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妹である桜姫から衝撃の提案を受けた翌日。
俺は、今日も今日とて朝からバスの座席にて揺られていた。
当然、その隣には今回の発起人である桜姫の姿。
腰まで伸ばした桃色の髪は母である桃花からの遺伝だが、彼女は彼女で元々その髪色だった、と言う訳では無いらしい。
何でも、最初期の戦隊ヒーローとして戦っている内に、変身スーツに使っていた素材から魔力が流入し、元々秘めていた魔力と融合・変質した結果髪色も茶色から桃色に変化したのだとか。
それは、同じ戦隊に所属していた他のヒーロー達も同じだったらしく、時期こそ違えど最終的には染めてもいないのに大分カラフルな頭になっていたわぁ〜、とは母本人の談である。
今は、技術の進歩と素材の更新も相まって、スーツも当時よりもより安全に、より強力になっているのだとか。
が、それでも時折そう言った現象が発生し、魔力が変質したり、髪色が変わったり、と言う事が今でも起きている、らしい。
一応、原因としては、スーツと使用者との相性が非常に良く、かつ使用者の方に適性が有れば発生する、とは判っているみたいなのだが、その『適性』が何なのかがハッキリとしない為に、研究者サイドは首を傾げる事になっているのだとか。
とは言え、ソレはあくまで研究者サイドの話。
実際に使用する側のヒーロー達としては、その現象が起きる事は、自らの適性の高さを誇示できる数少ないシーンの1つであり、ある種の憧れでもある。
そして、実際問題、ソレが発生したヒーローは、同世代型のスーツを着用して戦う他のヒーロー達よりも、頭1つ抜けた戦果を叩き出しているのだから、やはり何かしらはある、と言う事なのだろう。
因みに、母が所属していた戦隊は、母以外は全員が男性の戦隊となっていた。
そして、当然の様に、メンバー全員が母に惚れていて、全員が全員、母は自分に惚れている、と思い込んでいたんだと。
何処の乙女ゲーよ?とツッコミが入りそうな状況下でも、母が打倒侵略組織を掲げていた事もあり、彼らは父であるサルートが首領を務めていた最初の侵略組織を壊滅せしめる事には成功していた。
そして、その功績を以てして母へとプロポーズし、ソレを受け入れて貰って結婚にいたる、と考えていた様子なのだが、彼らの予想を大きく裏切る事になる。
…………そう、なんと母は、一度は全員でしばき倒したハズのサルートの元へと歩み寄ると、手を差し伸べながら『一目惚れしました〜♡』と言ってのけたのだ。
これには、自分こそが彼女には相応しい、と思い込んでアレコレやっていた他のメンバー達や、寸前まで命のやり取りをし、かつ自身をボロ雑巾にしてくれた相手が、唐突に交際を申し込んで来た、と言う訳の分からなさでは随一を誇ったであろう父も仰天し、暫しその場を沈黙が支配する事となったのだとか。
そこからは、もう大乱闘。
自分達の誰かのモノになるならばまだしも、他所の他人、しかも別世界からの侵略者に奪われるだなんて言語道断!と半ば激怒、半ば錯乱したヒーロー達が催眠か洗脳か何かしら使ったであろうサルートへとトドメを刺そうとして、群がったのだ。
元々、自分のやっていた事が『悪』だと自覚はしていたサルートは、自らの元にヒーロー達がやってきて、その上で力を示せば倒されてしまっても良い、とは考えていたらしい。
が、やっていない事(催眠・洗脳云々)で冤罪を掛けられて処されるのも、仮にも告白されたのだからそれに付いての理由を問うたり、返事をしたりする前に殺されてやるのはやはり違う!と無抵抗で攻撃に晒される事を良しとはせずに、死力を振り絞って抵抗したのだとか。
結果は言わずもがなだが、勝者は母。
その剛腕にて父へと群がる野郎共を薙ぎ倒し、殴り倒し、最終的に父をその手に掻っ攫って離脱する事で勝者となったらしい。
まぁ、その後のドタバタ。
市民権どころかそもそも人権すらも無い父の立場の確立だとか、それまでの行いに対する贖罪の方法と期間だとか、この世界の人間と結婚して子供作れるの?だとかの様々な問題が立ち塞がったそうだが、本人達曰く『愛の力で乗り越えた(ました)♡』との事である。
…………それらを聞かされた当時は、親からの惚気キチィ、としか思えなかった。
が、向こうの世界で様々な経験をしてきた今だからこそ分かる。
共に歩み、共に戦い、共に慈しむ。
互いに『コレだ!』と思える相手を見出し、様々な事を共有して絆を深める事そのものが、得難く尊いモノだったのだろうなぁ、と。
そして、いつの日か自分にも、その様な相手が見付かると良いなぁ、ともボンヤリと考えるのであった……。
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Side︰桜姫
────やっぱり、止めておいた方が良かった、かなぁ……?
