、今よりも扱いが酷くなる、と言う事も無いだろう。
ついさっき思い出した事だが、どうやら俺は裂埼から日常的にアレコレとやられていたらしい。
それこそ、手が出るのなんて普通の事であり、少しでも彼女の気に食わない様な事をすれば、『能力』を使ってヤキを入れられる事も暫し在った事みたいだ。
…………ふむ、それらを踏まえて考えるのなら、ここは受けるのが得策、か?
ここらで1回ボコってやれば、向こうとしてもこっちには手出し出来なくなるし、俺としても過去との決別、って意味合いでの折り合いが付けられる様になるかも知れないし、ね。
そう考えに結論を付けた俺は、未だにこちらを指差している裂埼に対して言葉を返す。
「おう、良いぞ。
その決闘、受けてやるよ」
「…………受けてやる?
受けさせて下さい、でしょうが!!
アンタ如きが、ウチに舐めた口きいてくれてるんじゃないわよ!
『能力』に目覚めたからって、いきなり同格にでもなれたつもり?」
「そっくりそのまま、その言葉返させて貰うよ。
あまり、舐めた口きいてくれるなよ?
俺にも、我慢の限界、ってモノはあるんだからな?」
チラリ、と俺から殺意の類いが漏れ出す。
不甲斐ない事だが、多少なりとも口論の果てに感情が昂ってしまっているらしく、少々とは言えその辺の制御が緩んでしまった様だ。
向こうの世界の戦場に於いて、ソレは最早挨拶代わりに突き出される短剣よりも鈍らで、応酬として放たれる拳や蹴り程の鋭さも無く、振り下ろされる刃としての決定打にもなり得ない、貧弱なモノ。
しかし、こちらの世界、特に戦場の『せ』の字も経験した事の無い、根拠の無い自信に溢れている連中からすれば正に蒼天の霹靂であり、唐突に現れた死の予兆。
直接向けられていない者ですらその身を強張らせ、顔を青褪めさせる程なソレを真正面から受けたであろう裂埼は、冷や汗を流して顔色を悪くしながら、その場で垂直に尻を落として腰を抜かしてしまう。
安産型、と呼んで間違いの無い質量が落下し、周囲に『ドンッ!!』と音が響く。
その事実を遅れて認識し、乙女としてはあるまじき状況となっている事に顔を紅潮させ始めた彼女へと気配も無く接近し、耳元へと口を寄せて囁く。
「…………じゃあ、決闘、受けてやるから、逃げるなよ?
放課後、訓練施設で、な……」
ソレだけを告げた俺は、身体を起こして踵を返し、俺の事を心配そうに見詰めていた友人達の元へと戻って行ったのであった……。
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裂埼の襲来を退けてからは、至極平穏に時間が過ぎて行った。
諸々の記憶を遥か彼方な過去へと置き去りにしていた残念な俺の脳ミソだったが、どうやら改めての学習、と言う行為には拒絶反応を示す事は無かったらしく、午前の授業は楽しく受ける事が出来た。
そして、友人達とワチャワチャしながら、母が用意してくれた弁当に舌鼓を打ちつつ深い感謝を捧げ、残る授業も受け終えた後。
俺達の姿は、学校にも存在していた訓練施設にこそあった。
何故学校なんて場所に、そんな施設が併設されているのか?
答えは簡単、ここにこそ必要な施設だから、だ。
『能力』もそうだが、魔術やそれらの元となる魔力は、若い頃に鍛えた方がより伸びやすい。
研究結果、と言うには流石に烏滸がましいが、そんなデータが出揃う程度には、比較的近年発見されたモノだとは言え魔力とは既に生活に寄り添い、溶け込む結果となっている。
ならば、伸ばさない手は無い、と言うヤツだ。
昨今、侵略組織からの侵攻は日に日に増加の一途を辿っており、ソレに伴って人々への被害も増えている。
で、あれば、実際に被害に遭った際に、只々ヒーロー達が救援に訪れるのを待つのでは無く、撃退、とはまでは行かずとも、ある程度の自衛が出来る様になっておけば、自らの生命を助ける手段を持つ事が出来るのでは?
そんな方針により、こうして最近の中高の学校には、この手の訓練施設が添えられている事が多いし、授業の一環として戦闘訓練が入っていたりする所もある。
が、流石にそこまでガチガチにやる所は少ない。
状況的に必要だから、とは言っても、いつの時代でも頭お花畑な自称『平和主義』なアンポンタンは存在するし、そう言う輩こそ声がデカくて妙な権力を持っていたりする。
なので、言い方は悪いが、授業で怪我をさせる程の訓練を施す事は、余程そちらに力を入れている、と公言している一部の学校以外ではやらないし、俺が通うこの学校もその『一部』には入っていない。
が、そうだとすると、国の方針に従って作った訓練施設は、ただのデカい箱と化して、無駄の極致へと成り果てる。
しかし、ソコで学校側は考えた。
『生徒達が自分達で部活等と呼称して勝手にやる分には、自分達は関係無いよね?』
と。
まぁ、偽る事無く言えば、ただの詭弁だ。
だが、取り敢えず建前上の言い訳は用意出来てしまっている以上、アンポンタン共もそれ以上ツッコミを入れる事が出来なかったらしく、現在に至るまである種の『伝統』として残されている、と言う訳なのだ。
そんな訓練施設の一角にて、俺と裂埼は相対していた。
その脇には、その名もズバリ『決闘クラブ』の顧問を務める我らが真名目先生。
顧問なんて引き受ける様なキャラでは無かった為に聞いてみた所、どうやら赴任した能力検定特派員が代々顧問を務める決まりとなっている、とか言われて強制的にやらされているだけ、なのだそうな。
正直、身も蓋も無い話である。
まぁ、真名目先生の『能力』があれば、決闘で行き過ぎて、なんて事も防げるだろうから、妥当と言えば妥当なのかもしれないが。
「…………あ〜、取り敢えず、これから主水と裂埼とで決闘を行う。
勝敗の条件と、何を賭けて行うか、はもう決めてあるのか?」
「勝敗の方は、降参するか先生が一本判定するか、のスタンダードで良いのでは?
一応、急所への攻撃は無し、も追加で。
…………賭けの対象ですが……」
「当然、勝った方が負けた方に好きに命令出来る、よ!
これは、絶対に変えるつもりは無いわ!!」
「……………………なんて言っているが、どうするんだ主水?
裂埼も、あまり男相手にそう言う事を口にするモノじゃないぞ?」
「…………俺は、一応『嫌』とは言ったんですけどね……」
「はぁ?ウチがコイツなんかに、負ける訳が無いじゃないの!
絶対勝てて、奴隷まで手に入る勝負を躊躇うバカが、どこに居るって言う訳?」
「……………………分かった、分かった。
ソレで当人達が良いのなら、ソレで良いだろう。
なら、決闘開始だ。
精々、死なない程度に頑張ってくれ」
俺とは対照的な裂埼の姿勢を目の当たりにして、呆れを隠せなくなっていた真名目先生。
本人がソレを望むのなら、と言葉にしはしたものの、あからさまに面倒臭さが勝つ状態となっていた事が見て取れた彼は、さっさと決闘場として線で区切られた所から離れると、特に気負う様子も見せないままに掲げた手を振り下ろし、決闘の開始を宣言するのであった……。




