それにまつわる誤解とあれこれ その6
調べたいことがあるからあとは任せた、そういってヴィクターとクレスタが出て行く。
出て行く際にヴィクターに
『さっきの間、ずっと椅子に座って無言を貫けって命令してあったからずいぶん我慢させているんだ。悪いが宥めておいてくれ』
耳打ちされてミズキはユリウスを振り返った。
ユリウスはげんなりした様子で椅子に頬杖をついていた。
ミズキは敏感に不穏な気配を感じた。
それこそ私もそっちに連れて行って欲しい!
ミズキ的にはとっさに表情でそれを訴えたけれど、ヴィクターとクレスタには完全に無視された。
―――でも、なんでヴィクター様はわざわざそんな命令をユリウス様に出したのかしら?
ミズキは恐る恐るもう一度ユリウスを振り返った。
彼はまだこれ以上ないほどの不機嫌な顔をしていた。
漂う冷気が寒い、とてもつもなく寒い。
ミズキもこの場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけれど、ビクターたちはささっと部屋から出て行ってしまった。
そんなわけでユリウスと二人きり残され、ミズキは小さく息を吐いた。
とりあえず、何はともあれ言うべきことは言っておいたほうがいいだろう……たぶん。
「……あの、ユーリ様……ええと、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした?」
ユリウスを伺いながらいうと、小さく
「なんで疑問系だ」
とぼやかれた。
それからユリウスははーと長くため息をつくと、ミズキをげんなりと見つめた。
「お前は一人で満足に帰宅も訓練もできんのだな」
呆れたようにいわれてミズキはついかっとなった。
「……それでああやってあの梟で私をずっと監視してるんですね」
疑問形じゃなく、今度は確信を持ってユリウスを睨む。
ユリウスは小さく笑った。
否定はなかった。
けれど、あの梟は見ているだけで別に行動をするわけではない。
ミズキが誰かに襲われても、淡々とそれを伝えるだけ……。
「……私とグリスが勝負をしても、私はやっぱり勝てませんか」
ミズキが確認をすると、ユリウスも頷いた。
「短時間ならもつだろうが、長引けば厳しいだろうな」
あっさり認められて、ミズキははっと短く笑った。
「そうですか。じゃあいろいろ覚悟しなくちゃいけませんね」
あきらめたように笑うミズキにユリウスが訝しげに尋ねた。
「何の覚悟だ?」
ミズキは窓の外を見ながら笑った。
「……万が一また物好きが現れて、それが強い人だったとき、どのタイミングで相手が塵になるのかは知りませんが、それまでに起こり得そうなこととかですかね」
肩や腕に触るくらいで、相手が塵になるとは思えない。決定的な場面まで弄られたり触られたりするんじゃないのかとかは、疎いミズキでも想像がついた。
と、ピクリ、ユリウスの腕が動いた。それに気付かずミズキは続けた。
「さっきのヴィクター様とユーリ様の様子から察するに、私はあなた以外受け入れることはできないので、他の人が私をどうこうするというのは……どの辺までがこの体の許容範囲かはわかりかねますけれど、根本的にないわけですよね。今回はたまたまクレスタ様に助けていただきましたけど……っ」
ドンという衝撃を感じてミズキが顔を上げると、ユリウスがミズキの顔の横に手を突いて彼女を睨みつけていた。
その目には怒りの炎がにじんでいた。
「……何の覚悟だ、それは。ふざけるな!」
そう怒りに任せミズキにいうと、彼女の髪を指に絡め一束つかんで、ぐいっと引っ張った。
自然とミズキの体もユリウスに引っ張られて簡単に捕まえられてしまう。
「絶対に許さないからな」
物凄く迫力のこもった低い声で言われてミズキは瞬きをするのも忘れてユリウスを見上げた。「たとえこの髪一筋とて他のやつが触れることなど絶対に許さない! それが守れないのなら、二度と外には出さない!」
―――……何を無茶苦茶な……。
それを声にする前にユリウスの唇に封じられた。