内心で私が零した呟きは、表に出る事は無いままに、同じ胸中にて霧散してしまいます。
が、実際問題、その呟きのタネは未だに私の隣に存在していて、私本人としても、その薫陶を受けなければならない、とは理解はしているのです。
…………だが、今はただ、ひたすらに気不味い。
家族とは言え、年のそれ程離れていない異性、しかも最近は殆ど言葉を交わさなくなった相手と連れ立って出掛けていると言うのに、兄たる彼は、特に会話をするでも広げるでも無く、ただボーっとしながら車窓の外を眺めていました。
しかし、コレも仕方の無い事なのかも知れない。
年頃だから、と兄たる彼には、随分と辛辣に当たっていたとは自覚しています。
私の家族は、兄1人を除いて『特別』だった。
父にしても母にしても『そう』だし、長兄たる大兄も、最初こそ落ちこぼれな兄と同じく無能だったが、今では組織のエースに数えられているのだから、『特別』だと認める事も吝かでは無かったのですから。
…………でも、兄だけは違いました。
魔力も無い、能力も当然無い。
それなのに、無駄な足掻きを必死にして、その上で隠していた様だが、それでも漏れ出した感情として周囲にも『なんで俺だけ!?』と僅かながらとは言え怨嗟を撒き散らす。
そんな相手を敬い、尊重する事なんて、年齢を別にしたとしても、私には決して出来る事では無かったのです。
だから、距離を置いた。
顔を合わせれば辛辣な言葉も吐いた自覚はあるし、行動でも近付いてくれるな、と伝えていたつもりだ。
勿論、それらの企みは見事成功し、私と兄との間には決して薄くは無い壁が出来ていました。
…………そう、あの日、あの時まで。
普段の通りに学業と、その後の『魔法少女』としての活動を終えて帰宅した二日前。
玄関を潜った時には、本当に誰か別の客が来ている、と思いました。
だって、そうでしょう?
恐らくは、抑えているのでしょうが、それでも抑えきれないだろう程に強大な魔力を秘めた方が、家の中に居たのですから。
下手をしなくても、父よりも大きいであろうその魔力、家族の誰とも合致しないソレが居たのですから、外部のお客様、と認識したとしても、仕方の無い事では無いでしょうか?
そして、その魔力の持ち主が兄である、と認識した時の私の受けた衝撃が、どれ程のモノだったのかは、最早想像する方が難しいかも知れません。
何せ、朝までは普通の『無能』であったハズの兄が、帰って来たら姿こそは同じままでしたが、それ以外、雰囲気に至るまで変わっていたのですから、最早別人が化けていた、と言われた方が容易く納得出来た事でしょう。
当然、私の受けた衝撃はまだまだ続きました。
夕食の席での説明に始まり、兄の部屋へと押し掛けての聞き出し。
更に、昨日夕刻に届いた、大兄からの、一通のメール。
『お前も挑むつもりなのかも知れない。
でも、そうするつもりなら、心して掛かれ。
絶対に、油断するな。
下手をしなくても、殺されかねないからな?』
…………これを見た時が、最も強く衝撃を受けた、と言えるでしょう。
名実共に、同世代では『最強』と名高く、私達『魔法少女』ですら、彼との戦いは無謀、と言われる程の実力者である、兄雷斧。
そんな彼が、注意しろ、と言葉を発するだけに留まらず、下手をしなくても殺される事になる、だなんて警告して来るなんて事は、通常では有り得ない出来事でした。
…………ですが、彼が嘘や悪戯でこんな事をする訳が無い、と言うのも、また事実。
実際、昨日の手合わせでは、ほぼ完敗するに至っている、とも聞き及んでいました。
────そんな化け物へと変貌を遂げた、かつて辛辣な言葉すらも投げ付けた相手と戦う。
…………一体、どんな目に遭わされる事になるのか、今からでも考えれば恐怖が湧いて来る心持ちになります。
やはり中止、改めて後日に、と言えたら、どれだけ心が軽くなる事でしょう。
…………ですが、私にはその選択肢は最早残されていないのです。
一刻も早く、より強い力を手に入れる。
彼がソレを成せたのですから、私に出来ない道理は無い。
であれば、彼が体験した地獄程度、味わわなければ釣り合いが取れないと言うのであれば、とくと味わって見せようではないですか。
それだけの覚悟と理由が、私にはあるのですから。
恐怖を押し殺し、改めて自らに誓いを立てる。
私は、私の為に、限界を超えなくてはならないのですから、と誰にも聞こえる事は無く、私の呟きは口に出る事すらも無いままに、胸中にのみ溶けて行くのでした……。




