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下がる事を止め、前へと出た俺。
そんな俺の行動に驚きを見せながらも、想定の範囲内ではあったらしく、桜姫は迎撃を放って来る。
素早く直進する大型の魔力弾。
左右や上下から湾曲して向かって来る半月刃。
進路を潰す様に『置かれて』いる小粒の魔力弾。
防御を許されない規模と威力の魔力槍。
それらが、一層激しさを増して襲い掛かって来る。
当然、俺も無策のままで前へと出た訳が無く、両手に握っていた短剣を手離し、そして新たに錬成すると言うのを繰り返して行く。
見様によっては、相手を煽る様なその行為。
周囲で観客と化している魔法少女達や、今現在対面している桜姫からも怪訝な視線が向けられるが、それらは次の瞬間には驚愕に見開かれ、有り得ないモノを目の当たりにした、と言わんばかりの反応が返される様になる。
何せ、当然俺が手離した短剣は、床にぶつかって音を立てるか、或いは突き立つかは兎も角として、床へと落ちるのが世の常識だ。
少なくとも、重力に支配されたこの星に於いて、次元に穴が空き、魔力が見付かるよりも以前から存在する、絶対のルールであるハズなのだ。
そんな、手離された短剣が、床に落ちる寸前にて、フワリと浮き上がり、その鋒を桜姫の方へと向けてピタリと姿勢を固定する。
しかも、ソレが1本だけ、と言う訳では無く、2本、3本とその数を増やして行く事に。
足を止めず、繰り返す事数度。
俺の周囲には、20に届く短剣群が浮遊していた。
とは言え、コレも何かしらの魔術を使って、と言う訳では無い。
ただ単に、錬成した短剣に、同じく錬成した極小の賢者の石を組み込んで、即席で魔導具にした、と言うだけの話。
だが、しかし。
意外な程に意外な事に、大抵の相手はコレをやると驚愕で固まるか、もしくは何かしらのトリックの類いだ!と決め付けて来る。
別段、タネも仕掛けも無い様なモノだし、浮かせるだけならそこまで難しい事でも無いし、何なら魔力でも似たような事なら出来たハズだ。
まぁ、尤も?俺の思考に連動して、浮遊した状態から加速・飛来・強襲まで全部行えるモノとなると、それなりに珍しくはなる、のだろうか?多分。
そんな俺の考えとは無関係に、盤面は進んで行く。
動揺から立ち直った桜姫は、まだ距離があるのだから、と先程までと同じ様に、弾幕を張って手数で攻め立てて来る。
が、一方の俺はそれまでとは異なり、回避する事無く前へと歩み出る。
いや、正確に言うのであれば、回避はしていないが、防御もしていない、と言う訳では無い。
俺の周囲に浮遊させている短剣群が、俺へと向けて殺到する弾幕を撃ち落としてくれている為に、回避する必要性が無くなったのだ。
つい先程まで俺が使っていた短剣を流用している為に、材料は当然の様に魔導金属。
しかも、最初に無駄にある魔力を大量に流し込んだ状態にしてあり、その上で小粒とは言え賢者の石を埋め込んでいる為に、頑丈さと威力に関してはお墨付きを与えても良いだろう。
そんな空飛ぶ短剣群が、俺へと向けて殺到する弾幕を次々に撃ち落として行く。
魔力弾は真正面から撃ち抜き、魔力刃は複数で破壊し、魔力槍は他を巻き込む形で誘爆させる。
勿論、ある程度はオート化しているとは言え、大部分は俺自身が動かしており、その軌道だとか現在地だとか、後は向かってくる弾幕の位置だとかを全部把握した上で操作しているのだ。
…………ぶっちゃけ、メッッッッッッッッチャ面倒くさい。
いや、面倒くさい、と言うよりも、クソ大変と言うべきだろうか?
魔力で強化してある為に、ある程度思考能力も向上しているし、賢者の石によって変質した血液は、本質的に言えば『命の水』と変わり無い為に、俺の負傷を癒すと同時に俺の能力を底上げしてくれていた。
…………くれていたが、それでもやはり人間限界は在るモノで。
慣れない操作や空間把握により、俺の脳味噌は比喩では無く、物理的な現状として茹だっていた。
俺自身のキャパシティを大きく超える情報処理と魔力運用を行いつつ、直接的な戦闘行為も続行している状態となっている。
そうなれば、流石に元々そこまでスペックか高くは無い俺の処理限界を軽く上回る結果となり、掛かる過負荷とソレに伴う発熱によって、俺の体温は急上昇しており、文字の通りに脳味噌がボイルされている状態となっていたのだ。
…………まぁ、とは言え?
