奥方様の持ち物事情~夜編~
夕食を終え、本日既に3度目の湯浴みを終えて、自室とあてがわれた部屋に戻ると
「奥方様。これから奥方様のお世話はこの2人がいたします」
ベネスが15、6歳と思う少女ともう一人は30歳ほどの女性を押し出した。
女性が恭しく頭を下げ
「ランと申します」
しっとり落ち着いた声で名を告げた。
もう一人の少女も
「ユリでございます」
愛らしさの残る声で礼をとった。
ミズキは一瞬ぱちくりと目を瞬かせ、
「こちらこそ、お願いします」と頭を下げた。
「不都合な点がありましたらお申し付けください」
ベネスはそういってからミズキを続きにある隣の部屋へ誘った。ベネスには逆らうまいと決めたミズキがついていくとその部屋すべてが、服やドレスでうまっていた。赤、白、ピンク、青、緑に紫……同系ごとに一応まとめているようだけれど、それでも色の多様さがすごかった。
生地だってレースやチュール、シフォンにシルク、オーガンジー……教会で暮らしだしたミズキが着たことのない素材で溢れていた。
「あのあと奥方様のお洋服を揃えました。ドレスはまだまだ数が足りませんので、その時々でご用意いたします」
ベネスはにっこりと満足げにいう。
そして棚の真ん中ほどにある引き出しをすっと引いた。
そこにあったのは薄暗い光も何倍もの輝きではじき返すきらびやかな宝石たち。
「アクセサリーもまたおいおい作らせるように、もしくはドレスとあわせてご用意したいと思いますが、とりあえずはこちらでよろしくお願いします」
ミズキのほうは既に蒼白になっていた。
「……」
―――だから修道服でいいっていったじゃないか!
心の叫びは、誰にも届かない。
「ふむ」
頭上から声が降りてきてミズキが振り返ると、こちらもまた夜着に着替えたユリウスがそれらの衣装を見て頷いていた。
「よくやったな」
一言ベネスにいうと、
「もったいないお言葉」
ベネスは深々と頭を下げた。
ユリウスはミズキを見やった。
「ついでにこれからの予定をいう。お前たちも聞け」
視線をベネスやその背後のユリとランにも向け続ける。「とりあえず、剣の力を自在に使えるようになれ。体力もつけて体の方がもたないなんてことがないように。遅くとも来春にはバーネット神聖国に行くからな」
ミズキは眉根を寄せた。。
しかし背後の3人は心得たように頭を下げる。
「……バーネット神聖国には、何ゆえ?」
ミズキは少しいぶかしげにユリウスに問うた。
バーネット神聖国というのは、司祭が国を動かす珍しい国だ。国を統べるにふさわしい人物を、これもまた聖霊獣が見つけて宿るらしい。
司祭だけでなく学者も多く、そのための勉学施設も整っているらしい。この国の学者や司祭の中にはそちらへ留学して学ぶというものもいる。
ユリウスは目元に愉しげなものを浮かべると
「引き継がれる聖霊獣を宿したものは、結婚する前に目通りせねばならんのだ。それが紛うことなく自分の対であると証明するためにな」
ミズキに告げた。
―――……そんな日、来なければいい!!
