正しい宝石の選び方 その1
シャアッとカーテンがひかれる音がした。
穏やかな光が漏れて、冷たく澄んだ空気がよどんだ空気をさらっていく。
そういやさっき、人の話し声を聞いた気もする。
うん? ミズキは少し体を起こした。
温かな温度がまたミズキを深い眠りに誘う。
が、ふと自分の体を包む腕に気付いた。すぐそばにユリウスの寝顔があってミズキはびくっと自分の胸元を抑えた。
どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
ミズキは息を吐いて緊張した体を緩めた。しかしまだ部屋に人の気配を感じて、またびくりと体を緊張させた。
恐る恐る人のほうに頭を動かせると、
「おはようございます。昨夜の嵐、すごかったでしょう? 大丈夫でしたか?」
女将さんが窓辺のカーテンをすべて開けて部屋の換気をしてくれていた。
それでも寒くないのは暖炉の火も強めにおこしてくれているからか。
「はい、どうにか」
ミズキは苦笑いした。それから改めて朝の挨拶を女将さんに向ける。
女将さんは後30分ほどで朝ごはんをお持ちしますねと出て行ったけれど、ミズキとしては今ユリウスの腕の中で眠っていたこの状況を、さらりと流してくれていることがありがたいのやら気恥ずかしいやら複雑だった。
「ふうん?」
後ろで髪をさらりと撫でられて、またしてもびくりとそちらを向けば、ユリウスがひじをついて頭を支えていた。「……大丈夫だった、ねえ?」
にやりと笑いながらユリウスがミズキの顔に手を伸ばす。頬の高いところを親指の腹で触れられて反射的に震えた。
瞬時に昨夜の醜態を思い出して、かっとミズキの顔が赤くなった。
「昨夜は失礼しました」
ミズキはユリウスの手をそっとしたに下ろしつつ謝罪した。
「別に」
ユリウスは笑いながら体を起こした。「枕や布団よりかは役に立ったか?」
問われてミズキは顔を真っ赤にしたまま、うっと俯いた。
―――そりゃあもう。
効果は絶大だった。
これ以上ないほど絶大でしたとも。
だから困るんじゃないか。
昨夜の嵐が嘘のようにきれいに晴れた空は目にまぶしい。
ミズキは昨日見つけていた街の玩具屋さんの扉を開けた。
朝食の後、ユリウスが隊とやり取りしたり指示したりをするので小一時間くらいかかるらしく、その間好きにしていいと言われたのだ。
本当は、隊の仲間も亡くなっているし戻ったほうがいいんじゃないかとも思ったのだけれど、ユリウスいわく『家族の意向もあるだろうが隊葬は一週間くらい準備にかかる。俺たちは葬儀に出席するくらいで他にはすることがない。だったら多少の寄り道くらいかまわん』らしい。
そんなわけで、玩具屋に入ると、店の主人と思しき人と奥さんが難しい顔をしてトランクの中を見ていた。その近くにはあまり愛想のない男の人が壁にもたれて2人の様子を見ている。
「ごめんください?」
ミズキが恐る恐る声をかけると、奥さんが顔を上げて「いらっしゃい」と笑顔でミズキをむかえた。
奥の男もミズキをちらりと見てきた。暗い色の髪にこげ茶色の瞳のひょろりとした男で、たぶんエリザベスと同じくらいの年齢と思われる。
が、男はミズキを見ると少し少し眉を上げた。
どこかであったのかな? ミズキは首をかしげつつ
「そちらの積み木のおもちゃ、見せていただいてもいいですか?」
問うと、奥さんはええと笑顔でそちらに案内してくれた。
案内された木のおもちゃの一角にはいろんな積み木があった。
丸や四角、三角、半円のものなど、どれも丁寧に作られていてさわり心地もよさそうだ。
「これがね、うちのおすすめなのよ」
奥さんはそういってただ薄い四角い木の板ばかりの積み木を出してきた。
「……え? どうやって遊ぶんですか?」
「そうよね、これだけじゃわかんないわよね。一緒に遊び方の参考絵図も入っているわ」
奥さんはそういってミズキにその絵図を見せて見本を作り始めた。
適当に立てたり横にしたりで並べているだけと思ったそれは、しかしバランスや配置など結構細かく計算していて、ただの四角い板だけなのに組みあがっていく様はとても美しい。いろんな積み重ね方で、全部同じ形のただの木の板が、建物だったり馬車だったりと全く違うものになった。
「集中しますね」
「そう。大人も楽しめる積み木よ」
ミズキは一緒になって数枚つみ、確かにバランス配分など考えながらするのは難しいなと思った。しかしちゃんとつみあがるのはとてもおもしろい。
「この積み木、すごいですね」
ミズキがいうと奥さんはそうでしょう! とぱっと目を輝かせた。
「うちの主人の自信作なのよ!」
奥さんは嬉しそうに笑う。
「うん、この積み木はとてもおもしろくてすごいです。じゃあ、この積み木とその積み木、と……そちらの人形も2体」
ミズキはぱっと目に付いた女の子の人形にも手を伸ばした。
「おやおや、たくさん買ってくれるじゃないかい」
奥さんはニコニコと嬉しそうだ。「けど、大丈夫かい?
同時に少し心配そうにミズキに問う。
すると
「そりゃあ無粋な心配てやつだよ」
立っていた男がくすりと笑った。
奥さんがおやとそっちを見ると
「その子はお貴族様だ。世界が違う」
男が笑った。
「なっ! 私は……」
ミズキが頭を横に振ろうとしたけれど
「そんな石をつけていられるんだ。貴族以外ありえないね」
男はミズキにそういった。
―――石?
ミズキははっとして首元を押さえた。
ユリウスにどうしても一つと言われたあの首飾りだ。
あの時の中ではそんなに大きくなかったし、唯一ミズキを呼んだ石だった。
しかし。
「知らないで身に着けてるのか? それこそ天の人だ」
男はくつくつと笑う。
「ジョーズ、失礼よ」
奥さんが男を嗜めた。が
「その石はアヴィアンナイト、その大きさでも最大級。稀少で貴重な石さ」
男はミズキの前まで来ると「なあ、ミズキ。ユリウスにも石を買わないか?」
男はいきなりミズキの名を呼んだ。
見ず知らずの男に名前を呼ばれ、ミズキは今度こそ目を丸めた。




