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初顔合わせ その1


 ユリウスの私邸から30分ほど馬車に揺られる。

 手入れのされた森を通り頑丈な石門をくぐると、広い庭があった。真ん中には大きな丸い池があり、その中心部の上空から大きなまあるい魔法の玉がたうたうと水を滴らせていた。

 道に沿って色とりどりの花々が色を添える。

 その先に、目もくらみそうな大きな城がそびえていた。

 ―――王城も立派だったけど、ここもすごい。

 ミズキは自然とつばを飲み込んだ。

 真っ白な石壁に屋根が青空と同じ色、形は愛らしさも感じるけれどとても美しい。

 御者の手を借りて馬車から降りていると

 「おかえりなさいませ、ユリウス様、ミズキ様」

 玄関のところでたっていた執事と侍女と思しき2人が深々と頭を下げた。

 自分の名まで呼ばれた事にミズキはびくりとする。

 「ああ」

 ユリウスがさりげなくミズキの背に腕を回し、中に押しこんだ。ミズキは最初から雰囲気に飲まれてしまっていたので、ユリウスにされるがままになっていた。

 中に入れば、そのきらびやかさに思わず口が開いた。

 入ってすぐあったのがここにも噴水。これまた魔法で出来ているらしい。

 一番上に小さい水の球があって、そこから下へ水が滴り落ち、それを見えない大きな円盤の皿というか下半分だけの半球がうけとめ、あふれた水が下の見えない半球に沿って伝い落ちていく。

 どういう魔法の構造になっているのか気になるが、この家はいたるところがすごすぎた。

 高い天井はドームのようになっていて見上げれば、その中央からさんさんと光が落ちる。エントランスの床も壁も、円筒状のホールをなぞるように2方から2階へと登る階段も、すべてが大理石の白で覆われているし、その壁のいたるところのきらびやかな装飾といい、大きく威風堂々とした絵画といい、すごすぎて言葉も出ない。

 本当に別世界だ。

 「ユーリ? もどったの?」

 奥から凛々しい女の人の声が聞こえた。

 そちらを見れば、素晴らしく豪華で美しい女性が立っていた。華やかな金髪に、澄んだ空のように青い瞳で、顔立ちはどこかユリウスに似ていた。年齢は良くわからない。とても若く見えるけれど、もしかすると……。

 彼女はミズキを見止めると、目を大きく開けて駆け寄ってきた。

 「まあ! 久しぶり! 大きくなったわねぇ!」 

 ミズキを抱きしめていろんなところに柔らかな唇を押し付ける。

 ―――ひさし、ぶり??

 まるで親戚子供の成長を驚くおばさんのような反応にミズキは首をかしげた。

 「母上、それをいってもこれは全く覚えてないと思うが?」

 ユリウスが冷ややかにいう。

 ―――母上、って?

 ミズキはユリウスと彼女を交互に見た。

 ―――……いや、似てるけど。ちゃんと似てるけど!!

 彼女はミズキを見るとにっこりと微笑んで、

 「そうよね、あなたあの時寝てばかりだったものね。私もあなたの瞳の色ははじめてみたわ。そう、こんなに綺麗な翡翠色の瞳を持っていたの」

 急にミズキの顔をつかんだかと思うと、まじまじと目を覗き込まれた。こんな美人に間近で顔を覗き込まれたのは初めて……いや、昨日ユリウスに見られたな……、そんなことを冷静なそぶりで思うくらいにはあせっていた。

 そんなミズキの様子をどう捉えたのか

 「あら、ごめんなさい。私はユリウスの母親のセイレーア。セレアと呼んで?」

 彼女は笑ってミズキの顔をつかんでいたてを離してくれた。

 「あの。ミズキ・レイノールです。セレア様」

 改めて短いドレスの裾をつまみ、どうにか淑女の礼をとるとセレアはうふふと微笑んだ。

 「かーわいい! もう、どっちにしろうちの子になるんだったんだから、あの時からうちで育てればよかったのに。ね? あなた!」

 そして再びミズキの頭を抱き込んだかと思うと、セレアは背後を振り返った。

 全く人の気配に気付かなかったミズキは慌ててそちらを見ると、綺麗な銀の髪にすみれ色の瞳をした渋い紳士が立っていた。

 「まあ、気持ちはわからないでもないけれどね。セレア」

 紳士はそういうとセレアの腕を取ってミズキを解放してくれた。「やあ、ミズキ。私たちにとってキミと会うのは10年ぶりになるけれど、あんなに幼かった子がこんなに素敵なレディに育つとは、時の流れをひしひしと感じるね」

 ミズキにとって、二人が言っていることはさっぱり意味がわからないけれど、とにかく。紳士はそうミズキににっこりと微笑んだ。

 ……その笑顔は誰かに似ていると思った。

 ―――誰だっけ? アカデミーで数度見たような……。

 一通り考えて、あっと声が出そうになった口を手で覆った。

 ―――そうだ、王様だ! ランドルフ家の姻戚はこの国では有名なはずなのに、一瞬忘れるなんて、なんてバカ!

