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正しい宝石の選び方 その2



 なぜ自分の名を知っているのか。そしてユリウスのことまで。

 ミズキが訝しげに見つめていたからだろう。

 「俺はジョーズ・レイヴァン。その石は俺があいつに売ったんだ。ちゃんとそれを選んでもらえたとは何よりだ」

 ジョーズは笑いながらそういった。それ、と首元の石を指差され、ミズキはぎゅっと首元を押さえて俯いた。

 そんなミズキの前にジョーズは玩具屋夫妻の前のものとは別のトランクを開いて見せた。

 「で、さっきの話だ。ユリウスにも石を買わないか?」

 ミズキはもう一度ジョーズを見た。

 彼の真意を知るためだ。

 「石は人を選ぶが、欲しがってる人間に応えることもある。アンタは今石を探してるだろう?」

 ミズキは目をしかめた。

 そんなわけないだろう、さっさとしまってくれ! そういえたらどれだけスッキリしたことか。

 しかし、漠然と彼の夕闇色の瞳と同じ色を持つこの石と同じように、何か形あるものをかえせたらと思っていたのも事実。

 ジョーズは怪しいことこの上ないけれど……。

 「……でもそれ以上に、おもちゃも探していたんです。教会の子供たちが待っているので」

 ミズキはおもちゃ屋の奥さんにふりかえると会計をお願いした。

 奥さんは戸惑いながらも手早く計算をして

 「たくさん買ってくれているから3リーンと5リでいいわよ」

 ミズキにいった。

 これだけの細工の人形や積み木にしては安い金額だ。

 「ありがとうございます」

 ミズキはそう言うと財布の中をあさって大きな銀貨3枚と小さい銀貨5枚を奥さんの前に並べた。

 「確かに」

 奥さんはお礼を言うとお金を金庫にしまって、そしておもちゃをラッピングしはじめた。

 「じゃあ、今度はこっちだ」

 ミズキが手があくやいなや男はもう一度ミズキにトランクを勧めた。

 どうにもこうにも逃がしてもらえないようだ。

 「……あなたと彼とのつながりは?」

 仮にもランドルフ公をユリウスと名で呼び捨てにするのだ、おいそれとすることではないだろう。

 ミズキが問うと

 「あれは俺の上客だ」

 ジョーズはにやりと笑った。

 「……彼がそんなにたくさん宝石を必要とするとは思えません」

 ミズキが指摘すると彼はまた面白そうに笑った。

 「ああ、そうだな。俺の売る別の商品の上顧客だ。俺もその昔はアカデミーなんぞいうたいそうな場所に押し込められていたんでね」

 ミズキの眉毛はますます訝しげによった。しかし。

 「ジョーズがアカデミーに入ったのは本当よ。こんなちゃらちゃらしてるけれど、あの頃は神童かなんかだといわれていてね」

 女将さんと、おもちゃ屋の主人が顔をそろえて頷いた。

 「こんなってなんだよ」

 ジョーズが眉を寄せたがおもちゃ屋の主人が強く押した。

 「こんなはこんなだよ。見ての通りうさんくさい男だけど扱う品物は、まず確かだよ」

 丁寧な仕事をする職人がそこまで言うのだから、ミズキは息をついて、やっとトランクの中を見た。

 気に入らないものを見せたら、いらないといえばいいだけのこと。

 そう自分に言い聞かせて中をざっと目を通した。

 どの石も、美しくかっとされたまぶしいものばかり。今まで縁遠いものだったので、やっぱり今も興味は惹かれない。それになんかもやもやしているイメージを受けた。もやもやというか、なんだか石自体が何かを放っている感じだ。ミズキが怪訝そうにしていると

 「……感じるか?」

 問われて小さく頷く。

 「……とりあえず、遠慮したい部類のものですね」

 「ふーん?」

 ジョーズはにやりと笑うと、別のものを開けた。

 「ま、アンタを見たらこっちな気がするな」

 差し出されたのは色や大きさはさっきとは変わらないのに、あきらかに違う気配がした。不快さは全くない。むしろ気になる。

 「あんたが呼べばきっと石は応える」

 ジョーズに言われてミズキは石の上に手を掲げた。

 目を閉じると中に、心地のよい気配の石があった。かすかにミズキの手を引っ張るように呼ぶ。

 呼ばれるままにそこで手を止めて目を開けると、手の下にあったのはミズキの目の色と同じ深く鮮やかな純度の高い翡翠色に輝く宝石……。

 「これでいいのか?」

 ジョーズがその石を取り上げるのでミズキはびくっとした。

 見るからにどう考えても安いものではない。

 「え、と……値段によりにけり?」

 「まー、そうだな。これもまた貴重なエメラルドだからな。しかもかなり質がいいから2ルーンってとこか? でもあんたのそれに比べたら格段に安いよ」

 言われてミズキはぐっと息を呑んだ。

 ―――これ、そんなに高いのか!

