幕間② 求めること、求められること
差し出された手は、多分血に染まっている。
そしてこれは、わたくしたちを破滅に追い込む手だ。
けれど。
「エリーゼ様、貴女が必要なのです」
そう言われたから…言われてしまったから。
わたくしは、───
誰からも必要とされないなんて、意味がない。
いえ…価値がないのです、
それは王族であるわたくしにとって、当たり前のことであり、存在する意義でもあるのです。
民から必要とされる王女になれ。
民に愛される王女であれ。
でなければ、お前など無価値だ。
そう、思うのです。
そう思うわたくしからしてみたら、お兄様は理想であり、庇護すべき対象でした。
ふふ、可笑しいでしょう?
でも、そうだったのです。
兄は皇太子としての才能も実力も十分にありました。
ですけれど、女性がダメだという弱点がありました。
才能も実力も持つ兄が、あの、素晴らしいお兄様が、女性がダメだなんて!
幼少期から女性に追いかけ回されたのが怖かったのか、それとも別の理由なのかは知りませんが、母や妹であるわたくしですら、兄はダメだと言うのです。
理想で、庇護すべきお兄様。
だから、わたくしは社交の場でお兄様を助けました。
わたくしに触れないようにエスコートするお兄様に、わたくしもそれが当たり前であるような笑顔で皆さまに挨拶いたします。
女性の相手は全てわたくしが。
お兄様に近づいて来ても、わたくしが通さない。
段々、お兄様は高圧的に振る舞うようになりました。
女性を寄せ付けないように、というのもあったのでしょう。
けれど、それだけではなくて、妹であるわたくしだから分かる理由がありました。
きっと、お兄様は自分に失望なさったのです。
思うようにならない自分に。
才能も実力もあるのに、社交だけが満足にこなせない。
王族として必要な血を残すということができないかもしれない。
どれほど恐ろしかったでしょうか…
それほどの力を持つのに、王族であるが故に飼い殺しされる可能性もあった。
それに…
周りから失望されてしまう。
なんて…なんて恐ろしいのでしょう…
わたくしたちという存在意義が揺らいでしまうほどの恐怖。
わたくしは自分に失望しておりましたが、周りから失望されることはありませんでした。
皆が憧れる王女を演じれば良いのですから。
女であるだけで、長子でないだけで、こんなに差が出てしまうなんて。
ですから、わたくしはお兄様をお守りするのです。
お兄様は大切なわたくしのお兄様なのですから。
でも、違ったのですね。
何もないわたくしと違って、お兄様はとても沢山持っていらしたのですね。
当然、でしょう。
お兄様はアルテルリアを背負うお方。
王としての才能も実力も、優秀な臣下も。
ちゃんと、全部持っていらっしゃったのね。
わたくしも持っているじゃないか、って?
ふふ、何もありません。
容姿が美しい?
確かに可愛らしいと言われますわ。
でも、セェルリーザのアリア陛下と比べたらわたくしなんて。
王族という地位?
わたくしのものではありません。
これは、民が貸し与えてくださっているだけ。
教養も力も何もかも、お兄様に、他者に劣るのです、わたくしは。
残っているのは張り付けた笑顔だけ。
視界が揺れる…
足下が崩れる…
…わたくしが立っていたのは、砂の上の幻で出来た何か…
ああ、貴方は優しい声でこの手を取れと、貴女が必要だって言ってくださるのね…
その手を取ったらダメです、エリーゼ!!
例えこの世の全てに劣っていたとしても、わたくし自身のために、プライドだけは失ってはなりません!
なのに、どうして、動かないの…
キリヤ。
貴女だけでした。
わたくしを叱ってくださったの。
子供のことを考えろって、わたくしの幸せを考えろって、言ってくださった。
お父様もお母様も、わたくしの幸せも考えてくださったけれど、王族としての立ち位置があって、言ってくれなかった。
お兄様は、申し訳なさもあったでしょうけれど、王族として当然という考えもあった。
周りはみんな、エリーゼ様が代わりに産めば良いって、言うのです。
賢者様は何もおっしゃらなかったわ。
キリヤ、あなただけだった。
だから、わたくし…
キリヤみたいに、なりたいと思ったのです…
「あぁ、エリーゼ様。哀れな哀れな貴女様が、貴女の憧れの人を貶めるのに、とても、必要なんですよ」




