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妹である桜姫と手合わせした次の日。
俺は、学校へと向かうべく、朝から家を出ていた。
あの後、結局何が起きる訳でも無く。
例の拠点の近くにあったラーメン屋でラーメンを啜り(めっちゃ美味かった)、ある程度膨れた腹を抱えて家へと帰り、母が用意してくれた晩飯をたらふく食い、筋トレしてそのまま寝た。
そして明ける今日。
平日と言う事もあり、通っていた高校に行く為にこうして早朝から歩いている訳だが、声を大にして言いたい事が1つ在る。
ヤベェ、何も覚えてねぇ!?
俺の実感としては、向こうで死ぬ程濃厚な数年間を過ごして来た。
そう、常に死が隣に在り、常時アドレナリンが分泌されている様な環境で、数年間だ。
オマケに、そのままでいたら死ぬのはほぼ間違い無い、と判断出来てしまう程度には戦況が劣勢であり、下手をしなくても死ぬ可能性の高かった手段(心臓に賢者の石を埋め込む)を選択せざるを得ない位には、極限状態に在った、と言える。
…………で、ここまで長々と前口上を垂れ流しにした本題だが、人間極限状態になると脳の回転が爆増する、と言うのは良く聞く話。
で、そうして常時爆増した結果、不要な記憶領域に残る当時の状況に於いて何の役にも立たない不要な記憶が、どれだけの期間残り続けると思うだろうか?
答えは、単純。
そんなに長持ちしない、だ。
流石に、こっちの言葉だとかを忘れて苦労した、なんて事は無い。
それに、こっちの知識や常識も、多少危うくなった部分は否定出来ないし、ほぼ忘れ去ってしまっている部分が無いとは言わないが、それでもまぁまぁ覚えてはいる。
…………が、流石に学業の事、となると正直かなり曖昧だ。
ぶっちゃけた話、錬金術でアレコレ弄る関係で、科学や一部生物を含んだ理系科目、それとある程度の数学はまぁ何とかなる自信は在る。
それと、国語は基本読解力が求められる分野であり、元々読書好きであった為に、その辺は心配していない。
…………だが、それ以外に関しては、ほぼ壊滅と言ってしまっても良いだろう。
歴史は日本史世界史問わずあやふやだし、元々あまり得意では無かった英語は最早呪文の羅列にしか見えない。
勿論、今から真剣に学び直せば、ある程度賢者の石がサポートしてくれるだろうからまだマシには出来るかも知れないが、ぶっちゃければそのモチベーションが湧いて来ない。
まぁ、でも、懐かしき学友達と会えるのは、そこまで悪くは無いやもしれん。
一応、こっちでは魔力も無い『無能』として通っており、周囲からもソレに応じた扱いをされていはしたものの、それでも少ないながらも友人は出来るモノ。
中には、気の置けない者や、悪友と呼んで差支え無いであろう関係にまで至れていた者達もいた。
まぁ、正直に言ってしまえば、多少顔立ちや名前が朧げにはなってしまっているけどね?
でも、流石に顔を合わせれば思い出すだろうし、向こうからも声を掛けてくれるだろう。
何度かやりとりを挟めば、幾らなんでも思い出せるハズだ。
なんて思いながら、道を歩んでいた時。
とある交差点にて、ふと足が止まってしまう。
そこは、なんの変哲も無い、ただの路地。
携帯端末で調べた限りであれば、この十字路を直進して暫く進めば、建物が見えてくるハズ、と言った地点だ。
…………だが、俺の視線と意識は前方では無く、左手側に向いていた。
そちら側には、遠くにかすかに公園の様なモノが見えており、そちらに行かなくてはならない、との強烈な想いが胸中へと湧き上がり、思わず足がそちらに向きそうになる。
が、俺は自らの意志と理性にて、その足を強制的に止める。
向こうの世界で、外部から強制的に身体を操って来る敵と戦った経験が生きる形となったが、それはそれとして首を傾げる。
「…………はて?
なんで、わざわざあんな公園に、このタイミングで?
