正しい宝石の選び方 その3
「姉貴、この部屋、借りる。あと俺たちが入ったらしばらく扉使えなくなるから、かまわないでいいからな」
ジョーズはおもちゃ屋の奥さんにいって店脇にある扉を押し開けた。
女将さんは心得たように笑って頷く。
ユリウスに促されてミズキもその中に入ると、そこは簡易の応接間になっていた。
「エイシス」
ユリウスが呟き、聖霊獣の力を解放する。
するとすうっと空間が変わった。
結界を張ったのだ。
どこでどう声が漏れるかわからないからだろう。
ジョーズがさっき奥さんにお構いなくといったのは、つまるところ関与されてもエイシスの結界で何も出来ないからも含まれると言うことだ。
「……お前の姉さんだったのか?」
ユリウスの問いに、ジョーズはそうだと頷いた。
「だからお前がこの町にいるならとついでに寄ったんだ。まさか飛んで火にいる夏の虫、じゃないがお前の嫁さんに会えるとは思わなかったがな」
ジョーズは椅子にぼすんと座った。
飛んで火にいる、そう表現されてミズキとしては心中複雑だ。
「でも、お前の嫁さんなんてかわいそーとか思ってたけど……」
ジョーズはくつくつと笑った。
ユリウスはそれをぎろりとそれを睨んだだけで、否定や他の言葉はなかった。
―――私、かわいそうなのか?
ミズキは首をかしげそうになった。しかしよくよく考えても別に不幸ではない。
そりゃあ、自分の思いが通らなかったのは残念だ。とても残念だ。
しかし、それが不幸に繋がるかといえばそうではない、まだその答えを出すときではない。
ミズキはぎゅっとユリウスの服の裾をつかんだ。
難しい顔をしていると、頭上でふ、と息が緩むのがわかった。それからユリウスの大きな手でポポンとミズキの頭をたたく。
そんな2人をジョーズは小さく笑ってから、ユリウスを見やった。
「で、俺に何が聞きたいんだ?」
太ももの上にひじをついて、組んだ手に顎を乗せる。あまりお行儀のよい姿ではなかった。
ユリウスはジョーズの向かいに座った。ミズキもそれに倣う。
それからユリウスはジョーズにおもむろに切り出した。
「貴族の調査を頼む。マルス・ジェイド、トムソン・ノン・ゲーブル、これらの背後にいる貴族を知りたい」
するとジョーズは顎を撫でた。
「ジェイドとケーブルか。叩けばほこりが出そうなやつらばかりだな。背後なんてたくさんいそうだが?」
「絶対的に従わせている大元が知りたい」
「……また俺に厄介なことを押し付ける気か?」
「こっちの影はあてにできんからな」
「へえ? 結構腐敗が進んでるんだな」
「それでもヴィクターが良くやってるほうだ」
2人の会話を聞きながらミズキは内容とつじつまを考えていた。
たぶん、いや間違いなくジョーズと言う男からユリウスは情報を買っている。ジョーズが言った別の商売の上客と言うことは、そういうことだろう。
そして腐敗と言うのは幻獣討伐部隊と言う組織に対してか。
グリスと言う得体の知れないものを入隊させ、痕跡を消そうとしたり、逃亡を手伝っているものがいると言うことも含めて、内部に裏切り者がいると言うことだろう。
ユリウスは話のついでとばかりにこの国内だけでなく各国のことをジョーズに尋ねた。
すると
「……そういえば」
ジョーズは軽口を叩いて笑っていた顔を引き締めてユリウスを見やった。
その様子にユリウスも目つきが自然と険しくなる。
「エリンダ皇国の対の聖霊獣が去年くらいに一組消えたらしい」
ユリウスの眉根が険しくなった。ミズキも自然とジョーズを凝視した。
対の聖霊獣を持つのはこの国だけではない。
各国、数体持っているといわれている。
「いつぞやの馬鹿みたいに、つがいとなるべきものを殺したのか?」
ユリウスが問うと、ジョーズは神妙な顔をして横に顔を振った。
「詳しくはわからないが、どうやら聖霊獣食いにやられたらしい」
「……聖霊獣食い? 幻と言われている幻獣があらわれたのか?」
「どうやらそうらしい。エリンダは基本的に鎖国だからどの貴族かはわからないが、一つの対なる聖霊獣が消えた、これだけは事実だ」
ジョーズの言葉にユリウスが顎を撫でた。
新しい言葉にミズキが首をかしげつつユリウスに問うた。
「聖霊獣食いって何ですか?」
すると
「言葉通り聖霊獣を食べる幻獣さ。かなり強い」
ジョーズが教えてくれた。
あまりに簡潔すぎて、わかりやすいといえばわかりやすいが、もう少し補足が欲しいとユリウスを見れば
「聖霊獣の食事はいわば幻獣食いだ。それはわかるな?」
確認するように首をかしげた。
ミズキがこくこくと頷くと更に続けた。
「幻獣や人についた聖霊獣でもピンキリいるが、対を持つ聖霊獣と言うと幻獣の中でもかなり上位のものだ。だから弱い幻獣を食う。だが聖霊獣をも食事にできる聖霊獣食いは、それだけの力を持った幻獣ということだ」
それってどれだけ強いんだよ、ミズキは心の中で冷や汗をかいた。
てっきりミズキは4家が宿している聖霊獣と言うのは幻獣の中でも頂点にいる生物だと思っていた。
しかし、そういうわけでもないということか。
「見かけたら逃げようと思います」
ミズキが半ば真剣に言うと、二人はぷっと吹き出した。
ジョーズは再びユリウスを見やった。
「そうそう、もう一つ報告だ。近々かのマリア姫がわれらの王国にご訪問にくるんだそうだ」
ジョーズの言葉にユリウスの眉根がぎゅっとよった。物凄くいやそうな表情だ。
「なにしに?」
「表向き、王の誕生祭の前に御用伺いと言っているが、あの姫の目的なんざ昔から一つだろう? 罪な男だな」
ジョーズはユリウスにふふんと笑った。
ミズキはジョーズとユリウスを交互に見やった。
気になるがつっこんで聞いてもいい話なのか、わからない。
そもそもマリア姫が誰かもわからない。
でも、なんとなく……。
―――そういうことなんだろうな。
隣に座るユリウスを思った。
罪な男だなって、ジョーズが言ったし。
「何だ、このお嬢ちゃん知らないのか? ハイドン国のマリア・ハイデッカ姫。コイツに執……」
「ジョーズ、詳しい期間がわかったら教えろ」
ジョーズの言葉をふさぐようにユリウスが不機嫌そうに言う。
「なんだ? 予定を空けるのか?」
「ふざけるな」
「はは、どうせもっともらしい理由をつけて国外逃亡か?」
「誰が逃亡するか」
ユリウスがげんなりジョーズを睨んだ。
ジョーズはまたおかしそうにくつくつ笑う。
ここまでユリウスをいじる男も珍しい。ミズキは腹を抱えて笑うジョーズを見て心の中で感心していた。