甘く柔らかく、噛み付くような口付けは、交わした瞬間から蜜がユリウスへと流れてしまう濃厚なもの。
不本意ながら、ミズキの腕は、もっと深くととユリウスの頭を抱き寄せていた。
非常に不本意ながらユリウスの体に魔力がほとんど残っていないと気付いてしまったのだ。出来れば打ち切らなくてはと思うのに、彼の魔力があまりに枯渇しているのを感じ取ったミズキの中の何かが、彼に魔力を分け与えねばならないと、本能が起こした行動の結果だ。
まことに不本意だ。
いったいこの体の作りはどうなってしまったのだ……。
しかし、それにしても、とミズキはうっすらと目を開けてユリウスを見つめた。
すると、彼の青い瞳と目があった。
ミズキはそっと身を引くと
「……ごめんなさい」
ユリウスに謝罪した。
さすがに自分もいってはいけないところまで言ってしまったと思ったから。
ミズキの謝罪に彼はようやく目元に穏やかさが戻って、ミズキの頭をまた引き寄せた。さっきよりもより深く唇が重なる。
ミズキからの蜜が唇を通じて彼へ彼へと流れ出た。
―――たしか先日は数か月分は魔力が残っているって言っていたはずなのに……。
先日交わした口付けのときよりも明らかに異様なほどユリウスの魔力がごっそりと減っていた。
よもや口付け一つで相手の魔力の残量がわかるようになるなんて……。
―――ああ、もう。悔しい。
ミズキはその場にしゃがみこみながらもなおユリウスの頭を抱きしめていた。
一週間分ほどの魔力を口付けで分け与え、ミズキはトロンとしたまま床に手を突いた。体はもうどこにも力が入らない。
すっかり弛緩しきった体をユリウスに抱き上げられた。彼の足の上に横抱きに座らされ、そのまま彼の胸へと凭れ掛からされる。抗う気力もなかった。
どきどきして火照った体に、心地よいぬくもりと弾力がかえってくる。
「で、さっきグリスにどこか触られてはないだろうな?」
確認されてミズキはこくりと頷いた。
ならいいが、とユリウスの安堵のため息が聞こえる。
少しだけミズキの胸がほんのり温かくなった。くすぐったいような、恥ずかしいような。
「……そもそもさっきの森で、なんで胡桃や栗を拾っていたんだ?」
急にユリウスに聞かれてミズキは心の温度を消してユリウスを見上げた。
「……森に入って季節の木の実やキノコをついつい収穫したくなるのは、田舎者の性ですから」
ミズキが言うと、くつくつとユリウスの胸元が弾んだ。
「そうか。で、それをどう食べるのだ?」
問われてミズキはどきりとした。
恐る恐る顔を上げると
「食べるために取るものだろう?」
穏やかな表情のユリウスがいて、ミズキは小さく息をついた。
「そうですね。その通りです。ちょっとだけ何かを作りたかったんですよ」
「何か?」
「何かです」
ミズキは確認するユリウスに頷いた。
それからユリウスを見上げると、首をかしげた。
ユリウスはそうかと頷くと
「入用なものはユリかランに言ってそろえさせろ。自分で調達するのはしばらくやめてくれ」
ミズキにそういった。
―――しばらく?
ミズキはユリウスを見上げたまま首をかしげた。
「とりあえず、今は俺も食事をせねばどうにもならん。……もっともお前が毎日俺に与えてくれてもいいが? そろそろ効率のいいやり方を実践……」
「しませんっ! ご自分でちゃんと幻獣見つけてお食事してください!」
ミズキはユリウスのことばを遮って頭を横に振った。
効率のいい魔力の交換なんて絶対に無理ですから!
ユリウスはまたくつくつと今度は声にしながら笑った。
―――っ!
ミズキは思わずその笑い顔に見とれてしまった。
胸の中がどきどき変な音を立てていた。
―――こんなドキドキも、私が彼の対の聖霊獣を宿しているからなのかな。
ふとそんなことを思えば、ドキドキはしゅんという音と共に萎えてしまう。
「……俺の食事が終わるまでは一人でうろうろすることは一切禁じる」
強いユリウスの口調にミズキはハイと返事しつつ、やっぱりドキドキなんてないないと心の中で呟いた。




