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閑話~嵐の夜~ その6





 『手元で育てればいいじゃない』

 『そうよ、ずっとそばにおいておけばいいのに』

 ノアが屋敷を出たのを見計らったタイミングで現れた二人から、非難めいた声が向けられた。


 なぜかリビングに、エリザベスも含め家族も集結していて、家族会議みたいな展開になった。

 今回のことは、女の子が欲しいと常々願っているセイレーアには、またとないチャンスだったのだろう。ユリウスをねめつける目には相当恨みがこもっている。

 エリザベスにしてもわざわざ引き合う相手を手放す理由がわからない。

 そんな女性陣の中でユリウスは一歩も引かなかった。

 『うるさい。もう決定事項だ。3日後警備隊経由でノアに引き渡す。あれの中のセウスが目覚めるまでランドルフ家は干渉しない』

 静かに頭を横に振って二人を一蹴する。

 幸いな事に、ぶつぶつ口を尖らすセイレーアやエリザベスとは反対に、ユリウスの父と祖父のアルファードとラルフはそれがいいだろうと頷いた。

 あそこまでむごいことをした犯人だ。主犯と実行犯をあわせると複数いるはずなのに、それが誰かわからない。4家と姻戚を持ちたい貴族は五万といて、真犯人を割り出すのはかなり難しい。

 そしてさっきユリウスが思ったように、そこまで手段を選ばない敵がいるとなれば、ミズキをランドルフ家で育てるのは必ずしも得策とはいえなかった。

 ミズキは幼く、身を守る力ももたない。目覚める前の対の聖霊獣はひどくもろく、宿主に手をかけられたらひとたまりもないことを考えれば、聖霊獣を宿したことも知らず目覚める時を待ったほうが平穏に暮らせる。

 犯人たちも、自分の対を宿した少女を野放しにするとは考えず、ミズキがノアと暮らしてもきっと安全だ。幸いリラの領主のコールマンはアルファードと学友で、貴族と言う地位の中にいるものにしては、奇跡的なほど考え方は平等で健康的な思想をしている。

 アルファードとラルフの一押しもあって、しぶしぶセイレーアは、食い下がるのをやめたようだが……。


 ユリウスは再び自室に戻り、寝台の端にそっと腰掛けた。

 幼い少女はまだすうすうと寝息を立てていた。

 黒い髪と透き通るほど白い肌。

 鮮やかな緑は今は見えない。

 『ミズキ』 

 やっと知った少女の名を呟くと、手はもう伸びていた。白い頬を確かめるように触れる。

 やっと得た喜び、変えがたいほどの安堵感。

 さっきノアが彼女を呼んだときのような反応は見られない。そのことがユリウスを少し落ち込ませたが、だが。

 眠そうにまぶたがぎゅっと瞑ったかと思うと

 『ユーリ……?』

 舌足らずな声でユリウスを探す。

 それだけでユリウスの心に暖かいものが灯った。

 『……早く目覚めてくれよ?』

 ユリウスは苦く笑いながらミズキの額に唇を寄せた。

 できることなら、この瞼の内側にある緑の瞳をもう一度みたい。

 しかし。

 もう一度見てしまったらきっと、今度こそ手放せなくなるかもしれない。

 ユリウスはミズキの瞼の上に自分の手を重ねるとそこに自分の顔を寄せた。



 きっとあの時の選択は間違ってはいない。

 ノアはミズキを本当にわが子のように愛しんで育てていた。時折、つぐみにそっくりの、くちばしが金色のノアの伝令鳥に届けられる手紙の端々からも、そんな想いがにじみあふれるほどの愛情。

 だから、胸をはって後悔なんかしていないといえる。

 でも、時折考える。

 もしも手元でミズキを育て、そうして彼女の中の聖霊獣が目覚めたら、今頃夫婦として生活していただろうか?

 彼女の中で疑問など生じることなく、自分を受け入れてくれただろうか?

 だとすれば今頃この柔らかな肢体を組み敷いて?

 ユリウスは想像して苦笑いを浮かべた。

 ―――考えるだけ無駄だな。

 時折もどかしいこともあるけれど、それはそれ。なんだかんだとこのやり取りをユリウスも楽しんでいる。

 なし崩しに一緒になるのではなく、せめてミズキが納得する形を待ちたかった。

 ただ、こんなふうにしどけない姿を見てしまえば押さえも利かずに、つまみ食いをしてしまうこともあるけれど。

 ユリウスはミズキの柔らかな頬、額、瞼、そして唇へと口付けを落とし、ふっと笑った。

 起きる気配もなく安心したように眠るミズキは、どこまでも無垢だ。

 ミズキの頭を抱き寄せながらユリウスがまどろんでいると、小さなノックの後、『失礼します』と扉が開いた。

 宿屋の女将がカーテンを開きにきたのだ。

 「おはようございます」

 扉のところで静かに押さえた声で挨拶が聞こえる。

 「ああ。おはよう」

 ユリウスが言うと女将は起きていると思わなかったのか、驚いてユリウスを見た。

 「旦那様、起こしてしまいましたか?」

 女将は恐縮したように、申し訳ありませんと謝罪した。

 兵士として訓練をつむと、他人の気配に敏感なものもいる。経験をつめばつむほどそうなるらしい。

 最も今朝起きていたのはたまたまだったが。

 「習性だ」

 ユリウスはそういって懐を気にしながら体の向きを変えた。

 女将はその胸元を見てあらまあと微笑んだ。

 そこにはもう一つの黒髪の頭がすぐ隣に穏やかに眠っていた。

 「すぐに火を入れますね」

 どうやら今朝は少し冷えるようだ。

 女将は慣れた手つきで手早く暖炉に薪を放り込んで、そしてストーブの上に新たな湯を沸かした。

 「カーテン、お開けしてもよろしいですか?」

 女将の問いかけにユリウスはああとだけ返事をして、もう少しまどろみに戻る。

 腕の中の存在はとても暖かかった。

 

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