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嵐の夜に その2




 街道沿い、歴史を感じさせる店が連なる街並みに、少しだけミズキの心は浮上した。

 愛らしい人形やみやげ物が軒先にたくさん並ぶ。

 ―――ああ、こんな人形を買って送ってあげたら、あの子達喜ぶだろうな。

 あれきりになってしまっている教え子たちを思い出し、ミズキは少し寂しくなった。

 木彫りのおもちゃや積み木、愛らしい人形やぬいぐるみたち、面白そうなお菓子のお店や果物のお店、あと衣料品や貴金属のお店もあって、ユリウスの後ろを馬を引きながらついついミズキはあっちの窓やこっちの窓を見てしまった。

 「欲しいのか?」

 ユリウスが振り返り尋ねる。

 そこはちょうど高級宝飾品のお店の前で……。

 「そこは用事ないです」

 ミズキが言うと

 「じゃあそっちのほうか?」

 さっきミズキがついつい眺めてしまったおもちゃ屋さんを見やった。

 「……別に自分に欲しいわけじゃないですよ」

 ミズキが言うと

 「そうだな。明日行く場所の中にはリラに近いところもある。寄りたいならいってもいいぞ」

 ユリウスがそっけなく言うのでミズキは一瞬聞き流しそうになった。

 だが、目を開いてユリウスの背中を見つめてしまう。

 「……どうした?」

 「いえ、今はそんな場合じゃないだろうって思って」

 ミズキが言うとユリウスはくすりと笑った。

 「そうだな。でも、まあヴィクターもわかってるさ、今回は逃げられるだろうことは」

 ユリウスの言葉にミズキはまた驚きの眼差しをユリウスに向けた。

 「なぜですか?」

 ミズキが尋ねるとユリウスは苦く笑った。

 「たぶん背後に貴族がいてかくまっているからな。貴族の家を根拠なく無作法に取り締まることは許されていない。決定的な証拠があってこそできるからな」

 ……なるほど。

 ミズキは心の中で納得し頷いた。

 「まあ、俺も食事は必要だからこうして動いているが、ついでにあちこちの貴族の動向も見てまわっておけば、相手に牽制にもなるし問題ないだろう」

 ユリウスの弁にミズキも否は唱えなかった。

 そういうことなら……。

 ―――宿が決まって、時間が取れたら買いにこよう。そして送ってあげよう。

 修道院で古く壊れたおもちゃをいつまでも大事に遊んでいる子どもたちを思い出し、ミズキは店の名をしっかり心の刻んだ。

 いつもなら持ち合わせの心配をするが、幸い、魔法の財布がある。たくさんの現金を持ち歩く趣味はないけれど、この財布なら薄くて小さくても、ミズキの部屋の金庫と空間が繋がっていて出し入れが可能だ。

 初任給、下手に使いたくはないけれどあの子達のためになら使いたかった。

 ―――そういや、彼にも何か買ったほうがいいんだろうな。

 ミズキは目の前のユリウスの背中を見つめた。

 生活費のお支払いは却下されてしまったけれど、でも何にもしないままでいるのはなんとも申し訳ない。

 ミズキはすっかり当初の目的も忘れ、そんな野望をこそりと抱いた。

 と、空がとうとうポツリポツリと雫を落とし始めた。

 寒くなり始めた季節のこと、冷たい雨に自然と人々の足は速くなり始めた。

 「その先の宿を使うぞ」

 ユリウスはそういうと足を速めた。ミズキもそれについて小走りで進む。

 あっという間に激しくなった雨脚に、すっかり濡れそぼって宿屋に着くと、

 「馬を貸せ。俺はこっちをするからお前は部屋を手配してくれ」

 ユリウスがミズキの手から手綱をとった。

 ミズキは頷くと中に入った。宿屋はこのあたりでは標準的なつくりをしていた。入ってすぐカウンターがあって、その向こうではにぎやかに酒を飲む集団がいるので、そこが食堂ということだろう。ミズキはあたりを見回し、カウンターの脇にしゃがんで作業をしていた恰幅のいい女将さんを見つけてそちらに向かった。

