海賊女帝の暗躍〜4
突如として始まったバルザックと釜成家の長男、妙重の決闘。
妙重は獣王国タルザリア内でも指折りの実力を持つ剣豪である。その腕前は鋼すら紙のように切り裂く程のものである。そして、手には彼の愛刀である『虎徹』が鈍い光を放っている。
一方でバルザックは非常にラフな装いであり、同じ装いを町で見かけたならばならず者に見えただろう。しかし、彼女の美貌と発する気配からその様な下賤な雰囲気は微塵も感じられない。そして、彼女の手には青白く光を反射する美しい太刀が握られていた。
その太刀の銘は『水月』。その太刀を打ったルナティアが水面に映る月影を意味する言葉を銘にした理由は一体なんなのだろうか。
バルザックを睨みつけながら刀を構える妙重に対してバルザックは自然体で静かに妙重を見据えていた。
「ほな、始めようか。始まりはいつでもええで」
「……………」
非常にリラックスしているバルザックに対して妙重は構えを崩さずにバルザックのみを見据えている。
辺り一帯を静寂が支配しているなか、その静寂を破ったのは妙重だった。
「ゼリャアアアッ!!」
妙重は気合の入った叫びでバルザックに斬りかかる。それをバルザックは刀で受け止めずに身をは瞬時に半歩下がり、それを躱す。
それを皮切りに瞬く間に数十の剣撃がバルザックに飛んでいくが、バルザックはそれをまるで水の中を泳ぐが如くひらりひらりと躱していく。
「ふざけ、てるのかッ!!正々堂々勝負しろッ!」
妙重は息も絶え絶えになってバルザックを睨みつけた。
「正々堂々とはお前さんに言われたくないなぁ童?お前さんは色々と黒いことやって来たやろ?」
対するバルザックは猫の様な笑みを浮かべてゆらゆらと掴み所がない動きで動いていた。しかし、縦に割れた翡翠色の瞳は深海の様に暗く冷たい目をしていた。
「お前さんは盗賊を雇って行商人や旅人を襲ったり、女子供を捕まえて甚振ったりしておったやろ?犯して傷つけて弄んで殺して。楽しかったやろぉ?」
バルザックは粘つく様な黒い笑みを浮かべて妙重にそう言った。すると辺りは薄暗くなり、空気も重苦しくなった。潮風とはまた違う嫌に粘着質な空気だった。
「お前さん、用済みのご遺体を切り刻んで海に捨ててたそうやないか。………なんで知ってるんだって顔してはるなぁ。……ウチはなぁ、大海の王の他にも冥海の死神という役職を持っておってな?海もしくはその近くの場所で死んだ魂を運ぶ役割もあるんや」
すると薄暗くなっていた辺りは無数の青白い人魂の光によって照らされていき、それは徐々に人の形を成していった。
四肢の一部が欠損している者や見るに耐えない酷い暴力の後が身体中にあるなど状態は様々だが、全員が恨めがましい目で妙重………というよりかは釜成家の者を見つめていた。
「この顔ぶれ見覚えのあるかや?ウチも驚いたでぇ?海では少なくない死者が出るもんやけど、これは流石にないわぁ。んで、彼女らに訳を聞いたんや。そしたらみんな口揃えてお前さんら釜成家に殺されたちゅうわけや。ーーーーーーーー屑やなぁお前ら」
バルザックはそこで言葉を切るとドスの効いた殺気だった声で静かに言った。
「別にウチは善人でも無ければ悪人ではない。まぁ、多くのもんが見ればウチを悪人とするやろう。欲しいもんは奪い取り、気に入らん奴は殺す。酒を飲みながら可愛い子を侍らせて、酒池肉林を築いたのは両手では収まらん。せやけど、そんなウチが1番気に入らんのはお前らみたいな女子供を己が欲望のまま殺し犯し、誠実なもんを陥れる奴や」
バルザックは手にしている刀をぞんざいに横に薙ぎ払う。すると刀から水刃が飛び出し、遠くの高台を切り刻んだ。
