27 風呂にはロマンじゃなくて、サスペンスがあふれてるよ
髪を洗うのに邪魔だから、王さまが出たら取ろうと思っていた携帯翻訳機を、外せなくなってしまった。
「どどど、どうしておれに、そんな重大な秘密を告白するんだよ? おれなら、いいの? もしかして、おれをこの大浴場で始末する気か? そんなサスペンス劇場みたいなこと、やめてよ。いや、やめろーっ!」
おれが興奮して捲し立てる間、サバスチャンは冷静な態度で、ジッとおれの顔を見ていた。それが一層恐ろしい。
だが、おれが黙ると、静かな声で「湯冷めしますよ」と注意した。
確かに、湯船から立ち上がって喚いていたため多少は体が冷えたが、それ以上に心が寒い。おれは、もう一度、お湯に浸かった。
「ごめん。ちょっと言い過ぎたよ」
おれが落ち着いたと判断したらしく、サバスチャンは説明を始めた。
……わたくしがスパイだと聞いて驚かれたと思います。ですが、わたくしはキャットリーヌ姫直属のスパイで、その役目はアヌビス星との情報交換にあります。
同じく、先方では、ケント王子直属のスパイとして執事のジョンがおります。
え? ジョンって誰だっけ、ですって。ほら、あなたさまをリムジンでお迎えに行ったモップ頭ですよ。思い出されましたね。
わたくしとジョンは、姫と王子の命を受けて、常に両星の情報を交換していました。
何のために、とお尋ねですか?
それは無論、和平交渉を進めるためでございますよ。
この百年間、わたくしたちは、目には目を、歯には歯をと、報復の繰り返しで、いったいそもそもの原因は何だったのかもわからない、泥沼のような戦争を続けておりました。国民たちには厭戦気分が漲り、反政府活動も盛んでした。
一方、軍人たちは面子にかけて、和平など認めないと息巻いていました。
両星の政府は疑心暗鬼の塊になっており、有効な手立てを打てません。
そうした中で、一触即発の危機を避けるべく、両星の政府にも王室にも知られずに、姫と王子が必要な情報を交換するための、謂わば生きたホットラインとして、わたくしたち執事が働いていたのです。
はあ? ホットラインがわからない?
ええと、これは地球の歴史の話ですが、かつて米ソ冷戦時代に、偶発的な核戦争の危険を防ぐため、えっ、それもわからない?
うーん、まあ、じゃあ、こう考えてください。
あなたに気の強い彼女がいたとします。
え? いるんですか? 違う?
まあ、いいでしょう。これは例え話なので、そのまま受け入れてください。
その彼女とは、デートの度に喧嘩になってしまいます。でも、決定的な別れ話にならないよう、あとで電話するでしょう?
え? しない?
じゃあ、こうしましょう。二人に共通の知人で、少し年上の女性に仲裁を頼みましょう。
はあ? 仲裁なんかしない? むしろ、一緒になって、蹴りを入れて来る?
うーん、じゃあ、この例えはやめましょう。
とにかく、両星の仲が壊れないよう、情報の交換とコントロールをしていたのです。それが、スパイ、という意味です。
もちろん、どの情報を誰に伝えるかの取捨選択は、姫と王子がお決めになっておりました……。
「……ん? どうされました? お顔が真っ赤ですよ」
「ふひ~」
湯船に浸かってサバスチャンの話を聞いているうちに、おれはすっかりのぼせてしまったのだ。
「おお、これは大変ですね。早く、お上がりください」
おれは、サバスチャンに抱きかかえられて脱衣所に連れて行かれた。
バスローブだけ羽織って、用意された冷水をコップ一杯飲んで、ようやく少し落ち着いた。
「もう、大丈夫だ。ありがとう」
「では、わたくしは先に戻りますが、今の話はくれぐれも内密にお願いしますよ」
「うん、わかってる」
備え付けの扇風機で体を冷ましながら、おれは頭の中を整理した。
今の話が本当なら、キャットリーヌ姫とケント王子は、相当に危ない橋を渡っていたことになる。もちろん、良かれと思ってのことだろうが、バレたが最後、逆に両星の世論が炎上し、下手をすれば戦争になってしまう。
が、今、そうなってはいない。
ということは、少なくとも、誘拐犯は戦争を望んでいる勢力ではない、ということだ。
じゃあ、いったい、何が目的なのか。
結論が出ぬまま、おれは服を着て大浴場を出た。
出口のところで、マンチカンに似たメイドのアメリちゃんが、笑顔で待っていた。
「朝食の会場までご案内しますわ」
「ああ、よろしく」
アメリちゃんについて行きながら、おれは、ふと思った。ちょっとタイミングが良すぎる。
「まさか、アメリちゃんもスパイってこと、ないよね?」
半ば冗談で言ったのだが、アメリちゃんの顔色が変わっていた。




