幕間〜其は水墨の仙龍なり〜
異世界物の物語によくある様にこの世界にも冒険家組合がある。といってもそれは人間側にしか無いが。
冒険者組合は人々を守るために活動しており、国から独立した機関であり、魔物や魔族を狩って生計を立てている。
そんな冒険者組合に1つの大規模な緊急依頼が舞い込んできた。
その依頼内容は人類の中でも神山と崇められているナシアニアス山脈が1人の魔族により汚染されてしまい、その魔族の討伐を依頼する内容だった。
魔族の特徴は子供の様な背丈にぶかぶかの異国の服、赤と黒の角にインクが滲んだ様に霞んで見える尾を生やしており、身の丈以上の筆を使って宙に絵を描くという奇妙な戦法を取るそうだ。
報酬金はそこらの冒険者なら2年遊んで暮らせる額ということもあり、腕に自信のある冒険者達は我先にと神山へと向かった。
だが、それから誰も帰っては来なかった。
何故ならその魔族が異界からやってきた神殺しの龍であり、その冒険者達はその龍の眠りを妨げて怒りを買ってしまったからだ。
***
〜とある冒険者の最後〜
「ハァッ…………ハァッ…………」
人間達から神山と呼ばれているナシアニアス山脈の山中で1人の男が息を切らして走っていた。
彼はその界隈では少しは名の知れた冒険者であった。高い敏捷性と筋力を生まれ持ち、敵を牽制し仲間を援護するシーフとして活躍し、冒険者の最高峰の称号である『S級冒険者』に認定された。
数多の魔物や魔族を屠って来た彼は今回も信頼する仲間と共に神山を汚す魔族の討伐に向かった。
しかし………
「ハァッ……ハァッ……、ちくしょうッ!なんなんだよあれは!?」
神山は異様な光景に包まれていた。
空も大地も草木も果てには空飛ぶ鳥でさえ白黒で他の色が無かった。水に溶けた様な黒色のみで構成された光景は自分達が絵画の中に入ってしまったかの様に錯覚した。
彼らは辺りを警戒して奥地へと進み、見つけた。そして、目覚めさせてしまった。荒縄で固定された浮遊する大岩の上で眠る化け物を。
その化け物の濃淡の無い血色の瞳を見た瞬間、彼らは直感で理解した。
"これは触れてはならない禁忌だ"と
目覚めたそれは冒険者達を蹂躙した。剣も魔法も拳も何もかも通用せずに1人、また1人と黒い液体となって消えた。
「ーーーー逃げても無駄だよ〜」
「ッ!?」
息を整えて下山を再開しようとした時、頭上から男にとって今1番聞きたく無い声が聞こえた。
そこには彼の仲間を皆殺しにした人の形をした化け物がいた。
「君のお仲間はボクの墨になったから、あとは君だけ。大人しくしてね〜」
化け物は岩から降りると小さな筆で宙に円を書いた。それは男の仲間が黒い液体となってしまった術だった。
「こんな場所で死ねるかよッ!」
男の使命は目の前の化け物の情報を組合に伝えることだ。小さな事でも討伐の要になることがよくある為、情報の伝達は最重要だ。
男は懐から透明な魔石を取り出すと地面に向かって叩きつける。すると男は光に包まれて消えていった。
「ありゃ?転移されちゃったよ……」
男が地面に向かって叩きつけた物は転移石と呼ばれる登録した場所に即座に転移できる使い捨ての魔導具である。
「まぁ、いいか。描き終えて貼り付けたし。………ふぁ〜〜あ、寝直そぅ」
化け物と呼ばれた少女はそう言い残すと元いた場所に帰って行った。
一方で冒険者の方はというと神山の麓にある神聖国ナルアナシアの冒険者組合に転移していた。
いつもの様に事務作業をしていた職員は彼の転移に驚き、そしてその憔悴ぶりに何事かと騒いだ。
「一体何があったのですか!?」
「神山の依頼に行ったんだ!そこに確かに討伐対象はいた!けど、あれは魔族なんかじゃない!!化け物だッ!!」
男は錯乱状態でなりふり構わずに叫んだ。職員はすぐさま行動に移し、各部署に連絡を急いだ。
男がひと息ついてふと見上げると奇妙な物が浮いていた。白と黒の勾玉を合わせて作った様な不思議な模様の玉だ。男は職員を呼び止めてあれはなんなのかと聞いた瞬間、その玉は音もなく爆ぜた。
後日、魔王軍の偵察部隊が目にしたのは独特の香りがする黒い液体に包まれて崩壊した神聖国ナルアナシアだった。