何だかんだ制御は出来ているし?
熱暴走状態も、『命の水』がどうにか壊れながら直してくれている状況に在るから?多分どうにかなるんじゃないかな?きっと。
そろそろ本格的に頭頂部から湯気でも出ていないか?と確認したくなる心を抑えつけ、更に前へと歩み出る。
すると、流石にこれ以上近付かれたく無かったのか、それまで弾幕を放つ瞬間のみ解除していた例の結界を、最早維持する手間と魔力すらも惜しい、と言わんばかりの様子にて完全解除し、弾幕の濃度と手数を桜姫が増やして来る。
…………大方、俺が懐に飛び込んで来た際に、カウンターとして再展開するか、もしくはそうなる前に削りきれれば良い、とか考えているのだろう。
そして、直接的な攻撃も、遠距離のモノは目に見えている短剣群のみであり、至近距離にまで潜られない限りは、弾幕で対応し結界に頼る事はしなくても大丈夫だ、だとかも考えているハズだ。
確かに、ソレは正しい。
正に、王道と言える戦略の組み立てだ、と言えるだろう。
…………だが、ソレは同時に正しいだけでしか無い、とも言える。
「どれ、そろそろ終わらせるか」
茹だった脳味噌であった為に、考えが思わず口から零れ落ちたが、まぁ構う事はあるまい、と同時に振り払い、更に前へと一歩踏み出す。
俺の急な動きに、思わず顔をしかめつつ、それでも結界の再展開はしたくなかったのか、まだコートに余裕の在る後方へと退く事で桜姫は対策としようとする。
が、当然俺がソレを許すハズも無く、手にしていたモノを桜姫の足下へと突き出して、移動を妨害する。
「…………なっ!?!?」
再び、驚愕により桜姫の目が見開かれる。
その視界には、俺の手元から長く伸びた槍がその穂先を床へと食い込ませている光景が映っている事だろう。
直前まで、短剣しか握って居なかった、俺の両手。
故に、他のモノを警戒しろ、と言うのは些か理不尽かも知れないが、俺はあくまで『錬金術師』であり、当然金属の錬成なんてお手の物だ。
既に、情報としては握っていた以上、可能性として考えていないとならなかったのを、怠っていた、と言うのはあからさまな彼女の失点だ。
そして、幾ら足下に差し込まれたとは言え、短剣を槍へと変形させ、その上で伸ばして見せた相手が、こういう事を出来ない、と考えてしまった時点で、既に勝負は決着を迎えてしまっているのだから。
「そぅれえ!!!!」
「…………え?
きゃあっ!?!?!?」
掛け声と共に、大きく身体を振るう。
そして、ソレに追随する形で、挙がる悲鳴。
何が起きたのか?
ソレを端的に説明するのであれば、こう表現する事となる。
桜姫の足下に突き立てていた槍を再度変形させて彼女の足首に巻き付け、そのままロープに見立てて一本釣りにした、だ。
物質の延長・縮小が出来るのであれば、同様に硬化・軟化も出来て然るべき。
そう考えなかった愚か者は、自らの足元に在ったモノが、見た目の通りに不変で硬質なモノである、と思い込み、こうして足下を掬われた訳だ。
当然、上空に釣り上げた、とは言え、その程度で終わりにするハズも無く。
思考操作している短剣群が、空中逆さに釣られている彼女へと向けて殺到する!
「がっ!?!?」
全身に、文字通りに全身へと殺到し、突き立つ短剣。
手首足首は当然として、肘膝、そして肩や腿の付け根等の関節は当然として、心臓等の一撃で死に至る急所を除いたほぼ全ての部分に、深々とその銀の刃が突き立ち、食い込み、赤き血潮を周囲へと振り撒いて行く。
どうやら、俺の見立ての通りに、何かしらに触れられていると張れない類いの結界だったか、と結果に満足しつつ頷き、頭痛の元である短剣群の操作を解除すると、今回も降参の宣言を促す為に、最早床へと縫い付けられている状態となっている桜姫の元へと歩み寄って行くのであった……。