ミズキは引きつった目でユリウスを見上げた。
「決定だからな」
念を押す彼に、ミズキは言葉を飲み込んで頭を下げた。
ユリウスは続けて
「その目通りが終わったら王の誕生祭の時期になるだろう。その頃は慌しいだろうから、王の聖誕祭が終わってからだな」
そういった。
王の聖誕祭が終わったら何があるのか、そんなこと恐ろしくて確認したくない。
しかし
「では結婚式は初夏でございますね」
ベネスの容赦ない確認にユリウスが
「そうだな」
頷いた。
「では、ドレス生地の手配などはじめたいと思います」
「ああ。たのむ」
自分の知らぬところで進められる未来の話を、ミズキは他人事のように見つめていた。
いまだに、実感がなかった。
話が終わり、侍女たちがお休みなさいませと出て行くのをなぜかユリウスもミズキの隣で見送る。
ミズキは首をかしげながらユリウスを見上げた。
「そういえば、ユリウス様のお部屋はどちらなのですか?」
暗になぜここにいるという意味をこめての視線だったのだが、ユリウスはおもしろそうなものを見る目でミズキを見やると、普段出入りしている扉ではなく、別の扉を開けた。
手でどうぞと案内されたので、ミズキはそこに入って息を呑んだ。
そこは薄明かりに揺れる天蓋つきの大きな寝台が……。
どーんとそれだけが占める、ほんのりと狭い、寝台だけの部屋だった。
ぎくっとしたけれど、ユリウスは絶妙なタイミングですっとミズキの前の扉を指差した。
「あっちが執務室兼私室」
見るか? という視線だけの問いにミズキはプルプル首を横に振る。
ユリウスは小さく笑って、ミズキの部屋へ戻る扉を後ろ手に閉じた。
「!?」
青くなったミズキをおかしそうに見ながら
「明日も早いことだし、寝るか」
天井から優雅な弧を描く紗の生地をめくった。
露になった大の大人が4、5人くらい余裕で眠れそうな大きな寝台の迫力にミズキは後ろに身じろぎした。
「別に遠慮しなくても」
「遠慮なんてしておりません。慎み深くあろうとしているだけですっ」
「慎み、ね」
ユリウスはくつくつと笑った。「だったらなおのこと。俺はその慎みという垣根を越えなくてはいけないようだな」
そういうと、ミズキを寝台の上に突き飛ばした。
程よい柔らかさもあり、しかし柔らか過ぎずしっかりと体を受け止める上質なマットレスに、華奢な体はどっしりと受け止められる。
異国のような模様の天井を見て、ミズキはばっと起き上がった。
「私、部屋に戻りますっ」
這い出ようとしても、広すぎる寝台のこと、シャリシャリと滑りやすい肌かけの生地に足が取られて思うように進まない。
「ここもお前の寝室だが?」
「あなたの、でしょう!?」
ユリウスは笑いながら紗をめくって入ってくる。
つまりここは互いの部屋から繋がる共通の寝室……。
「そりゃ俺も使うさ。夫婦の寝室だからな」
案の定な返事にミズキは顔が青くなる。
しかし、ミズキが動くよりも先に、ユリウスが寝台に横になり、じたばたするミズキの体を捕らえた。
「いっただろ? 結婚式までは手はつけないと」
ユリウスが落とした声でミズキにささやきこむ。
ミズキは恐る恐るユリウスを見上げた。
「とりあえず、寝ろ。ちゃんといったことは守る」
夕闇色の瞳が、薄明かりに揺れて、いつもより暗い色に見えた。ただ、確証はないけれど彼が嘘はいっていないことはわかる。
ミズキは体の力を抜いた。
ユリウスは大人しくなったミズキを抱きよせると、肌かけをめくってミズキの体をすっぽりと包むようにかけてくれた。
その隣に自分の体もすべりこませる。
足が触れた瞬間ドキッとしたけれど、どうにかこらえた。
なんとなく恥ずかしいので、彼に背を向け、少し距離をとってみた。
こんなに広い寝台なのだ、存分に使わないと……。
布団を抱きしめれば、最初はひんやりとした生地だったけれど、すぐにぬくもりをもった。
背後のユリウスはくつくつ少しおかしそうに笑っているようだ。
けれど追いかけてくることはないらしく、そのまま魔法で部屋の明かりを消した。
しばらくミズキは背中でユリウスの様子を伺っていたけれど、彼は動くつもりはないらしい。
―――そうだよね。なんか一人ばたばたして逆に恥ずかしい……。
ミズキは肩の力を抜いた。
あふっと一つあくびをする。
すると急に眠気が襲ってきた。
今日も朝からいろいろあったのだ。
本当に疲れた。
重いまぶたを閉じれば、もう開けることは叶わない。
ミズキは深い眠りに引きずり込まれた。
……そうして、ミズキは朝、なぜかユリウスの腕の中で目が覚めて、「やっぱり婚前の男女が同じ布団に眠るのは良くないと思います!」という喚きでようやくその夜から一人寝を勝ち取ることとなった……。
それはまた別のお話……?




