賭けの開始
遅かった。
やはり彼女を1人で行動させるべきではなかった。
私が駆けつけた時には既に彼女は食事を終えていたのだ。
「───やはり喰べたかティアムンク」
私はそう独り言じみた風に言うとティアムンクはようやくこちらに気づいたように振り向いた。普段は黒い目隠しで覆われた両目が露わになっていた。
「おやアリシア様。挨拶周りはもうお済みで?」
「いや、なんだか嫌な予感がしてな。その勘を頼りにお前を探したら案の定といった感じだ」
古馴染みへの挨拶は終わってないが、本当に嫌な予感がした為、残りの挨拶は明日にしてティアムンクを探したのだが………
こういう予感は当たらない方が良かった。
「………やはり私が喰べる事について貴女様は否定的な考えですのね」
「当然だろ。自分の種族が被害を受けるとなればそうなる」
「そうですか。しかしご安心を。この世界の吸血鬼はあまり美味しくない為、そう積極的には喰べませんよ」
とティアムンクはクスクスと口元に笑みを浮かべて笑った。その笑いがかえって私の精神を逆撫でした。
「そういう問題では───ッ?!」
私が感情に任せて叫ぼうとした時、急に見えない何かに引き込まれ裏路地の壁に縫い付けられた。
「──うぐッ」
半端叩きつけられる様に抑えつけられ苦しくなる。
「何か勘違いをしている様ですが、私は貴女方とは違う存在です。故にそちらの尺度で測るなんて間違っておりますよ」
ティアムンクは口元を三日月の様にして笑い、ゆっくりと私に近づいて来た。気づけば表通りの喧騒が聞こえなくなり、周りの気配も感じられなくなった。
「念の為、人払いの結界を張らして貰いました。誰がいつ聞いているかわかりませんからね。…………さて、続きをお話ししましょうか」
視界に透明な触手が見え始め、身体全体を弄られるかの様な嫌な感覚を感じる。きっとわざとやっているのだろう。
「そもそもの前提としてその身に宿す強大な力ゆえに龍というのは『生命』として逸脱した存在であります。
とりわけ私を含めた『七大罪龍』というのはそれが謙虚に現れており、大罪系スキルを所持している事がその印です。
大罪系スキルは強力ではありますが、それはある種の概念であり、その大罪に由来する欲が増幅されます」
とここまで言うとティアムンクを起点に周りが気分が悪くなるほど甘ったるい嫌な香りが漂い始めた。
「あらゆるものを食べ尽くしたい『暴食』、妬み恨む『嫉妬』、破壊の限りを尽くす『憤怒』、あらゆるものを奪い尽くす『強欲』、自堕落になりたい『怠惰』、他者を見下す『傲慢』、そして……自らの本性を曝け出す『色欲』。
私は、自らの本性を曝け出しているだけなのです。それが1番の快感、その過程で何がどうなろうと知ったこっちゃありませんよ。だって、私は龍なんですからね」
「……それなら、ルナティア達は、どうなんだ。お前の言い分が正しければ……お前みたいにその欲に呑まれている筈だろッ」
「……お姉様とリュウエン様とバルザック様は番いを得ていますので幾分か抑えられています。ナザール様とカグラ様は人一倍自制心が高いですね。スルース様はアレが1番自らの欲に忠実ですね。ただまぁ、アレはアレで折り合いをつけている様ですが」
ティアムンクは既に私と鼻が付く位置まで近づいており、完全に逃がさないという意志を感じられた。
「──しかし、今もこうして『色欲の魔香』を発動しているのですが、あまり効果がありませんねぇ?吸血鬼に効果ある筈の効能のやつを出していますが、一向に理性を失う気配が見えませんね」
「………私は普通とは、違うからな」
私は普通の吸血鬼とは違う。この事は上層部の一部しか知らないが、まぁいいだろう。
「……お前の食人行為はどうやったら抑えられる?」
私は今なお笑みを浮かべているティアムンクに聞いた。今はまだ人間を標的にしているからいい。だが、人間が根絶されれば次は魔族に標的が移るだろう。
私としては正直に言ってしまえば自分の種族以外ではどうなっていいが、それでも抑えられるのなら抑えつけておきたい。
「基本的には無理ですね。しかし、侍従契約を結んで私を縛れば可能性はあります。もっとも、この世界の生物では不可能ですが」
「なら、試してみるか?私と」
「……………貴女と?冗談は休み休み─」
「冗談じゃない。本気だ」
私は小馬鹿にした様子のティアムンクを話している途中で無理矢理ねじ込んで言った。すると笑みを浮かべていたティアムンクはストンっと表情を消して始めて真っ直ぐと私を見つめて黙り込んだ。
「どうした?まさか怯えているのか?生命として高位の存在である龍様が怯えているのか?」
「………うるさい羽虫ですねぇ。そんなに死に急ぎたいので?」
身体を締め付ける触手の力が強くなり、さらに息苦しくなる。それでも私はやめない。もうヤケクソだ。
「その羽虫に感情を露わにしているのは滑稽だぞ。骨トカゲ」
売り言葉に買い言葉。私はそう彼女に返した。
そして───
「──いいでしょう。えぇ、いいでしょう。貴女のその自らの力量を鑑みない提案に乗りましょう」
ティアムンクは今までに見た事ない凄みのある笑みを浮かべて、私の口の中に1本の触手をねじ込み、何かを流し込んだ。
「──んぐッ?!」
「私の血ですわ。生物にとって毒ですが、私を使役するというのであれば、これぐらい耐えてみなさいな。………それではご機嫌よう」
そうしてティアムンクは私を放り捨てる様に解放するとどこかへ行ってしまった。
「…………ははっ。これは、厄介なことに、なったな」
私はそうして朦朧とする意識をなんとか保ちながら城へと戻った。




