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唐突に、訓練所に響き渡る轟音。
それには、流石に周囲で訓練していた者や、今回の手合わせに興味が無かった者、どうせ勝つのは桜姫の方だから、と見向きもして居なかった者達も、こちらへと視線を向ける羽目になった。
そして、その先には、彼女らには予想外で、かつ初めて目にするであろう凄惨な場面が広がっていた事だろう。
…………そう、何せ、自分達の中でも上位に位置する実力者である桜姫が、大きく抉り取られた脇腹を抱えながら床へと蹲っている光景、なんて予想だにして居なかっただろうから。
普段であれば、魔力による絶対の防壁に護られ、ダメージらしきダメージも負う事なく、一方的に敵を蹴散らして終わり。
偶に対等な殴り合いに発展したとしても、ソレは侵略組織が強力な新兵器を持ち出して来た時か、もしくは幹部級が前に出てきた時のみ。
そんな幹部級の連中ですら、桜姫は単独で相手取る事が出来ていた。
それこそ、複数の幹部級が掛かって来ない限りは、一つの戦線を1人で支える事すら可能であった程に。
…………だが、そんな彼女は、今自らの血にまみれて床に蹲っている。
必死に魔術で傷を塞ごうとしている様だが、普段から使い慣れていないからか、もしくは適性が低いのかは定かじゃないが、上手く行かずに激痛に悶え、その動作が更なる激痛を呼んでいる様子だ。
そんな彼女に、俺は油断する事も情けを掛ける事もせず、近付いて下がっている頭を踏み付ける。
そして、未だ白煙を上げている『金剛』を一時的に空間収納に仕舞い込むと、錬金術で長剣を錬成し、その刃先を妹の首筋へと突き付ける。
「…………で?どうするよ?
このまま死ぬまで続けるか、それともここで降参するか。
死んでも負けたくない、って言うなら、どうぞご自由に死んでおけ。それこそ、俺にはどうでも良い。
あと、家族なんだからどうせ死ぬ前に試合を止めるだろう、なんだかんだ言って負けてくれるハズだ、とかの甘っちょろい事考えてるんだったら、大間違いだからな?
俺のその手の優しさは、向こうの世界で死に絶えた、ってお前にも話してやっただろう?
嘘だと思うなら、この場で証明してやろうか?」
感情の色も無く、人としての温度も無い声で桜姫に告げる。
例え無理矢理拉致された世界であっても、幾ら強制された事であったとしても、山程殺して殺されかけて、としていれば、否応無しに殺意も殺気も無かったとしても相手を殺す事が出来る。…………出来てしまう。
それが、帰りたい、と願っていた大本となる家族が相手であったとしても、だ。
その証拠として、添えていた刃先で首筋を撫でてやる。
腹部からの激痛に加え、首筋から新たに発生したひりつく感覚と肌が生暖かく濡れる感覚に、どうやら本気で殺されかねない、と理解したらしく、大急ぎで片手を傷口から離し、降参を意味するゼスチャーとして床を強く2回叩いた。
「…………っ!試合終了、試合終了!!
主水 桜姫の降参を確認、この試合、主水 公人の勝利とする!!
急いで、巻き戻せ!!間に合わなくなるぞ!!」
審判の怒号と共に、呆然と視線を集中させていた周囲が慌ただしく動き出す。
中には、今更になって悲鳴を挙げる者や、多量の出血を目の当たりにして気分が悪くなったのか、顔を青ざめさせたり気絶したりする者もいたが、大半は信じられないモノを目の当たりにした様な表情を俺へと向けていた。
…………流石に、容赦が無い?
初手パイルはいくらなんでも反則?
いやいや、コレも向こうからの要望ですからね?
手加減せず、本気で殺すつもりでやってくれ、と。
昨晩、俺の部屋でそう言われたから、こうしてある程度手加減しつつも、ある意味本気で殺しに掛かった訳でして。
まぁ?『金剛』を生身で芯に当てちゃうと、確実に上下で別れる事になるから、流石にね?スプラッタ超えちゃうのは不味いでしょう?
