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再会と旅立ち その1



 「あ! ミズキ先生がいる!」

 外で遊んでいた子がミズキを認めて目を丸めた。

 くるくるの髪を高い位置でツインテールにしているのは、ちゃっかり者のメルだ。

 メルの声に他の子たちもいっせいにそっちを見て、ぱあっと笑顔になった。

 「ミズキ先生! おかえりなさーい!」

 「なんで黙っていっちゃったの?」

 わらわらとミズキの足元に子供たちが集まって抱きついた。

 最後にあってから1ヶ月少々くらいしか経っていないはずなのに、ずいぶん久しぶりのような気がした。さすが成長期、気のせいじゃなく皆大きくなっている。

 「ごめんね、みんな。元気だった?」

 ミズキが問うと子供たち嬉しそうに声を上げた。

 足元に抱きついたり押してみたり、好き放題じゃれ付いてくる。

 「わわ、ちょっとパーシー、前より確実に重くなってるでしょ!」

 急におなかをめがけてタックルされてミズキが慌てていると、くすくすと笑う声がきこえた。

 「すっかりお嬢さんになっちゃって、って思ったけど、そうやってるのを見たら変わらないわね」

 ミズキを見て目を細める。

 ミズキはノアに苦笑いして、でもたまらず抱きついた。

 「もしかして、ノアは全部知ってたの?」

 ミズキが覗き込むように問うと、ノアは困ったように笑ってミズキの背中をぽんぽんと叩いた。

 それは昔からノアが言葉に困った時にする癖だ。

 つまりイエスと言うこと。

 きっとノアはミズキがここに来て最初に問うたユーリと言う人物のことも含めて、本当は全部知っていたのだろう。

 今思えば、ノアにユーリのことを尋ねた時、彼女は困った表情をしていた。あの頃はノアの表情を読み取る芸当なんて出来なかったけれど、今思えばそう言うことだったのだと理解できる。

