海賊女帝の降臨
魔王領の端っこの海上都市。
そこは時期が来れば観光客で賑わい、そこで取れる海産物は魔王領の運営資源ともなっている。
そんな場所にある海上保安庁本部に私たちはいた。
「俺は海上保安庁本部長を務めているスクアーロだ。今回は宜しく頼む」
身長が2メートルを超える鮫の亜人……スクアーロさんがそう自己紹介した。スクアーロさんの見た目は鮫がそのまま人型になった様な見た目で白い海軍軍服がピチピチになるぐらいガタイが良かった。
「自己紹介どうもスクアーロ殿。我らは『七大罪龍』である。長身の美女がナザール、赤髪の美少女がリュウエン、そして我がルナティアじゃ」
私もそれに倣い挨拶を返す。
海上保安庁本部の内装は白を基調とした解放的な間取りだった。地球で例えるなら地中海の建物だろうか。
「それでは件の幽霊船について話して貰えないでしょうか?スクアーロ本部長」
自己紹介が終わり、そうバロメッツさんが説明を促した。
「あぁ、そうだな。ーーーあれは俺たちが人間の奴隷船を捕らえるために部下を引き連れて追いかけていた時だ。その日は雲一つ無いにも関わらず、海は嵐が来た様に大荒れで暴風が吹き荒れていた……」
そうしてスクアーロさんの説明が始まった。説明の内容はアリシアに事前に聞いていた通りだったが、やはり現場にいた人物である為はっきりとした説明だった。
「ーーーーーというわけだ。何か質問はあるか?」
スクアーロさんは自身の説明を終えると私たちにそう聞いてきた。
「…その時に聞こえた曲というのはこれのことか?」
ナザールはそう言うと、《アイテムボックス》から『nightmare memory』の時から使っている音楽プレイヤー(何故動くかはわからない)を取り出して音楽を再生した。
それは夢の国の鼠で有名な制作会社が作った海賊映画のとある悪役のテーマ曲だった。
「おぉ!それだそれだ!少し違うが、間違いなくそれだ!」
その曲を聞いたスクアーロさんは驚いた様子で肯定した。
「……………決まりじゃな」
その曲はバルザックが好んで聞いていた曲だった。…………アイツは海賊ものが好きだったし。
「そうだね…………。問題はどうやって地上に引き摺り出すかだよね」
「そうじゃなぁ…………。方法は無くもないがあまりやりたくないものだからなぁ」
バルザックは種族特性で水辺又は水中限定ではあるが『七大罪龍』最強のナザールをも出し抜くほど強くなる。しかも彼女は現在、だだっ広い海底の何処かにいるのだ。探すのも一苦労である。
「頼む。喰われた奴隷船には子供達が乗っていたんだ。もし、無事であるならその幽霊船を見つけ出して助け出さなければならない。あの状況では望みは薄いだろうが……」
「いや、子供達に関しては問題ないじゃろ。幽霊船の船長、まぁ、我らの仲間であることが確定してるが、その奴隷船を襲った目的はその子供達じゃろうし」
「…………それは、どういうわけですか?」
私の説明にバロメッツさんは疑問を投げかけた。
「あー、それはのぉ…………。幽霊船の船長、バルザックは重度のロリコンじゃ。10代後半から前半までがストライクゾーンで元の世界でも子供ハーレムを作って鼻の下を伸ばしておった。じゃから、子供達に関しては問題ないのじゃ」
実際、リアルでもそういう薄いピンクの本を描いていたし……………。
私の説明が終わるとバロメッツさんとスクアーロさんはなんとも言えない顔となり、ナザールとリュウエンは疲れた様な顔をしていた。
「ほんと…………そのせいで何度面倒事に巻き込まれたか」
「兎の獣人のお姫様を攫って大国とのくだらない争いに巻き込まれたりしたしねー………」
「……竜神の子供を攫ってきた時には肝が冷える思いをしたぞ」
ハァ〜……とため息を吐く私たち。
