万竜の祝宴〜1
始まりはほんの些細な異変であった。
日が明けると普段なら野生動物や魔物が活動を始めるものだが、皆息を潜めて出来る限り気配を殺している。
そして、それは始まった。
『『『ーーーーーーーーーーッ!!!!!』』』
世界に豪雷の如く響き渡る数多の竜の咆哮。それを合図に空に水に大地に生息する竜が一斉に移動を開始する。
空は飛竜の大群で黒く染まり、大地は地竜の大行進で埋め尽くされ、海や川には水竜により濁流や渦潮が発生している。
そして、5つの咆哮が世界に響き渡る。
1つは世界そのものが目覚めようとしている圧倒的な威圧感のある"憤怒"を司る龍の咆哮。
1つは大海の波の様に静かに大きく響く神秘的な音色の"強欲"を司る咆哮。
1つは風の如く流れ、風そのものが生きているかの様な力強くも柔らかい"怠惰"を司る龍の咆哮。
1つは生きる者が発するには歪で身体の内側を掻きむしるかの様に抉るひび割れた"色欲"を司る龍の咆哮。
1つは大地が鼓動し包み込んでくれる様な優しさを持つ大きく力強い"傲慢"を司る龍の咆哮。
それぞれの龍の咆哮により既に移動を始めていた竜達も各々が返答の咆哮を上げて移動の速度を上げる。
その光景は正に世界の終焉を思わせるものであったが、これは竜達が神に選ばれた一対の番を祝う宴である。
その宴の名は………『万竜の祝宴』である。
***
〜sideガゼル〜
「こりゃあ………壮大だな」
元ゲオルギウス帝国跡地の龍脈合流地点『龍の湧き泉』には何千何万体も及ぶ竜が集結していた。
『万竜の祝宴』は世界中から竜が『龍の湧き泉』に集結し、神に選ばれた一組の竜の番を祝福する竜の婚約の儀式だ。
ここ数百年はゲオルギウス帝国のせいで執り行えなかったが、数週間前に山脈の様な超巨大地竜により呆気なく滅ぼされた。
その地竜は調べで『七大罪龍』のカグラだとわかっている。ま、彼女達は竜の最上位種である"龍"の系列の存在だから本性がそんな山脈みたいに馬鹿でかい存在というのは納得いったが。
まぁ、そんなことよりなんで俺がこんな場所にいるかというと警戒の為だ。
随分と衰退したとはいえ、また人間共が己が名声や富の為に竜狩りをするかもしれん。竜は俺たち竜人族にとって隣人であり家族である。
国のほうで志願兵を募ったら国の防衛の為の兵まで志願して来たから選別が大変だったのは割愛する。
「竜王ッ!報告があります!」
とここで空の巡回をしていた兵が俺の方へ来た。
「どうした!人間共が来たのか!」
「違います!東の方角から5体超巨大個体がやって来ています!その中には先日のゲオルギウス帝国を滅ぼした竜も確認しました!」
やっぱり来たか………、そりゃあ来るよな。何故なら今回の儀式の主役は…………
とその時、辺り一帯に感じ慣れた威圧感が表れ始めた。
「おし、来たぜ。全兵士に伝えろッ!!奴らの怒りを買いたくなければ全力に対処に当たれッ!!今回の親玉達のご登場だッ!!」
『了解ですッ!』
俺の号令により兵達に気合いが入る。
そして、そいつらは現れた。
1体は蛇に酷似した逆鱗に覆われ鎌の様な黒い2本の角を生やした三眼の鈍色の顔に、遙か地平線まで伸びて見切れてしまっている業物の剣の様な逆鱗に覆われた蛇の様な巨体。尾は先端が三叉に分かれた大剣の様であり、背には黒光りする剣山が乱立しており、宙には10本の巨大な剣らしき物が浮遊している。そして、その巨大な身体には闇色に輝く鎧の様な外骨格を有していた。
1体は身体の周りに水を纏い、夜空に浮かぶ月を連想させるような純白の体躯を持っていた。4つの前足や尻尾はヒレ状になっており、喉元から胸部に掛けて重装な鎧の様な外殻に覆われており、背には絶えず発光を繰り返している何千本ともなる触手を生やしていた。そして、亀を彷彿とさせる翡翠色の瞳を携えた頭部には大樹の様な枝分かれをした角が生えていた。
1体は極東に伝わる細長い胴を持った龍に山吹色の模様が入ったまるで羽衣の様飛膜を背に、黒い甲殻を腹に抱えており、体色は墨の色をしている。角は赤と黒の細長いものが4つあり、その姿は天女の様に優雅なものである。そして、その身体の周りには絶えず墨色の雲が形成されている。
1体は空を覆い尽くす程の巨大な光と闇の翼、骨でできた大量の触手を纏った全身に多種多様の生物骨で覆った外殻、その外殻の下の肉体は泥の様な形がはっきりしておらず全身に青く光る斑紋を巡らせている。例えるならば骨を纏ったスライムだろうか。そして、頭に当たる部分は3つの龍の頭蓋骨の上部分を合わせた様な歪な物で頭上には光の輪が展開されていた。
1体は周りの山々が小さく見えるほどの巨体で岩盤のような鱗に覆われた皮膚に山脈の様な背には大小様々で多種多様な鉱石が所狭しと生えており、貌はゴツい亀にシャベルの様な顎と闘牛の様な2本の角が生えた凶悪な顔つきをしている。遠目から見るとリクガメの様な見た目だ。
「こいつは………すげぇなぁ…………」
周りにいる10メートル級の竜が小さい虫の様に見えるほどの巨体で特に蛇の様な龍は生物としての枠組みを越えているほど巨大だ。
そして5体の龍は悠然と進んでいき…………とここで蛇型の龍がこちらに気づき、頭を低くして近づいて来た。
『…人がいると思ったら、なんだガゼルか』
と最近聞き慣れた今俺が恋している美姫、ナザールの声が響いた。
「よぉナザール!オメェすんげぇデケェな!それが本性か?」
『…そうでもある。我々は2つの姿を有しているから単にこの姿が本来とは言えない。私としてはこちらの姿はいささか窮屈である』
そりゃあだろうな。そんなデカい図体じゃこの世界も狭く感じだろう。
『お?なんやナザールの想い人やないか。なんか楽しそうやなッアギャアアア!?!?』
と水を纏ったナザールに引けも劣らない大きさのバルザックが近づいてそうナザールに茶化す様に言うとナザールはそのまま前脚でバルザックを踏みつけた。
巨体故にその衝撃は凄まじく、しばらくの間大地が揺れた。
『…………で?何か言ったかバルザック』
『言ってません言ってませんだから手退けて死んじゃう潰れるぅぅぅ!!』
バルザックはナザールの踏みつけから逃れようと必死にジタバタしているが、力の差があり過ぎるのか全く意味を成してない。
『…あまり調子に乗るなよ』
ナザールはそう言い残すとバルザックを解放した。
『あ゛ぁーーー………、死ぬかと思った。別にえぇやないか茶化すくらい。そうやって過剰反応するのは気があるっちゅうことやで?』
『…無いな』
『即答かいな………。なぁガゼルや。こいつ落とすならそれ相応の信念必要やで?』
「んな事はわかってる。俺は諦めるつもりはない」
『……だそうやでナザール?』
『………………好きにしろ。それよりも、始まるぞ』
ナザールがそう言うと『龍の湧き泉』から2つの異界へと続く扉が現れた。
それは数百年に一度の竜による神聖な儀式、『万竜の祝宴』が始まる合図であった。




