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それにまつわる誤解とあれこれ その8




 「地下にあるはずの入隊届けと動機についての書類が、彼のだけがなくなっていました」

 クレスタの返事にユリウスの目が訝しげに潜められる。

 一人何の話か分からないミズキがレニーに助け舟を求めると

 「グリスのこと、気になるから調べようとしていたのよ」

 と割と簡単に教えてくれた。

 なるほど。

 「確かに、グリスって、何者ですか?」

 ミズキが問うと、ヴィクターがだから調べているんだと苦笑いした。

 「しかし、書類がなくなるなんてあるのか?」

 ユリウスが尋ねると

 「他のやつらのは残っているんだがなあ。けどやつのだけがなくなってたんだ、本当に」

 ヴィクターが自分の戸棚をごそごそし始めた。

 「でも、ま、こっちはあるだろう」

 そういって一冊の太いファイルを出してくる。

 ぱっと開けば、それは隊員全員の入隊申請と身辺報告書、後見人による推薦書の写しが綴じられていた。

 ちなみに筆頭はミズキのものだった。

 書類はユリウスの手による、繊細ですこし神経質そうな字が美しく並んでいた。

 いつの間にかかれたのか、入隊理由は要約すれば、自分の対の聖霊獣を宿し目覚めているからということだ。

 まごうことなく入隊許可の出る理由である。

 更に数枚めくれば、グリスの入隊推薦状が出てきた。

 「全部うつしたのか」

 ユリウスが感心したようにヴィクターを見上げた。

 「一応、何があるか分からんからな。今回みたいに原本がなくなるなんて前代未聞だが、それを思えばこういう手間な作業もやっていて良かったってことさ。あ、言っておくが俺が写しを持っているのは誰にもいうなよ。個人情報だしな」

 一見熊にしか見えない精悍な大男だけれど、見かけによらず、このヴィクターという男は繊細な仕事をするらしい。

 ミズキもこれには感心していた。

 ヴィクターはグリスの入隊志願書と推薦状を綴りから引っ張り出して机の上に置いた。

 皆がそれを食い入るように見る。

 それによるとグリスを押したのは、トムソン・ノン・ケーブルという、中流貴族だった。

 推薦者トムソンによると、知り合いの魔法士の息子で、筋が良かったので剣技も習わせた、とあった。その後、入隊審査で文句なしの魔力とそこそこの剣技で入隊を許可されたという。

 アカデミーへの入学記録はない。

 推薦状自体は他の面々のものとなんら変わらない、普通のもの。

 もう一枚の入隊志願書にはグリスの経歴も添付されていて、それによると彼はこの王国の外れにある村の出身だという。つらつらと書いている経緯には、彼はこちらに出てくる直前までその村て過ごしていた事になっていた。

 ―――ここら辺出身の人って、確か二人ほど同じクラスになった人が居たっけ。

 2年で駆け抜けたアカデミー時代のことをすうっと思い出し、ミズキは首をかしげた。

 なにか、ひっかかった。

 ミズキがむむっと頭を抑えている隣で、クレスタはヴィクターが閉じていた他の人物の書類もぺらぺらめくって眺めていた。

 ざっと斜め読みをして、やがてパタンととじた。

 「クレスタ様、何か気になることでも?」

 レニーが問うとクレスタは苦く笑った。

 「ん? うん。背後の貴族の階級がね……」

 「気になりますか?」

 「ちょっと微妙に低すぎるかなって」

 「というと?」

 ヴィクターも体の向きを変えてクレスタをみやる。

 「目立たないといえば目立たないけど、ケーブル家に伝手を持つならそのまわりにあるもう少し家格の上の貴族と繋がることも簡単なはずなんだ。実際、他の面々の推薦状は無理をしても上の家格の人間の伝手で入ってきている」

 貴族については良くわからないミズキはだまって聞いていたが、他の面々はふむと頷いたり思案する表情を浮かべた。

 「……目立たないようにしている……か。もしかすると目くらましにわざと推薦者の家格を下げている可能性もあるわけだな」

 「貴族の背後関係をもう少し調べる必要はありますけれどね」

 クレスタは頷いてから

 「そっちは? なんか難しい顔してるようですけど、何か気付いたことがありましたか?」

 ミズキを見上げて尋ねた。

 「そういや小難しそうな顔をしていたな」

 ユリウスにも言われミズキはぐっと息を呑んだ。

 まだまとまらぬ思考から断片的に言葉を並べる。

 「やー……なにか引っかかって……アカデミーの時に彼の出身地方と同じ2人が……いて」

 ミズキは2人の顔を思い出そうとした。

 しばらく頑張ってみたけれど顔はぼやけて思い出せない。だが急に声を思い出した。

 愛らしい女の子の声と、結構ハスキーな男の人の声。

 『ミズキちゃん、ハンケチ落ちたよ』

 そういって手洗い場で落としてしまったミズキのハンカチを拾ってくれた子。

 ―――ああああ、そうだそうだ!!

 「ハンケチですよ、ハンケチ!」

 ミズキがいうとクレスタは不思議そうに首をかしげた。

 しかし、レニーはわかってくれたようだ。

 「ああ!! ハンカチをハンケチっていう子、いるわね! たしかジョンとモーリスだったかしら」

 「そうそう!! モーリスです! ジョンとモーリス! 懐かしい」

 ミズキは興奮したように手を上下に振る。

 「……懐かしいって、まだ2人は在校生よ?」

 レニーは苦笑いした。

 ミズキはあっという間にアカデミーを駆け抜けて修了してしまったが、最初の頃の同級生はまだほとんどが在学中だ。

 ミズキは頭をかいて俯いた。

 「まあそれはいい。で、どういうことだ?」

 ヴィクターに促されて、ミズキは頷いて続けた。

 「訛りです。あっちの人って独特の訛りがきついんですよ。で、あの2人いわく、一度染み付くと相当訓練してもハンカチの発音がどういうわけか難しいらしいんです。他にもいろんな言葉にかなりきつい訛りがあって、モーリスはこっちに出てきてかなり長いって言ってたけど、それでもイントネーションがこっちのほうの人とは若干違うんですよ」

 喉元まで出てきて突っかかっていたものが取れたので、気分としては晴れ晴れだ。「けど、グリスって、そういう意味では全く訛ってないでしょう? へんな言葉も使うけれどイントネーションもだいたいこっちのですし。彼、経歴書によれば、ここに来る直前まで村にいたとのことでしたけど、それにしたら言葉が綺麗すぎるなあって」

 ミズキがいうと、クレスタもなるほどと頷いた。

 するとヴィクターとエリザベス、それにユリウスも難しい顔をした。

 それに気付いてミズキもはっとする。

 ―――もし、この経歴が偽りだとしたら?

 「じゃあ、彼って、何者?」

 だれともなく呟いて、皆静かになった。

 「……レニー先生、グリスの稀人判定もしたんですか?」

 ミズキが問うとレニーは頷いた。

 「ええ。私じゃなく、前任のワーズ様が一応調べられていたはずよ」

 それについてはヴィクターも頷いた。

 「俺の控えにもドーソン・ワーズの否という判定印が押してある」

 そこをぺらりと見せられて、ミズキも確認した。

 そうして。

 あわただしいノックの後

 「失礼します! ヴィクター様、ユリウス様! 地下牢からグリスが逃亡しました」

 その一報がもたらされた。

 


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