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再会と旅立ち その3


 「この積み木、すげー!」

 「このお人形、可愛い!」

 嬉しそうにおもちゃで遊ぶ子どもたちを見ていたら、ミズキは少しだけ胸のつっかえがおりた。

 さよならもいえず、途中放棄するみたいになってしまったけれど、このおもちゃが代わりに子どもたちの心を豊かにしてくれるなら、それはそれで嬉しい。

 「ねえミズキ? こんなにたくさんのおもちゃ、大丈夫なの? もしかして、ランドルフ公が用意してくださったの?」

 ノアに心配そうに言われてミズキは首を横に振った。

 「ううん。この前、私初めて仕事をしてね、賞与が出たの。だから子どもたちにおもちゃを買ってあげたくなったんだ。あ、ユリウス様にも日々お世話になってるお礼をちゃんと用意してるからね? ノアにも今度送るから」

 ノアのことだ、子どもたちより先に世話になってるんだからランドルフ公にちゃんと礼をしなさい、と言われるのが目に見えて、ミズキは先手をうった。

 案の定、ノアが口達者な姪を見て困ったように笑う。

 「いいのよ、私のは。それより大事なお金なんだから、ちゃんと取っておかないと」

 「わかってます。貯金もちゃんとします」

 ミズキはくすくす笑いながら頷いた。一月ぶりの懐かしいやり取りだ。

 嬉しくて、ちょっと恥ずかしい。

 「でも、たぶんまた近くにジョーズさんが来るだろうから、その時にノアへのお土産を見つけたいんだ」

 ミズキがどんな石がいいかなあと考えていると

 「ジョーズ? ……って、ジョーズ・レイヴァンのこと?」

 ノアが驚いたようにミズキに尋ねた。

 ミズキも驚きながらノアを見つめる。

 「なんで知ってるの?」

 問うと、ノアははっとしたように顔を背けた。

 「別に、古い知り合いよ」

 ノアはそこでこの話はおしまいとばかりに打ち切ってしまったけれど、それはそれで気になりすぎる。

 ノアはあまり自分のことを話さない。

 そのためミズキはノアの過去を知らなかった。

 ただ、この街の巫女や長老、それに領主であるコールマンまで、ノアにはどことなしに敬意を払っているのを感じ取っていたので、なんとなく過去に中央で何かをしていたんじゃないかと感じ取ってはいた。

 憶測でしかないけれど。

 それをほぼ確信に変えたのはアカデミーに入ってからだ。

 ミズキはちらりとノアを見た。

 「なに見てるの」

 ノアが恥ずかしそうに顔を赤らめてミズキの顔を押しやる。

 「ノアの顔」

 「もう、やめてよ。恥ずかしいわ」

 逃げるようにそっぽを向いたが、そのしぐさもまた可愛らしかった。

 ミズキはそれでもなおノアをじっくりと見つめた。

 ミズキの母の姪で、ミズキの従妹。ミズキの母のように、姉のように接してくれているのでうっかり忘れそうになるが、まだ20代後半で、30歳には届いていない。

 市井にまぎれていたら嫁遅れと言われてしまうだろうが、だが女ざかりだ。普通に美人である。

 身寄りのなくなったミズキを引き取ってくれたとき、ノアはこの街にきたばかりの新任司祭だった。

 ミズキは母の実家についてほとんど記憶に残っていないので、それがどんな家かも知らないけれど、それにしても子ども目に見てもノアの世間知らずっぷりはひどかった。

 料理の仕方も、風呂のたき方も、洗濯の仕方もな~んにも知らなかったのだ。

 当時のミズキですら洗濯や風呂のたき方は知っていた。料理は母と一緒にしかしたことがなかったけれど、でもノアの手つきよりもよほど様になっていた。

 子供心にノアはどれだけお嬢様育ちをしたのかと驚いたものだ。

 今になって思い起こせば、いろいろ不自然に思う。

 「……ノアって、昔、司祭じゃなくて、巫女姫とかしてたんじゃないの?」

 なんとなく、アカデミーやいろいろな場所で見聞きしたことと、過去の経験を照らし合わせた結果、ぽろっと出てきた結論を本人に確認する。

 するとノアは驚いたようにミズキを見た。

 「え? ランドルフ公が教えたの?」

 「まさか。ユリウス様はそんなこと教えてくれないわ。私の憶測よ。でも、そういうことは、やっぱりそうなんだ?」

 ミズキが言うとノアは

 「昔の話だわ」

 遠くを見ながら呟いた。

 それからミズキを見て

 「なんでわかったの?」

 と尋ねた。

 ミズキは苦く笑いながら

 「昔のノアが、あまりになにも知らなかったから、かな。あの頃の私よりも世間知らずだなんて、王女様やよっぽどの貴族の姫様、それか神殿に幼い頃から見出されて召し上げられてる巫女姫くらいしかいないじゃない? その中でもなんとなく巫女姫様かなって最近になって気付いたの」

 だって、それくらいしかいない。

 自分で自分の世話をしなくて良い女性が、世の中どれくらいしかいないのか。

 ただの巫女では、自分の世話も自分でせねばならないだろう。しかし巫女姫となれば話は別だ。上げ膳据え膳だけでなく、徹底的に身の回りのことはまわりにされてしまう。下手すれば、王女よりも身の回りのことができなくなる恐れがあった。

 ……あの頃のノアのように。

 「なるほど。その通りよ。昔はたいそうな二つ名を抱いてちやほやされてたわ。でも、ある日ぱったりと能力が干上がってしまった。それで余儀なく巫女上がりっていうわけね。確かにあなたを引き取った頃は世間知らずもいいところだったけど、今はもういろんなことできるのよ? ご飯だって繕い物だって上手になったんだから」 

 ノアは頬を膨らませるけれど、それもあまり威厳は感じない。

 巫女姫とちやほやされたのは、ノアにそれだけ巫女としての力があったから許されたこと。実績がなければそんな生活は出来ないから、ノアの能力は結構なものだったのだろう。

 それもミズキには容易に予想がついた。

 ミズキはくすりと笑って

 「そっか、でもそのこと、ユリウス様は知ってたんだ?」

 遠くを見ながら呟いた。

 教えてもらえず、寂しいなんて、きっと言ってはいけないのだろう。

 ノアはミズキを見つめながら息をついた。それからふっとミズキに首をかしげた。

 「ねえ、あなた。ランドルフ公があなたが昔探してたユーリだって気付いてないわけないわよね?」

 ノアに問いかけられて、ミズキの背がビクッと震えた。

 背中に変な汗が出るのを感じつつ、ノアを見やる。

 「ちゃんと、しってるよ?」

 しどろもどろに返事すると

 「そのわりに物凄くよそよそしいわね。あなた、自分の伴侶でしょ?」

 伴侶と言われてミズキの顔が瞬く間に真っ赤に染まる。

 「な、ま、……ちっ」

 「言葉になってないけれど?」

 さっきの仕返しみたいにノアにからかわれて、ミズキは真っ赤になったまま今度は憤怒する。

 「だから、まだ違うんだから!」

 ミズキが全身で否定するけれど、ノアはくすくす笑ってミズキをからかった。



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