 改めて恐れおののく、と言うか、非常に胃が痛いと言うか……。

 しかし、2ルーン……今まで庶民だったミズキにはおいそれと出せる額ではない。

 ユリウスにお礼をしたかったとは言え、そこまでの予算は組んでなかった。

 「1ルーン、とか?」

 ミズキが苦く笑いながら言うと

 「1ルーンと9ルン」

 ジョーズが値引きに少し乗ってきた。

 「1ルーンと1ルン」

 しばらく互いに少しずつ譲歩し、額を歩み寄った結果

 「おおきくまけても1ルーンと5ルンだ。言っておくがよそで買えばもう倍以上するんだぜ? この石はもうアンタを選んじまったみたいだから、他のヤツには売れないんだ。そこを差し引きしての額だ。足りなければ月賦にしてやる」

 強引なことを並べ、ジョーズがその翡翠色の石をミズキの手に乗せた。

 文句を言おうとしたけれど、ミズキの手に乗せた瞬間それは明るく光り、喜ぶような波動が伝わってきた。

 ミズキの魔力などにもすうっとなじんで穏やかに光る。

 その様子を見たジョーズはうんうんと上機嫌に頷いた。

 「ほらみろ、いっただろう? 人も石を選ぶが石だって人を選ぶ。ユリウスがその石を選んだときもそうだったんだ」

 でも、とミズキは首をかしげた。

 「でも、私の波長になじんだからと言って彼のに合うと限らないのでは?」

 そういうときを考えると本人のいない場所で購入するのは憚られる。

 すると。

 「お前、あれの対なんだろ? 対になればそう言う呼ぶ波長も似るっていうじゃないか。ヴィクターの旦那とエリザベス嬢だって呼び合う波長は一緒だぜ?」

 ジョーズはヴィクターやエリザベスの名前まで出した。

 ミズキがまたジョーズの顔を見たので、何が聞きたいのか分かったのだろう。

 「あっちは普通に、石のほうも上客なんだよ」

 そう笑った。

 なるほど、エリザベスは割とシンプルだけれど綺麗な宝石は良くつけている。

 「それに、お前さん、ユリウスの選んだネックレスをつけてるじゃないか」

 ジョーズに言われてミズキは覚悟を決めた。

 「わかりました。その宝石をください」

 ミズキはそういうと財布の中を漁った。

 大きな金貨を1枚と小さな金貨を5枚、ジョーズに渡す。

 これでミズキの財布の中から金貨はなくなった。

 大きな買い物をしてしまったとは思うけれど、不思議としこりはない。

 「たしかに」

 ジョーズは笑って金貨を懐の中にしまいこんだ。

 それからミズキの手の中の宝石を布にとって丁寧に磨きながら

 「よかったなあ。で、これは指輪にするのか? ネックレスにするのか? ピアスにするのか?」

 ジョーズはミズキの背後に問うた。

 ―――え?

 ミズキが振り返ると扉のところで、やれやれと言う表情を浮かべたユリウスがたっていた。

 「……つくづく、一人で使いに出せんやつだな」

 げんなり言う言葉はもしかしなくてもミズキに対してだ。

 「なんだ? 過保護にしすぎてるんじゃないか?」

 ジョーズが冷やかすと、ユリウスはさらに不機嫌あらわに近づいた。

 「まったく、お前は余計なことをする。連絡を取りたいと昨夜飛ばしたが、俺の用件はこれじゃない」

 「まあそういうなよ。どっちにしろミズキに選ばせて自分の宝石も持つつもりだったんだろ?」

 「それが余計なことだって言うんだ」

 ジョーズは笑って、無言で差し出してきたユリウスの手に宝石を乗せた。ユリウスはそれを東側の窓、朝日に向かって透かす。

 それからミズキを見て

 「見事に同じ色だな」

 そういってジョーズの手に宝石を戻した。

 そして

 「右耳につける」

 それだけを告げた。

 ジョーズも小さく笑って了解とだけ呟く。

 なんとも慣れたやり取りに思えて

 「……意外に仲良しなんですね」

 ミズキがぼんやりと二人の感想を言うと、ジョーズもユリウスも銘々に嫌そうに眉根を寄せた。

 「節穴か? これはただの小間使いだろ」

 「あのねえ、俺にしたらこれは金づるなんだよ、金づる!」

 それぞれに言うけれど、なんと言うかそういう風にきっぱり言い合えるところが既におもしろいというか、打ち解けていると思う。

 ミズキは二人に悪いとは思いつつこらえきれずに小さく笑った。


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