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嵐の夜に その3



 ミズキは暖かな湯殿でぐーんと体を伸ばした。

 とろみのある透明な湯はどこまでも柔らかくミズキを包んだ。

 「はー、気持ちいい」

 今朝からのごたごたとかイロイロを思えばやっと一息つけた感じがする。

 けれど、ミズキは一人部屋に残してきたユリウスを思えば少し不安になった。

 ―――1人で大丈夫なのかしら?

 家でどの程度まで自分でしているのだろうか、思うと不安になる。

 ミズキは湯船から上がり、魔法の温風で体を一瞬で乾かすと急いで身支度を整えた。

 そっと部屋に戻るとユリウスはまだ浴室にいるようだ。

 暖炉の温かな空気が部屋を暖めてくれていて気持ちがいい。

 隅のサイドテーブルに用意されていた水差しの中身を、グラスに注いで一口含む。柑橘が絞ってあるのかさわやかな酸味が広がった。

 ほうっと安堵の息をつくと、ミズキは簡単に片付けをした。と、そこにコンコンとノックがあった。

 そっと開けると、

 「夕食を並べていいかい?」

 女将さんがワゴンを運んできた。

 「はい、お願いします」

 ミズキは扉を開けて女将さんを招きいれた。

 女将さんは部屋の中にニコニコ入ってきてからふと首をかしげた。

 「お前さん、さっきとまるで雰囲気違うね? 服が違ったら急に年齢が上がったような……って……」

 女将さんはミズキの首もとのあの痣に目をとめた。さっきの修道服では首元までしっかりと詰まっていたし、胸は布でしっかり締めていたのでわからなかっただろう。今は体にあった下着をつけていたし、着心地のいい体に合わせた首もゆったりしたワンピースなので、いろいろよくわかる。

 よってその赤い花のような跡も丸見えなわけで。

 それの意味するところを察したのか目を白黒させる。

 「お前さん……いくつなんだい?」

 なんだかいろんな質問をぐるぐるさせたあと、かろうじて出てきた質問だっただろう。ミズキは苦笑いした。

 「もうすぐ19なんですよ、これでも」

 そういうと女将さんはまたしても目を丸めた。

 「まあまあ。こういう商売をしていたらたまに線の細い女の人を見るけど、お前さんもそういう子だったんだね。しっかり食べないといけないよ!」

 女将さんはサラダを並べながら笑って、ふと手を止めた。

 「……てことは、ええと……お前さん、あの若様とは……」

 しどろもどろに問われてミズキはまた苦笑いをした。

 さてさてどう返事をすればよいのやら。

 「それは俺の妻だ」

 ユリウスの声が背後からした。「だから一部屋にしておけと言っただろ」

 ユリウスがミズキの隣に立ち、彼女に息をつきながらいう。

 「いやまだ結婚してませんから!」

 ミズキが反論すると

 「そんな問答はもう飽きた」

 ユリウスがそっけなく顔をそむけた。

 その髪はまたしてもぼたぼただ。

 ミズキはその姿にまた呆れた。

 「だからなんでそう、雫だれだれなんですか!」

 急いで近くにあったタオルをつかむとユリウスの頭にかぶせた。

 「お前が乾かすんだろ?」

 ユリウスがくつくつ笑いながらいう。

 「でも、少しは拭き取ってくださいな! ああ、もう! 絨毯にしみがついたらどうするんですか!」

 ミズキはぐいっとユリウスをソファに座らせて、タオルでわしゃわしゃとユリウスの頭を撫でた。

 ―――大きな子供だ。

 やれやれと髪を拭いていると、テーブルのところで女将さんが微笑ましそうに笑っていた。

 無言で前菜を並べる。

 ミズキは恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じながら俯いた。とにかくこのままではユリウスが風邪を引きそうなので髪を乾かすことを重点視する、そう自分に言い聞かせながら。

 「乾かしますよ。熱かったらいってくださいね」

 ミズキは指に魔法をまとわりつかせる。昨夜はレニーに習ったおかげでこの微調整は得意になったと強がりを言ってみたけれど、なかなかどうして難しい。

 結構慎重な配分をしている。

 自分のだったら少々自分好みの温度じゃなくても文句は言わないけれど相手はユリウスだ。

 熱すぎず冷たすぎずの加減が難しい。

 しっとり水を含んだユリウスの髪をしばらく撫でれば、髪はすぐ乾いた。硬すぎず柔らかすぎず気持ちよい髪だと思う……。

 ミズキたちがそんなことをやっていると

 「温かいお料理はあとでお持ちします。次の料理の催促や御用のときは、机の上にあるベルを鳴らしてくださったら伺いに参ります」

 ミズキがユリウスの妻と知ってしまったからだろう、女将さんの態度がすっかり改まってしまった。

 ミズキは苦笑いした。

 女将さんは一礼すると静かに部屋を出る。

 それを見送ってミズキはまたユリウスの髪を乾かした。全体的に乾いてささっとくしで整え、ミズキは息をついた。指に集めていた魔法も解除する。

 「自分のもこんな風に?」

 ユリウスに問われてミズキはまさかと笑った。

 「お風呂上りに自分のまわりに結界張って、その中で温風ボンでおしまいですよ」

 するとユリウスがやれやれと息をついた。

 「魔法が使えるようになったとたん好き放題だな」

 「レニー先生がいろいろおもしろい遣い方を教えてくださるんですよ。便利ですねぇ」

 「……あれもたいがい物臭だからな」

 ユリウスが遠い目をした。

 ミズキはくすりと目を細めた。しかしふと気になってユリウスを見る。

 ―――あれも……ねえ。

 「前にレニー先生も対の聖霊獣継承の候補者だったと聞きました」

 ミズキがポソリと言うとユリウスはきょとんとミズキを覗き込んだ。それからくつりと笑う。

 「なぜかな、候補者だけは勝手にいろいろ連れてこられていた。いまだに連れてくるやつがいる。レニーも面倒なジジイどもにつれてこられてたクチだがな。でも俺の右手の証はとっくに残っていなかったがな」

 ユリウスはそういって右手でミズキの右手をとった。長袖のため見えないけれどミズキは自分の腕に宿る彼の対なる紋章を押さえた。

 「……なんか、もう、いろいろごめんなさい」

 ミズキが謝罪するとユリウスは首をかしげた。

 「何を謝る?」

 「いや、なんかもう……いろいろと」

 ―――私なんか紋章を受け取ったりしてすみません。

 俯いたままでいるとユリウスの手に顔を上げられた。目の前に彼の綺麗な顔が近づいてくる。

 慣れつつある行為に、一瞬流されそうになって瞳を閉じかけた。でもしかし。だからこそ慣れちゃだめだ!

 ミズキはぐいっとユリウスの体を押しやった。

 「ごはん、食べませんか? 乾いちゃうと美味しくないですよ」

 ミズキはつとめて笑顔でそういって、テーブルのほうに向かう。

 ユリウスは苦く笑うと食事の席に着いた。


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