幕間〜『彼女』は
彼女は布団に寝かせるとまるで糸が切れたマリオネットの様に動かなくなりました。胸が上下しているから生きているのがわかるが心配になります。
私がその日の予定を全て終えた後に風呂に入り身を清めひと息ついていると背後から音もなく現れた付き人である芽依に声を掛けられました。
「──お嬢様。調査が終了しました」
「ご苦労様。……それで?結果はどうでした?」
芽依には座敷で眠っている『彼女』について調べてもらっていました。
私は少々特殊な体質で痛みなどそういった普通の人間に備わっている感覚がありません。
完全にないというわけではありませんが、布1枚隔てると感覚が解らなくなってしまいます。皮膚感覚に生じている障害といった感じでしょう。
そして、この皮膚障害というべきものは病気によるものではなく、家系に伝わる術式刻印の副作用のせいですが……ひとつだけこの副作用を無くす方法があります。
それは私と同じ家系、つまりは私と血の繋がりのある人物で且つその身体に何かしらの家系由来の術式刻印が刻まれている場合のみ副作用が打ち消されます。
あの日。
皮膚に直に触れられても触れられたという事が認識できない私がしっかりと脳に『触れられた』と感覚を伝え、しかも防御術式をいとも容易く突き抜けて私に傷を負わせた『彼女』。
私は一応分家の者の顔を覚えていますが、『彼女』は一度も見た事がありません。ですので、ひどく興味を抱きました。
「名前は『天野 澪』。姓は父方の物でお互いに面識はない様ですが歳の離れた腹違いの姉がいる様です。父親はアルコール中毒者で母親は重度の精神疾患を患っております。現在、その2名は麻薬所持により身柄を拘束されています。
それと母方が10年前に粛正された筈の分家の者でした。どうやら粛正の時に家の縁を切っていた為、対象を免れた様です」
「術式刻印は?」
「分家の術式刻印は『壊崩紡』です。発動するとどの様な術式でも修復不可能にまで切り崩されて出鱈目に繋ぎ直されます。更に出鱈目に繋ぎ直された術式が暴走し、その余波で術者に致命傷を負わせた上で刻印の機能を失わせる攻撃特化のものです」
「へぇ………」
術式刻印。それは自らの身体に刻む術式で呪文や魔具で発動する術式に比べて数倍強力な術式を瞬時に発動することができる代物です。
刻印は家系の者にしか継承出来ませんが長い年月で術式を磨く事でより強力に多彩になります。その分、私の術式刻印の様に副作用が強くなりますが。
そんな術師にとって家宝とも言える刻印を破壊する刻印………まぁ、粛正されたのは仕方ない事ですね。余計な争いを産みますし。
「また父方はほとんど無名の家系で随分昔にその術式の継承は途絶えています。おそらく父方の者も知らないでしょう。なにぶん大昔に途絶えた家系な為術式の判別が出来ませんでした。申し訳ありません」
「いいわ。途絶えて情報が無いのでは調べようがありませんから。それで?副作用の方は?」
「あの娘の身体に残っていた傷と家系の記録から無意識での自傷行為と周囲への破壊衝動だと思われます」
「わかりました。それでは芽依。貴女には少しの間、暇を出します。ゆっくりと身体を休めなさい」
「ありがとうございます」
芽依から報告を聞いた私は芽依に休暇を与えて私は今日も『彼女』……澪の元へと向かおうとしました。とその時、芽依に呼び止められました。
「………お嬢様。その………本当によろしいのでしょうか?」
「なにが?」
「あの娘のことを当主様に伝えなくても。お嬢様の身に何かあっては」
「別に構いませんよ。貴女が心配しているのは私に刻まれた刻印が彼女に破壊されないかという事でしょ?」
私がそう聞くと芽依は黙り込んだ。それは今の状況では肯定を意味するものでした。
「ま、鬼龍院が数百年掛けて紡いできた集大成が私というだけありますから目付け役でもある貴女が心配するのはわかります。………しかし、それは偏屈で時代遅れの老害の戯言でしょう?やれ一族の悲願だの祝福だの、こんなもの呪いに過ぎませんわ」
何百年もかけて紡ぎ上げた術式刻印はそれこそ術師からすれば素晴らしい物でしょう。ですが、それは同時にタチの悪い呪物であります。
身体を蝕み、心を削り、最後は命の蝋燭の火すらも吹き消してしまう。私はこの力が大嫌いです。
もし『彼女』が芽依の言っていた刻印を破壊する術式刻印を有しているのであれば、私は喜んで壊されましょう。祝福の崩壊を
「いいですか芽依。もし『彼女』のことをお父様に伝えたその時は………わかっていますよね?」
「───ッ、は、はい………お嬢様」
私は芽依に釘を刺した後に真っ直ぐと『彼女』……澪の元へと向かいました。
障子を開けるとそこには私が昼間確認に来た時と変わらない体勢で昏々と眠り続けている澪がいました。
「………よく眠っておりますね。澪様」
私はつい先程知った彼女の名前を口にし彼女の側に座ると頬を撫でました。
障子の隙間から漏れ込む月夜に照らされた肩口まで切られた黒髪はまるで夜を徘徊する黒狼の様に、肌はあまり良い生活環境だったのにも関わらず、シミひとつ無い真っ白な肌をしておりました。
「…………………綺麗ですわね。澪様」
私は着ている物を全て脱ぎ去って生まれたままの姿になり、彼女が眠る布団へと潜り込みます。布団の中は彼女の温もりと雨の様な香りに包まれていました。
「スゥー……ハァ……いいですねぇ……本当に喰べてしまいたいくらいいい香りですねぇ………」
出会った当初は家庭環境の影響で少々臭っていたが、清めると彼女本来の香りなのかそれともその身体に宿る術式刻印の残滓のものかはわかりませんが、私の好きな雨の日の香りに変化しました。
「ふふっ………あははっ…………スゥーー……ハァー…………」
私はゆっくりと彼女を起こさない様に私と同様に服を脱がせて彼女の体温を直に感じます。それだけで何故かいつも胸の奥底に空いている穴が満たされていく様に感じます。
「さぁ、今宵も勝手ながら楽しませてもらいますよ………澪様」
そうして私は今日も彼女に無断で普段は感じることのできない『感触』を堪能した。
ちなみに性的な事はしておりません。あくまで触れられているという『感触』を感じているということをここに記しておきましょう。




