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2度に渡る俺の勝利により、ざわめく訓練所。
端から見ている限りでは、桜姫もかなり良い所まで喰い付けていた様に映ったらしく、周囲から
『惜しかった』
との声が多く掛けられて行く。
…………が、本人はその程度では満足出来ないらしく、硬く唇を噛み締めていた。
恐らくは、今回こそは勝利する、もしくは勝てないまでも間際まで追い込む、位はやるつもりであった、と言う事だろう。
しかし、蓋を開ければ、完膚無きまでな敗北。
どうにかして、次なる段階へと至る為の糧を得るべく挑んだ戦いで、その欠片すらも得る事が出来ない中で掛けられるそれらの言葉は、今も鋭く桜姫の胸を抉っている事だろう。
…………力を求める、か……。
過去、俺自身が既に通った道であるが故に、その渇望と遅々として進まぬ道程に焦れる気持ちは理解出来るし、得られるモノが何も無かった時の絶望感も、理解は出来た。
だから、コレは俺からの気紛れな贈り物。
肉親にして先達、そして目的地は異なるながらも、同じ頂を目指して進んだ事の在る者として、細やかなプレゼントをくれてやるとしようか。
未だに床へと蹲り、周囲から声を掛けられている桜姫の元へと歩み寄る。
そして、無言のままに杖を作り出すと、先程とはまた別の訓練施設として設えられていた長く広いレーンを選び、その果てに在る人型の的へと目掛けて先端部を向ける。
「…………さて、こんなモノか、なっと!」
魔力を練り、収束させ、解放する。
そうして放たれたソレらは、先程桜姫が俺へと向けて使って来た、数々の弾幕と同じモノ。
しかし、その規模は段違い。
サイズもそうだが、同時に発している数も倍近くになっており、破壊力の規模からして最早別格の存在と化し、標的として置かれていたモノを文字の通り粉々に粉砕し、跡形も無く破壊せしめて見せた。
唐突な俺の行動に、周囲が静寂に支配される。
様々な視線が改めて向けられるが、中には『そんな事が出来たのならもっと早く言え』とでも言いたげなモノも混ざっていた。
それらに対する言い訳、では無いが、取り敢えず説明だけはしておかないと、との思いから口を開く。
「…………さて、取り敢えず桜姫。
お前さん、さっき言っていただろう?
力を求めている、と。
んで、改めて聞くが、お前さんが求めてる『力』って、こんな感じのモノで間違い無いか?」
「…………ッ!!
……えぇ、そうですね。
それ程の破壊力と制御力、それらが有れば、どれだけの人々を救える事か……っ!!」
「あぁ、ソレなんだけどな?
俺の見立てでは、多分お前さんも今の程度だったら多分出来るぞ?」
「………………………………はぁ?」
間の抜けた声と共に、胡乱なモノを見る様な視線を向けられる。
ソレが出来ないのだから、色々と苦労して、様々な訓練をして、それでもなお出来ずに今に至っていると言うのに、何故たったの今見ただけのお前が、ソレを断言出来ると言うつもりなのか?
桜姫の視線は、何よりも雄弁にソレを語っていた。
が、俺からすれば、寧ろ逆。
これまで他のメンバー達の手合わせを見たり、実際に幾らか食らったりした末の結論、とは言え、そんなやり方で何故弱体化しないと思っていたのか?と問いたくなる程に、致命的とも言えるやらかしを、ほぼ全員がやっていたのだから。
なので、寧ろ俺の方こそ聞きたい、との内心の動きをそのままに、首を傾げながらこちらから問い掛ける。
「いや、逆にこっちこそ聞きたいんだけど、なんでお前さんわざわざ自分の魔力を無属性に変換してから魔術として行使してるんだ?
属性の変換をせず、必要があれば術式に任せて自身の持つ属性のままに魔力を流して放てば、最低でもこの程度の威力と規模にはなるんじゃないか?」
「…………え?