 女将さんは司祭服を纏ったミズキを見止めると

 「おやおや、教会のお嬢さんかい? こんな冷たい雨に打たれちまって、寒いだろう? こっちに火があるよ、あたっておいき」

 世話好きなのか、ミズキに柔らかなタオルをかけてくれた。そうして暖炉のほうにミズキを引っ張っていく。

 「急に振り出したもんねぇ。雨宿りかい? おなかはすいてないかい?」

 ―――どうやら、年はここでも勘違いされてるっぽい……。

 口を挟む間もなく流れるように世話を一通り焼かれてしまい、ミズキは礼をいってから少し苦笑いを浮かべた。

 「あの、すみません。雨宿りじゃなく今夜の部屋を取りたいのですが、あいてますか?」

 ミズキが尋ねると

 「ああ、あいてるよ。お前さん一人かい? そんなわけないよね」

 まるで親御さんは? と続きそうな勢いにミズキとしてはなんとも複雑だ。

 だが女将さんはニコニコ笑顔で、こんなに小さいのにお使いをするなんてえらいねえとミズキをほめる。

 この人にいったいいくつに見えているのか、ミズキとしては非常に確認しづらい。

 「……ええと、2人なので2部屋で……」

 ミズキがそういおうとしていると

 「どうだ? あいていたか?」

 ユリウスが濡れそぼった髪をかきあげながら入ってきた。

 瞬間女将さんの目が固まった。

 それまで奥でにぎやかに酒を飲んでいた地元のおじさんたちもおおっと息をのむ。

 まさに水も滴る何とやら、だ。

 「今二部屋頼もうとしていたんです」

 ミズキが言うとユリウスは怪訝そうに眉根を寄せた。

 「ああ1人部屋が二部屋もはあいてないんだよ、ごめんね」

 女将は良くおつかい頑張ったねとばかりにミズキに謝る。

 「別にわざわざ2部屋取らなくても1部屋でもいいだろう?」

 ユリウスが言うと、ミズキは少し考えて、

 「では、ユーリ様がおつかいくださいな。私は他の……」

 宿屋に移る、そういおうとしたところでぎろりとユリウスに睨まれた。

 女将さんにも

 「こんな寒い中、よそに移るなんてばか言っちゃいけないよ、この雨で今頃どの宿も満杯さ。心配しなくてもお2人さん向けのお部屋がうちみたいな古い宿でもあるよ」

 女将さんはそういってミズキに安心おしと笑顔でいう。

 この状況で自分とユリウスが傍目にどう見られているのか、考えると恐ろしい。

 向こうでは遠慮なくユリウスを見て、明らかな貴族だ、金持ちだと小波のように囁きあっていた。

 「一応うちにもね、高貴な方とそのお付の方が泊まれる部屋があるんだよ」

 女将さんはそういうとニコニコと少し恰幅のいい体を揺らせてカウンターから出てきた。「とはいえお客さまのような美丈夫がこられるのはたぶん開店以来初めてのことと思いますがね」

 女将さんはユリウスにもタオルを渡しながら上機嫌だ。

 ユリウスは怪訝そうに何かを言おうとしたが、とりあえず黙っていた。

 2人を上へと案内し、そのついでに地下に温泉の沸く大浴場があること、それから今からユリウスたちを案内する部屋にも、温泉がかけ流しになっている小さいながらも浴室があることの説明があった。

 そしてミズキには食事やいろいろな不足の品の注文の通し方の説明もあった。

 ……どうやら完全に、ミズキはユリウスの従属と思われているらしい。これはむしろミズキにとっては好都合だ。

 「すぐ部屋を暖めますね」

 女将さんは部屋の壁真ん中にある暖炉に手馴れた様子で薪を入れて火をつける。案内された部屋は、確かに貴賓室に近いつくりになっていた。材も調度品も古くても丁寧で深みのあるものばかり。そのどれもが丁寧に磨かれていた。

 そして大きな天蓋つきの寝台もある。

 明らかに一人で寝る広さではない大きさだ。たぶん夫婦が泊まれる広さなのだろう。

 その反対には、続きに侍従の部屋もあった。

 そちらにも普通に立派な寝台やなにやらもある。

 ―――こっちでも十分だよ!

 ミズキは心の中でこくこくと頷いた。むしろあっちの豪華な部屋よりもよっぽど落ち着く。

 ユリウスの家に引き取られてから、いろいろ世界は変わっているけれど、やっぱりミズキの感覚は庶民的なものがほぼを占めていた。

 「夕食はどうされますか? こちらの部屋に運んでもらいますか?」

 暖炉の準備が終わった女将さんに説明を受けながら、ミズキはユリウスを振り返った。

 ユリウスは頷くと女将さんを見上げた。

 「料理は任せる。時間は一時間後ぐらいで。酒はいらない。とりあえず風呂に入ってくる」

 「かしこまりました。お風邪を召されませんように暖かくしてくださいな」

 女将さんはニコニコ頷くと、一つ綺麗にお辞儀をして部屋を出た。

 パタンと扉が閉まるのを見てユリウスがミズキを見やる。

 「とりあえず風呂に入って来い」

 ミズキは目を丸めた。

 「いえ、私よりもユーリ様のほうがたくさんぬれていらっしゃいますよ! どうぞ先に入ってくださいな!」

 滅相もないとばかりに顔を横にぶんぶん振るとユリウスは眉根を寄せた。

 「つべこべ言わず早く入って来い! じゃないと一緒に入るぞ!」

 ―――そ、それは心の底からご勘弁ください!

 ミズキはとんでもないと顔を横に振ると

 「じゃ、私は下の大浴場にいってきます! ユリウス様はお部屋の湯殿をおつかいくださいませ!」

 そういって手早く自分の荷物から着替えを漁ると、すちゃっと扉に手をかけた。「鍵も一応持って出ますから閉めてくださって大丈夫ですよ」

 そういうと、ミズキは一目散に女性用の大浴場に向かった。

 一緒に風呂に入るなんてとんでもない!

 全くあの人は何を考えているのか。

 嫌がらせも程々にしてもらわないと。

 ミズキは少し乱暴に冷たくなった司祭服を脱いだ。


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