決戦前夜
いよいよ明日、父王の前で婚約者候補を誰にするか告げることになる。
私のかわいいオルフェードが、突然変異で悪フェードになってしまってから、はっきり言って私の心は乱されまくりなわけで。
寝る間を惜しんでずっと考えているけれど、やはりオルフェードを選ぶわけにはいかない。
領土が欲しい、国政にかかわりたい。
でもそれ以上に、彼をこんな私の事情に付き合わせてはいけない気がするのだ。
確かに、キスをされても嫌じゃなかったしドキドキしたし、何より顔がかわいいオルフェードのことは好きだ。
でも、この「好き」がオルフェードの想いと同じかというとそこは多分違う。
過剰評価もちょっと困るし、愛が重すぎるのもちょっと困る。
「はぁ……」
もうそろそろ就寝時間だ。
寝間着に着替えて、ベッドに入った方がよさそう。全然寝れそうにないけれど。
読んでいた、というより持っていただけに過ぎない本をぱたんと閉じ、私は一人掛けの椅子から立ち上がる。
――コンコン。
寝室をノックする音。小さくて軽いこの音は、専属侍女のパルマだ。
どうぞ、と返事をすると、やはりパルマが顔を出す。
長い黒髪を後ろで編み込んだパルマは、私が十歳の頃からそばにいてくれて、二十三歳のクール系美女。愛想がないけれど、仕事のできる頼もしい存在だ。
公にはしていないけれど、ジョーくんの異母妹でもある。
暗殺者ジョブはないから、ごく普通の侍女なんだけれど。
「フェアリス様。お手紙が届いております」
「手紙?今?」
こんな時間に。
差出人は、昨日ナミアーテと共にいたダンテだった。
一体何の用だろう。
手紙の内容は今から会いたいというものだった。
『ナミアーテ様について、お耳に入れたい重要なことがあります』だって。
白い便せんに手を翳し、魔力を確認してみる。
「ダンテ本人が書いたもので間違いはなさそうね」
裏庭で待っているということなので、私は呼び出しに応じてみることにした。
この時間なら、まだ私のそばにジョーくんの「目」がある。
本来は暗殺ターゲットを見張るためのスキルだけれど、私の護衛のために使っているから、声をかければすぐに来てくれるだろう。
「ジョーくん、裏庭に集合ね。ダンテから手紙がきたわ」
主寝室でそう呟くと、私はパルマを置いて部屋を出た。
着替える前でよかったわ。
護衛の騎士にはちょっと出てくるとだけ告げ、着いて来ようとした彼らを制して一人で向かう。
彼らも、ジョーくんがついて来るってわかっているので無理に付き従おうとはしない。
赤や黄色、橙色のランプが等間隔に灯る廊下を通り、使用人通路から裏庭へと出る。
しばらく散歩するが、誰もいない。
肩からかけたショールを両手でつかみ、肌寒い裏庭を当てもなく歩く。
まさか、いない?
何なの、呼び出しておいていないとか。風邪を引かせるとか地味な嫌がらせを、ナミアーテから命令されでもした?
ダンテは脳筋で、知恵が回るタイプではない。
性格は悪くなかったはずなんだけれどなぁ。
もうしばらく散歩して、それでもダンテが見つからなかったら帰って寝よう。
ところがそう思って数分後、私は後ろから誰かに口を塞がれて、茂みに連れ込まれた。
「んっ……!!」
ドキッと心臓が強く跳ねる。
口元には男性の手。声が出ないように強く塞がれたこともあるけれど、びっくりして声なんて出なかった。
「フェアリス様、黙って」
「んんんーん」
見知った声に、ホッとする。
私を茂みに引っ張り込んだのは、オルフェードだった。
彼の手をトントンと叩き、声を出さないから解放してと合図する。
私の口から手を離すと、それはすぐに茂みの向こうに見える人影を指差した。
薄暗い裏庭を、ゆっくりと徘徊する大柄の男。
騎士団の制服に紺色のマントだとわかる。
ダンテだ。
私を呼びだした通りに、ここにやってきたんだと思った。
けれど何だか様子がおかしい。
「もしかして……」
声を上げそうになり、あっと気づいて口をつぐむ。
ダンテは何かを探している様子だった。間違いなく、私を探しているんだろう。
でも彼の目は虚ろで、魔法で操られているようにしか見えない。
少し距離が開いたとき、私の真横に片膝をついていたオルフェードがぽつりと呟く。
「アクアニードに操られていますね、おそらく」
魅了にかけれて、操り人形にされているらしい。
「私を呼びだしてどうするつもり?」
怪訝な顔をする私に、オルフェードはじっと瞳を見つめて言った。
「既成事実でも作る気じゃないですかね。ほら、ダンテとフェアリス様が間違いを犯すと、ナミアーテ様との取り合いになるでしょう?」
「それって何か意味あるの?」
「腹いせじゃないですかね?姉妹でダンテを取り合っているうちに、自分が仕方なく王子様の後見人に収まるっていう可能性も無きにしも非ずで」
なんていう浅慮。
私はオルフェードに尋ねた。
「魅了って上書きできない?」
「できますが、ダンテの精神がもたないかと」
ダンテがいっそアクアニードを好きになればいいと思ったのだが……。
「あ、じゃあこういうのはどう?」
茂みの中で、私はオルフェードに耳打ちした。
「まぁ、それくらいなら……」
彼は納得してくれて、遠ざかっていくダンテに背後から迫った。
そして、一瞬で意識を奪い、呪術師特有の魔法をかける。
「完了しました」
「ありがとう」
オルフェードは柔らかに微笑む。
すぐに目を覚ましたダンテは、ふらふらとこの場を離れていった。
「何をなさったので?」
一部始終を見ていたジョーくんが、暗闇の中から姿を現す。
「恋の橋渡しをしたの」
「恋?」
私はにんまりと笑って言った。
翌朝、侍女たちがいつになくはしゃいでいた。
何食わぬ顔で尋ねると、彼女たちは頬を染めつつ話してくれる。
「ダンテ様がアクアニード様のお部屋に夜這いを……!」
「禁断の恋ですわ!」
使用人たちの間で、昨夜のことが噂になって回っていた。
オルフェードに頼んで、ダンテの目にはアクアニードがフェアリスに見えるように幻術をかけてもらったのだ。
現場を見に行ったジョーくんによると、アクアニードの寝室に突撃したダンテは、部屋にいた想い人に抱きつきベッドに押し倒そうとしたらしい。
アクアニードは即座に魅了を解いたが、時すでに遅し。
護衛や使用人が騒ぎを聞きつけて彼の部屋に駆け付け、二人が禁断の恋をしていると勘違いされてしまったのだ。
朝、モーニングティを飲みながら、私は知らんぷりを貫く。
「私はね、人を好きになる気持ちに貴賤はないと思うの」
侍女たちはうんうんと頷いて同調する。
アクアニードめ、しばらくは使用人たちからの意味ありげな目に悩むといいわ。
今日はいよいよ、父王との謁見がある。
私は朝食を手早く済ませ、戦いに向けてドレスアップを始めるのだった。