いや、でも……。
私達は、そうする様に、とマスコット達から、言われていたから、そうしていた訳で……?」
「じゃあ、やり方が合って無かったんじゃないか?
連中はそのやり方だと都合が良かったのかも知れない。
が、俺達がやろうとすると、その一手間で魔力の運用効率も落ちるし、それぞれが持ち合わせている魔力の特色や属性も打ち消されてしまっている。
別段、今戦ってる侵略組織の連中って、無属性の魔力以外は効果が無い、とか言う縛りが掛かってたりはしないんだろう?」
「……………………え、えぇ、多分?」
「なら、直接魔力ブッパした方が早いな。
それと、制御力云々に関しては、俺に聞くなよ?
アレは、割りと自分で数撃って感覚を掴む様にしないと、ああだこうだと横から口出しされても出来る様にはならんから」
「…………えっと……それで、良い、のでしょう、か?」
「あん?
良いも悪いも、そんなモノ無いぞ?
お前さんの目の前に、力を得る手段が転がっている。
んで、それは特に代償を伴うモノでは無く、従来のやり方を少し変えるだけで手に入る、そんなモノだ。
更に言えば、力を求める理由もあり、その意志も在る。
なら、別段躊躇う必要も、迷う理由も無いと思うがね?」
「……で、ですが……私達と契約している、マスコット達が、何と言うか……」
「その時はその時じゃないか?
確か、お前さん達と連中とが結んでいる契約って、双方向に縛りが発生する類いのモノなんだろう?
なら、向こうからの言い掛かりで一方的に破棄する、なんて事は出来ないハズだ。
まぁ、ソレを無視してまで無理矢理に解除する、なんて輩が出て来たら、その時はその時でその膨大な魔力量を活かして戦うなり、今度こそ連中を準侵略組織から更に格下げしてやる様に動くなり、何なりとすれば良いんじゃないか?
どうせ、どう転んだ所で、誰か死ぬ訳じゃなし」
「どうせ、誰かが死ぬ訳では無い……」
呆然とした様子にて、桜姫が言葉を繰り返す。
どうやら、俺の行動と言葉は彼女にとっては劇物にも等しく、かつ考えすらもしなかった事柄であった様だが、割りと話としては単純だ。
言われるがままに行うよりも、自身がより扱い易い形で。
向こうには好都合でも、こちらにとっては不都合であるなら、止めてしまえば良い。
もしそれで不利益が生じたとしても、誰かが死ぬ程でも無いなら良いのでは?
俺が言った事は、要約してしまえばそれだけの事だ。
だが、たったそれだけの事柄を、実際に相手すら目の前に居る状態で口に出した、との事実が、それまで考えもしなかった、と言わんばかりの様子の桜姫には、どうやら衝撃的に過ぎた様子。
現に、他の魔法少女達は、それぞれでマスコットを呼び出して今の俺の発言を確認したり、例の属性変換を挟まずに魔術を行使し、その威力や規模の変化に驚きの声を挙げていたりした。
中には、既に一線を退き、最早魔法少女として引退しているであろう年齢の女性までもが、同じ様に魔力を操り、魔術を行使し、驚きと喜びの声を挙げている。
周囲にて繰り広げられる光景に、唖然としながらも見入る桜姫。
そんな彼女の肩を叩き、不満そうに俺を睨む彼女のマスコットの額を軽く小突いてから、背中を向けつつ言葉を残す。
「まぁ、色々と言ったしやったが、結局選ぶのはお前さんだ。
何の為に力を求めてるのかは、結局イマイチピンと来なかったが、それでも求め続けるのなら試してみれば良い。
逆に、これまでのモノを大切に思い、変化を恐れるのならばやらなきゃ良い。
最後に選び、自身を守るのは自分自身でしかない。
ソレは、最後まで忘れるんじゃないぞ」
そうして俺は、幾度かの手合わせにより発生したハラヘリな腹を抱え、女性の園である訓練所を後にするのであった。
…………来る時にチラッと見えたラーメン屋にでも、行ってみるか?




