海賊女帝の暗躍〜2
海の中はいい。
地上とはまた違った自然が育まれており、色とりどりの生物が優雅に泳いでいる。水上に浮かぶ陽の光が水面に揺らされて光のカーテンを作り出している。
しかし、同時に怖い場所でもある。
一歩道を外れると底の見えない深い闇が支配しているからだ。
私は直感で感じる"同胞"の元へと泳いでいく。
幾分か泳いでいくと進む先から無数の気配を感じる。おそらくはウチの存在に気づいたのだろう。その気配はウチの所へ向かって来ている。
そうして暗い海底から浮上して来たのは鰐みたいな見た目の海竜の群れだった。
海竜達はウチから少し離れた位置で止まり、しばらくウチの姿を観察した後、一斉に頭を下げて来た。
『お初にお目にかかります、大海を統べる王よ。我ら海竜に何か御用でありますか?』
……………うん、慣れないなこれ。
あのケモミミロリっ子神様曰くウチら『七大罪龍』はこの世界に於いて一握りの上位者……らしい。
リュウちゃんが1番わかりやすく、上下関係がはっきりとしている精霊の中で彼女に逆らおうとする精霊はいない。
ウチの場合、知性ある水棲生物がそれに当たる。
ウチはあまりこういった事はあまり好きではないんやけど………まぁ、仕方ないか。
『君たちに聞きたいことがあって来たんや。地上の獣人から海神龍って呼ばれてる奴を探しておるや。どこにおるか知らんか?』
ウチはここに来た目的を海竜達に聞いた。
『海神龍は彼の者共が祭事の為に生み出した空想の産物であります。故にこの世には存在しません』
『はぁ!?なんやそれ!?……はぁ〜、偶像やったんか………』
まぁ、あり得る話か。
言い方は悪いが地球でも殆どの宗教は空想の産物から生まれたからなぁ。こっちの世界も似た様なもんか。
『……はぁ、仕方ないなぁ。ウチがやるしかないんか』
元々、ウチがやるつもりやったし。これはこれで都合が良い。
『……失礼ながら王よ。何故に貴女様が地上の者の祭事に関わろうとしておられるのでしょうか?』
とここで海竜の1人が疑念を込めた声色でそう言った。
『ん?それは………まぁ、なんや。約束……したんや。今年の巫女とな?べ、別に変や意味はないんや。ただの気まぐれや、気まぐれ』
理由を聞かれて、素直に欲しいと思ったからと言おうとしたが、なんだか無性に恥ずかしくなり、ウチは誤魔化した。
『そうでありますか……、承知しました。であるならば、少し頭に入れて欲しい事があるのですが………』
そうして海竜が説明を始めて、その説明を聞いたウチは驚いた。
***
式典が始まる前日の夜。
1人の男が入り組んだ入江に足を運び、笛を吹いた。その男は初老ではあるもののその身体には老いを感じさせないほど逞しい白狼の獣人であった。
そう、彼は獣王国タルザリアの現当主を務めている天狼 銀鉄である。
彼には誰にも言えない計画があった。それは自分の愛娘である小鈴をこの国から逃すという計画だ。
釜成家の長男と小鈴の婚約は殆ど彼方の強制的な取り決めから始まった。ここ最近、力が衰えた天狼家の足元を狙い、当主へと成り代わろうとしているのだ。
他にも釜成家は不正や横領など数多くの悪事に手を染めており、釜成家はいわばこの国のがん細胞の様なものになった。
それらの悪事を元に処罰をしようにも巧妙に隠された挙句、殆ど出鱈目な事を民衆に言いふらし自らを正当化している。
銀鉄はこの婚約を最初のうちは拒否していた。しかし、釜成家は外側から天狼家を切り崩しにかかり、弱りきったところを漬け込んで婚約に押し切った。
このまま婚約が成立してしまえば亡き妻の忘れ形見である小鈴が悲惨な目にあってしまう。それだけは絶対に阻止しなければならない。しかし、今の自分ではどうすることもできない。
だから、自らの友である海竜に頼み遠くの無人島に小鈴を亡命させる。全ては愛娘を守る為に。
しばらくして海面から海竜が現れた。
全身に古傷を刻んでいるこの海竜の名は"晴冥"。銀鉄と彼は子供の頃からの仲であり、1番信用できる間柄でもある。
「晴冥、度々呼び出してすまない。明日の式典についてだが……」
『それについてだが、少々問題が発生した。我らの王、大海を統べる王が参加したいと言ってきたのだ』
「大海を統べる王?海神龍は偶像であろう、一体誰が………」
「ーーーーーそれはウチやで」
暗闇の中に響いた第三者の声に銀鉄は警戒した。気配を探ろうにも入江全体にその者の気配が広がっており、居場所がわからない。
「そんなに警戒せんでもええよ。当主は小鈴ちゃんをあのワル狸の嫁にさせるのが嫌でそこの晴冥くんに海神龍様の成り代わりに頼んだやろ?なら、インパクトのあるウチがやった方がいいんやないか?」
「…………………貴殿の目的は?」
銀鉄は警戒を強めてそう質問した。
「なぁに、ウチはあの子と約束したんや。ウチがなんとかするってな。そこに目的もあらへん。あるとしたら、ウチは可愛い子の味方や。可愛い子が心を暗くしておったら手を差し出して救い出す。それがウチの性分や」
「………………………」
銀鉄はその言葉について考える。声色と気配を感じ取るに嘘は言っていない。しかし、信じていいのだろうか。
『………銀鉄。かの王はこの世の全ての水に棲まう生命の王。あのお方が協力してくれるならば、小鈴殿には危険が及ぶことはないだろう』
「……………………わかった。貴殿に任せよう」
晴冥の説得にしばらく沈黙した銀鉄だったが、何か決心したのかその声の主の協力を受けた。
「ありがとうなぁ。あんたらからしたら、ぽっとでのウチを信用しろなんて無理な話やからなぁ」
「あぁ、だからここで誓って欲しい。娘を、小鈴には手を出したりしないでくれ」
「ーーーーわかった。随分と大切にしておるんやなぁ。……………ほんと羨ましい限りや」
そうして謎の気配……バルザックは海へと消えていった。
次から時系列が戻ります




