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奥方様、初めてのお食事 その2




 不本意甚だしいけれど、さっきの食事という名の口付けで、ずいぶん空腹感がなくなったのは事実だ。

 ミズキがクッションを抱いて座っていると

 「あれくらいじゃ、どうせすぐ腹が減る」

 ユリウスが紅茶の湯気を顎に当てながらいった。

 あれくらいという行為にミズキの頬がさっと赤く染まる。

 とはいえ、ユリウスが言うように、今はひどい空腹は収まっているけれど、数日前まで感じていた空腹の走りの感覚は残っているのもまた事実。

 「まあ、ちょくちょく俺が口移しで分ければいいわけだが……」

 「いやです!」

 ミズキは間髪いれず拒否をした。

 恥ずかしさのあまり抱いていたクッションに顔をうずめる。

 「なんだ? まずかったのか?」

 ユリウスの目がいささか暗いものに変わる。

 ミズキは息を呑んだ。

 ―――……まずいかまずくないかで言われたら、そりゃあ美味しかった。美味しかったですとも!

 思わず、自分から貪りにいっちゃうくらいおいしかった。

 しかしそれがあとで思い返せばすごく恥ずかしい。

 そもそも食事云々の前に傍目から見ればあんなのただの濃厚な口付け……。

 さっきグンの真っ赤な顔を思い出して、ミズキはまたしても恥ずかしさでクッションに顔をうずめてぐりぐりと頭をめり込ませた。

 「手段は他にありませんか?」

 ミズキが問うと

 「自力で獲物を見つけて食うか、対の相手から口移し、もしくは……」

 もしくはのあと、ユリウスはにやりと笑んでミズキを見た。

 なんとなくどことなく全力で続きを聞くことを拒否したくて、ミズキはぶんぶんと首を横に振った。

 「もう結構。……自力でというと?」

 ミズキは最初に言われたほうを確認した。

 「お前が最初にしただろ? ならなんとなくわかるんじゃないのか?」

 ユリウスに言われてミズキは眉根を寄せた。

 最初にしたといわれても思いあた……った。

 リラの森で、黒い妖魔と対峙した時だ。

 あの頃数日前からミズキは今のように少し空腹感を感じていた。けれど当時は聖霊獣が腹を空かせるとはしらなかった。だからミズキは自分の空腹だと思っていた。

 与えられる食事の量について皆公平だったし、教会に何もいう気はなかったので、当然のものとして受け入れていたので気付かなかったのだ。

 だからあの黒い獣と対峙した時のあの空腹感が自覚した最初だった。そしてご馳走を目の前にしたえもいわれぬ感覚……思い出しただけで、再びミズキの体が空腹感をよみがえらせてしまった。

 ミズキは慌てて頭を横に振って変な考えを追いやった。

 あの時、ミズキの右手から出てきたあれがぱっくりと妖魔を食べた。

 ズルリと出てきたあれが、この聖霊獣……。

 怖くはなかった、怖くはなかったけれども。 

 ミズキは自分の額を抑えた。

 ―――誰か、お願いですから私をただの人間に戻してください。

 聖霊獣の宿主といえば言葉はいいけれど、どうやら自分は本当に普通の人間ではないと、ひしひしと感じた。

 「……聖霊獣の宿主のために幻獣討伐部隊があるのですか?」

 「そうだな。空腹の聖霊獣を宿した人間が妖魔や幻獣を狩に行く時はあまり供の者はいらない。ほぼ丸呑みして食事すればいいからな。しかし許容量もある。幻獣を1頭のめば、よっぽどの戦闘がない限りしばらくは腹も空かん。のみすぎはかえって聖霊獣によくない。だから討伐部隊も必要というわけだ。なれてきたらいつごろ腹をすかせるか、だいたいの予測は立てられるようになるだろう」

 ユリウスがなんのことなく言うがミズキには衝撃な内容だった。

 「……ユリウス様は、いつごろ?」

 ミズキが問うと、

 「当初はあと2ヶ月ほどもつと思ったが」

 ユリウスはにやりとミズキを見た。「対の聖霊獣同士は魔力のやり取りができる。宿主同士の体を使って多いほうが少ないほうに分け与えて、力を平等にしようとする」

 さっきの口付けのように……。

 ミズキはクッションに顔をうずめたまま少しだけユリウスを見た。

 不本意だけれどうんと頷く。

 「……あれくらいの口付けではせいぜい2日ほどの力だろう。もう少し食うか?」

 愉快そうな色を浮かべたユリウスの瞳に、ミズキはプルプルと頭を小刻みに横に振った。

 妖魔と向き合うのも怖いけど、この人と向き合うのもすごく怖いよ!



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