26 朝稽古のあとは朝風呂かよ
「それなら、わしも稽古をつけてもらおうかの」
おれの背後から声をかけたのは、むろん、荒川氏である。なんと、すでにジャージに着替えている。
元子が嬉しそうに笑った。
「あら、いいわね。黒田さん直伝の古武術の技を、教わりたいですわ」
二人はお辞儀をして技を掛け合い始めた。
それを見て、シャムネコのような顔のミシェルが、「では、中野さんは、わたしがみっちり教えてあげるわ」と言いながら、おれの襟首を掴んできた。
「ちょ、ちよ、ちょっと、待てよー!」
叫んだ瞬間には、おれの体は宙を舞っていた。
「おれは、まだ」
オッケーしてないと言う前に、背中から畳に落ちた、と、思ったら、落ちる寸前のところで、ミシェルが支えていた。
どんだけ力持ちなんだよー。
ところが、何故かミシェルは「あら?」と首を傾げた。
「え? 何? おれ、どっか骨折れた?」
おれがビビッて訊くと、ミシェルは「だって」と苦笑した。
「ごめんなさいね。てっきり変身するんだと思ってたから」
「はあ?」
「ほら、日本のテレビを見てると、英雄って普段は大人しくてダサくて情けなくても、いざって時には変身して活躍するじゃない。そういうタイプなのかと思ったわ」
「んなわけ、あるかーい!」
ニヤニヤしながら横で見ていたシャロンが、「これがリアルだから」と口出しして来た。
「見かけどおり、このまんまよ。それより、ミシェル姉さん、あたしと打撃系の練習しませんか?」
「いいわね。じゃあ、中野さんは、酔い醒ましにサウナか大浴場を使ったら? 武道館の隣の建物よ」
そのままミシェルとシャロンの二人は、「ハッ!」とか「ヒッ!」とか「フーッ!」とか叫びながら、目まぐるしくパンチやキックの応酬を始めた。もう、勝手にしろ!
おれは、サウナは苦手なので、大浴場に行くことにした。
携帯翻訳機を付けて行くか迷ったが、通訳なしにバステト星人と出くわすとまた厄介だ。それに防水らしいし、まあ、髪を洗う前に外せばいいだろう。
朝一だから一番風呂だろうと思ったら、湯船に先客がいた。見覚えのある茶色と白のだんだら模様のトラネコ。
「おお、中野くん、いい湯加減だぞ。きみも入りたまえ」
また王様かよー!
だが、もう服は脱いでしまったし、引き返すのも変だ。
「し、失礼します」
ザッと体を洗って、おれもお湯に浸かった。
王様は頭にタオルを乗せ、鼻歌をうたっている。まるきりオヤジだ。
おれも体が温まって、少しリラックスして来た。
「ああ、その、昨日は、どうもすみませんでした」
「ん?」
「飲み過ぎてしまって」
「良い良い。余も若いころはそうであったよ。二日酔いには風呂が一番だ」
「あ、それは、もう、いい薬を注射してもらったので」
「おお、そうか。それは良かった。では、風呂上りに朝餉を用意させよう。余も味噌汁が大好きでな。納豆は、ちと苦手だが」
「ありがとうございます。朝食が済み次第、捜査に取り掛かります」
すると、ネコジャラス王は声を潜め、「近くに寄ってくれ」と囁いた。
「はあ」
おれはネコジャラス王の横に移動した。
王はさり気なく周囲を見回し、「王宮内にスパイがいる」と告げた。
「えっ!」
「シッ。静かに。きみがここに来るよう、ミシェルに誘導させたのだよ。こちらの情報が、アヌビス星に筒抜けなのだ。誰がスパイかわからぬが、王宮内では常に警戒してくれ」
「そう、なん、ですね。わかりました。じゃあ、犯人はアヌビス星人ということですね」
王は悩ましそうに呻いた。
「むしろ、それならそれでいいのだが」
「え、何故です?」
「少なくとも、アヌビス星なら娘は無事だろう。それはわがバステト星の反和平派でも同じことだ。恐いのは宇宙海賊が絡んでいる場合だ」
「その可能性があるんですか?」
「いや、多分、ないとは思う。未だに身代金の請求が来ないからな。それだけが救いだ」
ネコジャラス王の声は、みんなの前ではあまり見せなかった父親としての苦悩を滲ませた。
「お任せください。おれがきっと姫を救い出します!」
「おお、ありがとう!」
おれたちは湯船の中で、固く握手した。ちなみに、ネコジャラス王の肉球は、ふやけてフニフニになっていた。
その時、礼服をビシッと着込んだ、青みがかった灰色の毛をした下膨れのバステト星人が大浴場に入って来た。執事のサバスチャンだ。
「陛下、そろそろお上りになりませんと、血圧が」
「おお、そうだな。中野くん、きみはゆっくりしたまえ」
サバスチャンの差し出したバスローブを着込んで出て行くネコジャラス王を見送りながら、おれは少し違和感を覚えた。確かに、執事としては当然王さまがどこにいても付き添うのだろうが、タイミングが良過ぎる。スパイかもしれない。
これはウカツなことは喋れないぞ。
そんなことを考えていると、サバスチャンが戻って来た。バスローブを持っている。
「まだ早いと思いますが、一応、脱衣所に置いておきますので」
「あ、ありがとう」
そのまま行きかけて、サバスチャンはふと振り返った。
「ああ、それから、アヌビス星のスパイは、わたくしです」
えええええーっ、衝撃の告白かよーっ!