「ま、とにかくじゃ。バルザックを海底から引きずり出すには2種類の方法がある。1つは非常に時間はかかるが確実に見つかる方法ともう1つはすぐに見つかるが、我々の精神的なダメージがデカいものじゃ。ヌシらはどれを取る?」
「……………………………後者で頼む」
私が提示した選択肢にスクアーロさんは熟考の末に後者を取った。やはり、子供達の救助に時間はかけられないみたいだ。
「……………わかった。それでは、準備する物を言うから集めて欲しいのじゃ。それはーーー」
そう言って私が説明した"1番やりたくない方法で1番重要な代物"にスクアーロさんは目に見えて顔を引き攣らせて、バロメッツさんは正気を疑う様な顔をした。
……………………………だって、仕方ないじゃん。
それが1番確実だし……………
***
準備が整った私たちは海を見渡せる海岸沿いに移動した。
「それでは姉上。一本釣りを頼むのじゃ」
私はナザールに今回の作戦で使う巨大な釣竿を手渡した。釣竿の先端にはバルザック専用の"餌"がつけられている。
「……………………」
ナザールは心底嫌そうな顔をして釣竿を受け取り、勢いよく竿を海に向かって降った。
"餌"をつけた釣り糸は遠くへ行き、海面に落ちた。
そして訪れる釣り特有の静寂。
誰もが言葉を発さず、聞こえるのは波の音と海鳥の鳴き声のみ。
「……………………ッ!!かかったぞ!」
釣りを始めてすぐに何かが"餌"に食らい付いた。
しなる釣竿、激しく抵抗する標的。それは側から見れば漁業の一風景に見えただろう。
「……………ふんッ!」
ナザールは背負い投げの要領で釣竿を引き上げた。すると、海面から勢いよく何かが飛び出してきた。
「ホギャァァァァァアア!!??」
その何かは悲鳴を上げながら宙を舞う。ナザールはそれを確認すると釣竿を捨てて飛び上がり、その何かにまるでボールに蹴りを入れるが如く砂浜にシュートした。
「グホォオオオオ!?」
爆散する砂浜に大きな地鳴り。
「……………………さて、行くか」
私たちは砂浜に突き刺さった何かを確認するべく、着弾地点に向かった。
着弾地点に着くとそこには犬神家のポーズをしているピクピクと震える足があった。
「……………………」
ナザールは冷ややかな顔のまま、その足を掴んで引きずり出して地面に叩きつける。
「ふぎゃ!?な、なんや、ウチが何したんや………」
いたた………と対してダメージを受けた様子の無いその人物は関西弁の混じった特徴的な喋り方で愚痴りながら立ち上がった。
髪は肩まで伸びた深い青色で蛸の足の様になっており、何処か猫を思わせる顔に縦に割れた翡翠色の瞳。背はナザールより少し低いくらいで体型ははっきりとわかるグラマラスな体格だ。
服装は白いシャツと真っ赤なベストにボンタンを着ており、肩には真っ黒で装飾過多なジュストコールを羽織っており、高そうな皮のブーツを履いていた。頭には赤いバンダナと海賊らしいツバ広の羽根付き帽子を被っており、右目につけている眼帯には幽霊船と同じ龍の頭蓋骨に交差するカットラスと古式短銃のマークが刻まれていた。
そして、頭には珊瑚の様なねじれた角に耳がビレ状、腰からは光沢のある艶やかな尾が生えていた。
「久しぶりじゃなバルザック。元気にしておったか?」
「にゅ?……………おぉ、ルナ!久しぶりやな!会えて嬉しいぞぉ!」
バルザックは私を視認するなりパァッと顔を明るくして、両手を広げて抱き着こうとしてきた。私はそれを回避した。
「おっとと……なんや!?せっかくの再会やで!?抱き締めるくらいさせろや!」
「ヌシの場合、それだけでは終わらんじゃろ。わざわざ、捕食者の口に身を投げる真似はせんよ」
「誰が捕食者じゃあ!!」
無駄にハイテンションなこの女こそ、私達が探していた"強欲龍"バルザック・セレストである。
一本釣りの元ネタ。7つの願い玉を集める物語から




