魔王の憂鬱
アリシアside
私の名はアリシア・ブラッドエンフィ。
人類に対抗する組織、魔王軍を束ねる者だ。
イスチーナ様の加護をいただき、人類から魔族を守るべく日夜業務に勤しんでいる。
………元々、魔王軍は劣勢に近かった。
我々は主要人物にのみイスチーナ様の加護があるのに対して、人類にはほぼ全員に女神ナシアナの加護があった。
イスチーナ様曰く、ナシアナは魔族を滅ぼすべく人類のスペックを大幅に引き上げたそうだ。
もちろんこれは世界に対して過干渉である為、イスチーナ様は神を束ねる最高位神に取り合っている様だ。
「これが自分が最大限の譲渡だから」と申し訳無さそうに私達に加護をくださったが、それだけでも私達は十分満足している。
そして、人類と魔族の戦争の最前線に両者の戦争で初となる勇者が投入されることから私も戦場に向かい対抗しようとした時、彼女が現れた。
鈴の様に可憐な音色の狂った笑い声を戦場に響き渡らせて、人類どころか私達魔族ですら恐れる化け物を従えて彼女……ルナティア・フォルターが現れた。
イスチーナ様がナシアナの暴挙の最中で手に入れた私達が住むこの世界よりも更に過酷で残虐な世界において神々にすら恐れられた7体の龍の1柱。
彼女が現れたことにより形勢は一気に逆転した。
超遠距離魔導砲などで我々を苦しめたキルハルト魔導王国。人類軍の要の一つであり数多くの英雄を排出しているテンプレス帝国。精霊に愛された国として精霊を多く従えていたキース王国。海上戦略として1番厄介な相手であったニューラル公国。
どれも全てルナティア達『七大罪龍』の7人のうち4人によって滅ぼされた。跡形もなく。
これにより人類は大きく衰退し、戦争どころではなくなった。更にイスチーナ様の定期報告によるとナシアナは愚かにもルナティアを神の領域に呼び出して殺そうとして返り討ちにされた挙句、魂の髄まで喰いつくされたそうだ。それにより人類のナシアナの加護は無くなったそうだ。
つまり。我々の脅威は無くなったのに等しいわけだ。
目先の脅威が無くなっても私の魔王としての責務は終わらない。民を豊かにして国を発展させる。これが私の使命である。
……………………ただ、最近思うのだ。
やめていいかな?魔王。
***
「…おはようアリシア。………………大丈夫か?」
職務を始めて早々にナザールがやってきて、そう声をかけられた。
ナザールは『七大罪龍』の創設者にしてルナティアの姉だ。人形の様な無表情で囁く様な声で一見大人しそうだが、ルナティア曰く怒ると世界が崩壊するレベルでまずい状況となる最重要危険人物だ。
それを除けば人当たりのいい人だ。
「………………大丈夫に見えるか?」
「…いや、見えないな。随分と眠れていない様だな」
「………………あぁ」
ここ最近、眠りが浅くなって満足に眠れていない。原因は幾つかある。
まずは魔王軍の運営と領地運営。これはバロメッツをはじめとする陣営人が補助してくれているから問題ない。次に今まで鎖国状態であった獣王国タルザリアとの外交。これはかなりデリケートな案件のためかなり気を使う。
そして、最後は『七大罪龍』に関することだ。というかこれが1番大きい。
別に4人が常識がないというわけではない。全員が自身の実力を理解して私達に協力してくれているからだ。ただ、彼女達が無自覚に持ってくる案件が問題だ。
最近起きたことといえば精霊が大量にやってきたことだ。
原因の発端はルナティアが怒りに任せてキース王国とその周辺諸国を滅ぼしたことだ。
ルナティアが怒った原因はキース王国の連中が精霊を奴隷の様に扱ったことにある。精霊とは我々にとっても身近でいて無くてはならないとても大切な存在である。
ルナティアにとって精霊は友であり、良き隣人であり、彼女の最愛の妻であるリュウエンと同族である。怒らない道理がない。その結果、キース王国と周辺諸国は跡形もなく消滅した。
そして、精霊達の間でルナティアの側が1番安全だという認識ができて子供の精霊を中心に多くの精霊がやってきた。
精霊が来る分にはいい。精霊がいるだけでその土地に恵みをもたらすからだ。ただ、それと同時に厄介なことも起きる。精霊はいたずら好きであり、子供の精霊ほどその傾向にある。物が無くなったり、位置が変わったりと些細なことだがそれは積もりに積もって後々面倒になるのだ。
「………なぁ、ナザール。ルナティアとリュウエンは一体いつになったら出てくるのだ?」
精霊がやってきた初日にルナティアが助けたウンディーネが彼女に契約を持ちかけた。それを見たリュウエンは口から炎を吐いて牽制して機嫌を悪くした。
普段、ホワホワとしているリュウエンがあんなにも敵意剥き出しにしているのは初めて見た。
その後、リュウエンとルナティアは思わず胸焼けする様な濃厚な絡みと会話をして、空気中の糖度をこれでもかと高めながら離宮へと戻っていき、5日経った今でも部屋から出てきてない。
「…さぁな。おそらくリュウエンとの精霊としての契約をしてから仲良くやっているだろうだから、あと2日というくらいか?」
「ーーーーーーーー」
………長い。いや、彼女達からすると普通なのか?よくわからない。
というか早く出てきてくれないと精霊達による被害が出てしまう!今のところあの2人しか精霊達を制御できるのがいないんだぞ!?
「おっはーー!今日もいい天気……大丈夫か?アリシア」
とここでバルザックが入ってきた。
「…そろそろ駄目みたいだ。バルザック、精霊達をどうにかできないか?私だと怯えられるのだ」
「精霊?まぁ、やれる範囲でやるけど、そんなに期待せんでよ?」
「…わかってる。あくまで気休め程度だ」
2人が精霊の対処に当たってくれることになった。
「……………………感謝する。2人とも」
「ええよ、気にせんといてな。ほれ、アリシアに差し入れや。ウチが作ったポーションでな?飲めば身体の悪い部分を癒して且つ安眠できるやつや。貰っとき」
バルザックはそう言って青白いポーションを置いていった。
その日は久しぶりにぐっすりと眠れた。