「さて、準備運動は終わりやな。ほな、始めようか。ーーーーさぁ、小僧。神にお祈りは済ませたかぁ?震えて命乞いする心の準備は宜しいかやぁ?」
バルザックは目を細め、口を三日月の如く釣り上げてまるで散歩に行くような軽い足取りで妙重に近づいていく。
「や、やめろ、来るなッ!」
妙重は先程の威勢はどこへやら。顔を青くして剣筋がカタカタと乱れていた。
「にゃははは!来るなと言われて行かん奴はおらんやろぉ?さぁ、ウチを楽しませてくるやぁぁああああ??」
「あ、ああ、ああああああああッ!!!」
不気味な動きのバルザックに妙重は恐慌状態となり、我武者羅に刀を振るいに行った。
…………その後、決闘は10分間のバルザックの蹂躙によりバルザックの圧勝となった。
その10分間の試合はもはや試合とは呼べるものではなく、妙重はただ逃げて無意味に刀を振るい、無様な姿を観客に見せただけだった。
***
〜sideバルザック〜
あー、終わった終わった。
ウチは弱い者いじめは嫌いなんやけど、こればっかりは仕方ないなぁ。
「ーーーバルザック様!」
舞台から降りて、これからどうしようかと考えていたら、正面から小鈴ちゃんに勢いよく抱きつかれた。
「にゃあぁ!?な、なんや小鈴ちゃん?急に抱きつくもんやから、驚いたで?」
というか柔らかっ。さっきも思ったけど、ほんまに小鈴ちゃんの身体柔らかないなぁ。
「す、すみません……。信じておりましたが、決闘でしたので……。バルザック様が勝利してくれて、つい嬉しくなってしまいました………」
ウチがそう言うと小鈴ちゃんは顔を赤らめて、狼耳と尻尾をぺたんと伏せてそう言った。それでもウチに抱きつくのはやめなかった。
……………………なんやこの可愛い生き物は?
思わず手が出そうになったが、銀鉄殿の約束があるため、根性で耐えた。
「あれは勝利とは言えんよ。勝手に喚いて、疲れて、逃げる狸を追いかけて遊んだだけや」
「確かに貴女様にとってはそうであったと思いますが……彼の者は刀の達人でしたので」
そしてまた小鈴ちゃんの抱きつく力が強くなる。な、なぁ?頼むから力入れへんで?ウチの理性がッ!!
「……小鈴。そろそろ離れたらどうだ?バルザック殿が困っておるぞ」
とここで銀鉄殿が助け舟を出してくれた。すると小鈴ちゃんは今気づいた様で慌てて離れてくれた。か、感謝するで〜〜………
ひと息ついて、ふとナザール達の方を見るとニマニマとした笑みを浮かべるルナとリュウちゃんに微笑ましそうな顔……無表情でわかりづらいが……を浮かべたナザールがいた。
………………なんやあれは。
「ぎゃあああああああ!?!?」
と舞台から引き裂く様な叫び声。見るとウチが呼び出した釜成家の被害者の霊が塊餌に群がるドジョウの如く集まっていた。
「………あ、忘れてたわ。すまへん銀鉄殿、あれはもう助からんわ」
「………いや、あれが一番良かったのだろう」
あ、よかったのね。というか他の釜成家のもんも似たようなことになっておるし。まぁ、どのみち長くは生きられなかったわけやし、別にええか。
「さてさて、厄介事は終わったことやし…………小鈴ちゃん、続きをお願いできるかや?」
「え?………あ、はい!」
その後、舞台を整えて終えた後、式典が再開して小鈴ちゃんの舞が始まった。
それは今までウチが見てきた舞の中でも特に美しかった。ひとつひとつの自然な動作に舞い上がる絹の様な銀髪、そして、小鈴ちゃんの嬉しそうな笑顔。
それだけで一枚の絵画が出来上がっていた。
次回から主人公視点に戻ります