なんて、内心で誰に向けるでも無い言い訳を並べていると、どうやらコートの機能が解除されたらしく、桜姫の負傷が巻き戻る様にして治って行く。
が、同時に、受けていた分のダメージとして徴収された魔力により、魔力切れを起こしたのかその場でぶっ倒れた。
まぁ、周囲もソレは流石に予想内であったらしく、慌てながらではあったものの、用意されていた担架にて運び出されて行く。
流石は金が掛けられているだけの事はあり、訓練所には救護棟が隣接されているらしく、そちらに運ばれていったのだろう。
ソレを特に感情も感慨も無いままに眺めていると、俺に視線が集中しているのが理解出来た。
…………まぁ、流石に、さっきの惨状を作り出しておいて、男が珍しいから、だなんてお気楽な事は考えられないが、やっぱり怖がられちゃってるよなぁ?桜姫が戻って来るまで、俺は出ておいた方が良いかしらん?
なんて考えていると、1人の少女が近付いて来た。
赤い髪は短く、ボーイッシュで活発な印象を与えながらも、体型は桜姫よりも余程女の子らしい曲線を描いており、格差社会とはかくも惨たらしいモノだったか、と本人は隠しているつもりの努力(ヨガ、マッサージ、食事等々)に思いを馳せていると、何処かオズオズとした様子にて声を掛けて来た。
「…………えっと、その……。
あんた……いや、貴方はアイツ、桜姫のお兄さん、で良いんです、よね?」
「あぁ、まぁ、一応?」
「い、一応って……。
ま、まぁ、良いか。
その、それで、なんですけど……あそこまでやった、って事は、その……何かしらアイツに恨みでもあった、りするの……するんですか?」
「いや、別に?
割りとぞんざいな扱いは受けていたと思うけど、それ以上のクソ環境知っちゃったから、実はそこまででも無かったな、とは思える様にはなってたからね」
「…………え?
じゃあ、なんで……??」
「なんで、と言われれば、頼まれたから?
本気でやってくれ、と言われていたからね。
因みに、本人もソレは分かっていたハズだから、大凡自分で言い出して油断していたか、もしくは自分なら大丈夫、だとか思い込んでいたんじゃないか?」
「…………え、えぇ……?
頼まれたから、ってあそこまでやります?
アレ、ほぼ死んでいたんじゃないですか?」
「でも、ここなら死なないでしょ?
流石に、何も無しなら断ってたけど、ココではそう言う事が出来るのだから、寧ろやらない方が損じゃないか?
自分が死ぬ感覚って言うのは、どんな形であれ戦う以上は経験しておかないと不味いよ?
いざ強大な敵を前にした時に、初体験でパニックになると、何の対応も出来ずに本当に死ぬ事になるから、こうして安全に経験出来るのならやらない手は無いんじゃないかな?」
「そ、それはそうかも知れない、です、けど……。
で、でも!それでトラウマとかになっちゃって、戦えなくなったら、元も子もないじゃないですか!」
「それこそ、仕方無い、ってヤツじゃないか?
ソコで止まる様なら、適性が無かった、って話だろう?
なら、力があるから、って無理矢理に戦場に出して死なせるよりも、その前に止めてやるのが親切心じゃないのか?」
「…………まぁ、確かにその通りではありますけど……。
…………じゃ、じゃあ!頼まれたらやる、って言うなら、その……私達とも、お願い、出来ます、か……?
その、アイツ程に本気じゃなくても良いし、全員と、って事じゃなくても良いので、その…………ダメ、ですか……?」
「…………?まぁ、別に良いよ。
但し、本当に希望者だけ、ってのと、ある程度は加減するけど、下手すればさっきみたいな事になりかねない、ってのを了承してる子だけな」
「…………っ!
は、はいっ!!」
俺がそう言うと、何故か嬉しそうに返事をしてきたボーイッシュちゃん。
そんな彼女は、こちらを窺っていた他のメンバーの所へと駆けて行くと、俺との手合わせを希望する子達を集め始めるのであった……。