 ミズキは小さく息をついてノアをぎゅっと抱きしめた。耳元でノアのくすりと笑う声がくすぐったい。

 「ミズキ、一人じゃないのでしょう? 今日はどうしたの?」

 ノアに尋ねられてミズキは肩をすくめた。

 ミズキの背後に、さっきまで一緒にいたユリウスの姿はない。

 「ユリウス様の所用で近くに来ていたの。そっちはすぐ終わったからちょっとよっちゃった」

 先ほど、3体ほどの妖魔をお食事して、またしばらくはもつだろうと言う量に達したらしく、昨日話をしたとおりリラに寄ったのだ。

 そしてその当人はと言うと。

 「あ、ユリウス様は先に領主様のところに行かれるって。お話する間、私も自由にしていいと仰ってくれたから……」

 一応ここにきた本来の目的はグリスの捜索だったので、その用件はユリウスに任せ、ミズキはこちらに来たのだ。

 そこらへんの微妙なニュアンスを察したのだろう。

 「なにか、あったの?」

 ノアが訝しげに尋ねた。

 「うーん、それに関してはあんまり私も良くわからないんだよね」

 ミズキが首をかしげるように言うとノアもそうと頷くだけだった。

 ノアに隠し事をするのは嫌だったけれど、幻獣討伐部隊にておこったこと、あまり軽々しく口にもできないと思ったのだ。

 ただ、何か気になるのか、ノアは口元に指を当てて横を向いた。

 そんな様子が気になったけれど、ミズキの足元に子供たちがわらわらと集まる。

 「先生! もうどこにも行かない!?」

 「また僕たちと遊んでくれる!?」

 タックルをしながら尋ねられてミズキは戸惑った。

 急に彼らの前からいなくなった事には責任を感じていた。

 本当はこんな風に前に出る資格もないと思っていたけれど……。

 ミズキが現れたとたん、以前と変わらず普通に受け入れてくれる子供たちに、感謝と申し訳なさが複雑に混ざった笑みが浮かんだ。

 「ごめんね。私、今はもう新しいお仕事をしてるの。だからここにはいられないの」

 ミズキはしゃがんで子供たちと視線の高さを一緒にすると、子どもたちを抱きしめながら謝罪した。

 挨拶もせずいなくなってしまったこと、本当に申し訳なく思ってる。

 だって、手紙だって送ろうと思えば送れたはずなのに。

 「えー、やだよ!」

 「そうだよ! もっと先生と遊びたいのに!」

 子供たちの声にミズキは言葉に詰まった。

 「先生、よその学校でも先生やってるの?」

 ルルが今にも泣きそうな目でミズキを見上げる。

 ミズキは慌てて首を横に振った。

 「ちがうよ、もう先生はしてない。急にいなくなって、本当にごめんなさい」

 謝りながらルルを抱きしめる。

 他の子たちも一緒になってミズキに抱きついてきて、ミズキは精一杯腕を伸ばしそれを抱きしめた。

 ノアはそんなミズキたちをやれやれと見ていたが、ふとそれに気付いて顔を上げた。

 「ミズキ」

 促されて、ミズキも顔を上げた。そして「あ」と声に出した。

 子どもたちもノアとミズキの視線の先を見て、きょとんと首をかしげた。

 「……先生、王子様がいる」

 いち早くそんな言葉を発したのは、やっぱりメルだった。

 王子様がいる、それはメルの願望だっただろう。

 だがしかし王子と見間違えるのも無理ないだろう。事実彼は現国王の甥でもある。

 そのことを子どもたちが知っているわけではないが、やはり彼の容姿は、どんな場所でも目立つ。

 「バーカ! 王子様が一人でこんなところにいるわけないだろっ!」

 まあ、考えればこんなふうにわかることなのだが、だがしかし。ゴーズがメルの頭を叩こうとしたので、ミズキは反射的にその手をつかんだ。

 そのまましゃがんで、ゴーズの視線の高さと視線を同じくらいにする。

 「人を叩いてはいけません」

 そういうと、ゴーズがしゅんと頭を下げた。口を尖らせながらもごめんなさいと謝る。

 ミズキは優しく頭を撫でると

 「ゴーズ。謝るのは私であってるの?」

 もう一度確認するように尋ねると、ゴーズはメルをみて

 「ごめんなさい」

 と素直に頭を下げた。メルはいいよと頭を横に振ったけれど、ゴーズはお友達にすぐ手が出てしまうので注意が必要だ。

 離れていた1ヶ月の間でもそこは変わってなかったらしい。

 ミズキとノアは顔を見合わせると肩をすくめた。

 そんなミズキたちのやり取りをユリウスは淡々と見つめていたが、

 「でもやっぱり王子様みたい!」

 子どもたちはぱあっと輝かせ、そちらに向かって走りだした。

 領主のコールマン一家とて見目は麗しい、だが、ユリウス別格だ。何もかもが極上なのだ。

 近くで見れば乏しい表情に近寄るのを躊躇うかもしれないが、この距離だったら、極上の王子様にしか見えない。子どもたちの興味の示し方は極端だ。

 突然の子どもたちの襲撃に、王子様に勘違いされたユリウスは明らかに動揺していた。

 つい無意識にエイシスの力を使ってしまうくらいには……。

 一目散にユリウスに突進していった子どもたちは、わけのわからぬ透明で柔らかく反発性の強い壁に阻まれて、ユリウスの手前でみなぽすんとしりもちをついた。

 一様に首をかしげて今なにが起こったのかを考えるが、皆顔を見合わせるとなぜかわはははと笑い出した。

 「何かにぶつかっちゃったね」

 「気持ちいいものだったね」

 子どもたちは起き上がりおもしろそうに感想を言う。

 大人だったら異様な出来事に顔を引きつらせてしまうことだろうが、子どもたちは不快感がなかったからか面白みを感じてしまったようだ。

 とにかく、エイシスの力が子どもに被害をもたらさなくて良かった、そう思いながら、ミズキは慌ててそちらに向かった。

 まずは子どもたちにこちらに戻るように言いつけてから、

 「お話は終わったのですか?」

 ミズキがスカートの裾を裁きながら尋ねると、ユリウスの形の良い眉がピクリと動いた。

 まるでミズキを拒絶するかのように、彼の手がぎゅっと体の横で下げたまま握られる。

 普段鈍いミズキでも、このあからさまな反応だけは気付いた。

 小さく息を吐きながら状況を考える。

 さっきミズキは厩のそばで、ユリウスに馬を預けた状態でわかれた。ノアたちと話してそんなに時間がたっていないことから、きっとまだユリウスはコールマンの元にもいっていないだろう、そこまで考えたところで、ユリウスの背後に浮かぶ箱に気付いた。

 子どもたちに会いにきたミズキの大事な用件の木箱である。

 「あああ! すみません、本来の用件をすっかり忘れてしまっていました。届けにきてくださったのですか?」

 ミズキが浮遊の魔法を引き継ぐように木箱に触れると、ユリウスがはっと短く笑った。

 「ここにきた一番の用件を忘れるなんて、のんきなもんだな」

 いつものような嫌味節を乗せるユリウスに、ミズキは頭を下げつつ、心の中でほっと息をつく、

 「すごーい! ミズキ先生、王子様とお友達なの?」

 ルルが目を輝かせながら尋ねる。お話しただけでお友達、とは、いやはや子どもたちの想像力はたくましい。

 が。

 「……」

 ユリウスとの関係性を、わかっちゃいてもどことなく認めたくないこの状況、興味とおしゃべりの尽きない子どもたちに果たしてどういえばいいのか困っていると

 「そうねえ。お友達ではないですよねぇ。確かに王子様ではあるけれど、この方は皆の王子様じゃなくて、ミズキだけの王子様、かな?」

 ノアがにっこりと笑いながら子どもたちに説明する。

 「ノ……ノア!?」

 ミズキはあたふたとノアを見た。 子どもたちはきらきらとした目でミズキとユリウスを交互に見て、なぜか嬉しそうに、恥ずかしそうにキャーッと声を上げた。

 「えー、先生の王子様なの?」

 「いいなー! 私も王子様欲しい!」

 子どもたちはキャッキャとテンション高く言うけれど、ミズキにとってはもう、たじたじだ。ユリウスも横でげんなりと息をつく。

 「ノア!」

 ミズキが真っ赤になりながらスカートを握り締めていると

 「2人がそういうやりとりをしている姿も懐かしいですね」

 そこに長老と、領主のコールマンがにこにこしながらやってきた。

 


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