特に、誰とも待ち合わせなんてしてなかったハズだし、そうする相手も居なかったハズなんだが……?」
思わず声に出てしまったが、言葉にするなら、正にその通り。
念の為携帯端末を確認するも、そこに羅列された友人達(未確認につき(仮))からは、特にその様な連絡は受けておらず、またその他の者からも特にその様なメッセージは来ていなかった。
だから、行く必要は無い。
無い、ハズなのだが……。
「…………うーん、なんだか、行かないとスゴい不味い事になる様な気がするんだよなぁ……。
まぁ、行ったら行ったで、それはそれとして不愉快な思いをする、って謎の確信も在るわけだけど」
どう転んでも、中々に最悪な事態になる。
向こうの戦場では、常時感じていた感覚だが、それでもまだどちらの方がマシか、と他の要素も合わせて判断出来たのだが、今はそうも言っていられない。
なら、運に任せるか。
そう決めた俺は、錬金術でコインを1枚錬成する。
表を剣、裏を杖としたそのコイン。
表が出たら、公園に。
裏が出たら、学校に。
そう決めてコインを指で弾き、回転させながら手で受ける。
「…………ふぅん?」
その結果を目の当たりにした俺は、運命に従うべく、止めていた歩みを再開させるのであった……。
******
「失礼しま〜す!」
掛け声と共に、扉を開く。
そうした俺に、周囲から視線が集中した。
何故お前がこんな時間に?と言わんばかりの視線が集中する中、部屋の中をグルリと見回す。
そして、目当てのボサボサ頭を見付けると、特に遠慮する雰囲気も出さずに、ズカズカと職員室の中へと踏み入って行った。
…………そう、ここまで言えば言わずもがなではあると思うが、俺は結局あの交差点で曲がる事無く直進した。
コイントスの結果が『裏』だった、と言う事も在るが、どちらかと言うと俺が向こうの世界で無くしたナニカが『あっちは嫌だ』と叫ぶ声に耳を傾けた形となるだろう。
まぁ、そのナニカだけじゃなくて、俺自身も何となくだが嫌な予感的なモノはしていたし、下手をすれば『計画』に支障が出ただろうから行かなくて正解だっただろう。
なんて思っていると、目的のモジャモジャ頭の前に到着する。
伸び放題の癖っ毛、整えた様子の無い無精髭、薄汚れた白衣、と普段ならば近付きたく無い要素がてんこ盛りとなっている目の前の人物は、名を『真名目 探』と言う。
昨晩、漸く思い出した俺のクラスの担当教員であり、とある認定を行う資格を持っている人物でもある。
「…………なんだ、主水。
いつも遅刻ギリギリのお前が、こんな時間に俺に何の用だ?」
「あぁ、実はちょいとお願いがありましてね。
真名目先生にしか、頼めないんですよ」
「俺にしか、ねぇ……?」
ボサボサの頭を掻き回し、書類やら何やらが山積みになったデスクからタバコを引き出すと、その場で蒸し始める真名目教諭。
時代錯誤も甚だしく、その上で分煙・禁煙に真っ向から喧嘩を売るその行為に、職員室内部からは鋭い視線が向けられる。
が、彼はそんなモノ知った事では無い、と言わんばかりに、美味そうに未成年(一応)である俺の前で紫煙を吐き出す。
通常、そんな事をやらかしていれば、一発で馘首に、とはならないまでも、注意勧告から停職か、もしくは減給程度は入りそうなモノだが、彼の場合はそうはならない。
何故なら、彼は学校にとっては必要な人材であり、彼をここに置いておくのは国から定められた基準に則ってのモノであったから、だ。
「…………で?
俺にしか頼めないこと、ってのは何だ?
お前からは、そうは見えないかも知れないが、俺は俺でそれなりに忙しいんだが?」
紫煙を吐き出しながら、真名目教諭がそう告げる。
大概の生徒は、目の前でタバコの1つも吹かしてやれば、そのまま気分を害して踵を返すか、もしくは怒り出して扱いやすくなるモノだが、目の前のコイツはなんだが違うな、と漸く向けられた瞳が悠然と語っている。
そんな彼に対して俺は、なんて事は無い、と言わんばかりの様子にて、彼に本来の職分を果たせ、と迫るのであった……。
「いや、ね?
どうにも、この土日で『能力』に覚醒したらしいんで、正式に『判定』と『認定』をお願いしたいんですよね。
貴方なら、出来ますよね?
何せ、国に認められ、派遣されている『能力検定特派員』なんですから、ね?」