 ミズキは心の中で自分の頭をこつんと叩いた。

 ユリウスは、現国王の甥にあたる。つまり、この紳士は、国王の弟君だ。

 「私の名はアルファード。アルでもいいし……君はもううちの子なのだからお父様と呼んでくれてもいいよ?」

 「まっ! アルったら抜け駆け! ミズキ、私のことはお母様と……」

 「父上、母上」

 暴走しかけた2人をユリウスが間に入って止める。「子どもじゃないんですから玄関ではしゃぐのはやめてください」

 3人が並ぶ姿はまるで親子というよりも兄弟……いや、神々が話をしているようなまぶしさがあった。

 ―――うん、眩しい。ユリウス様1人でも眩しい時があるのに、それが3人って、どういう美形結界ですか。

 ミズキが心の中でいろいろ思っていると、ユリウスがミズキの腕を引っ張った、

 どうやら、場所を移動することで話がついたらしい。

 足早に進むユリウスの後ろをついていきながら

 「……あの……ユリウス様?」

 ミズキは何をどこから尋ねていいのか一瞬迷った。聞きたいことはいっぱいあるのだが、とりあえず意思表示にユリウスの服の裾を引っ張ってみる。

 するとミズキの呼び方に、セレアが眉根を寄せた。

 美人なのにおしげなく口元を尖らせて

 「ミズキ、なんでそんな他人行儀な呼び方をするの? 昔みたいにユーリって呼べばいいのに」

 ミズキをたしなめた。

 ミズキはどきりとした。

 そんなことで怒られるとは思っていなかった、というかそんな恐れ多いことをそもそも考えていなかった。

 というか、昔みたいにって言うのが理解できない。

 ただ、ユーリと言うのは少し覚えがあるというか、気になるところがあるので複雑な感情が芽生える。

 ……それよりも、さっきから気になっているのが、どうも皆自分のことを知っているような様子だ。

 「あのう……私、皆様とは今日初めてお会いしますよ……ね?」

 こんな美形一家、会えば絶対に覚えているはずだ。

 自信持っていえる。しかし、ミズキの記憶にはかけらも残っていない。

 もしかしてこちらの方々揃って何か勘違いされているのだろうか?

 「そうね。起きているあなたと会うのは初めてね」

 セレアの頷きにミズキは首を傾げつつユリウスの言葉を待った。

 なんだかんだと、まだユリウスのほうがもう少しわかりやすい答えをもらえると思ったからだ。

 ユリウスは大きめのドアをぐいっと開けた。その部屋も天井は高くとても広く豪華なつくりだった。

 天井は複雑な木組みで幾何学的な模様を描き、数箇所から零れ落ちそうなガラスの粒がたくさんついたシャンデリアがぶら下がっていた。また足元には細やかな柄が描かれた滑らかなカーペットがしいてあって足裏に心地よい。

 ユリウスはそのソファセットの一つにミズキの腕を引いたまま座った。自然とミズキもその隣にこしをかけることとなる。

 その向かいにセレアとアルファードが腰をかけた。

 タイミングを計ったかのように、侍女たちがお茶を運んでくる。

 一通り茶を出され、人払いがされたところでユリウスが

 「お前はこの2人がいってることの意味がわからなくて当然だ。たんにサノメ村から俺がお前を保護してノアに預けるまで、お前はここで眠っていたんだ。寝てる人間に何を言おうが知らなくて当然だから、お前は気にしなくて良い」

 ユリウスがさっぱり切り捨てる。

 なるほど。

 「でもね、とっても可愛かったのよ!」

 セレアはなおも嬉しそうにいう。

 いったい何が可愛かったのか……聞きたいような聞くのが怖いような……。

 たしか、ノアのもとで目覚めた時に最初に尋ねたことが『ユーリは?』という言葉だったと記憶している。

 サノメ村の中にユーリと呼ぶ子や大人はいなかったし、やっぱりあの夢のことなのだろうと思っていたけど、……ユリウスをユーリと愛称で呼ぶとは、いくら幼い子どもとはいえ恐れを知らなさすぎる。

 ミズキは過去の自分にぶるりと震えた。

 「もうね、あなたったらユーリにしがみついて全然離れなくってね。しょうがないから……」

 「母上、そういう話をしにきたわけではありませんから」

 くすくす笑いながらいうセレアにミズキは、いくら幼い頃の、しかも眠って記憶がないときのことを言われるのは正直耳が痛い。しかもユリウスにしがみついて目が覚めた今朝のこともあってなおのこと。ユリウスが遮断してくれてミズキはほっとした。

 「もう。せっかちは嫌われるわよ」

 ぷくっと頬を膨らませるセレアは、年よりもずっと幼く見え、ユリウスの母親というより姉という感じだった。

 セレアはソファから立つと、部屋を出て行ってしまった。

 ユリウスもアルファードもその様子を一向に気にした様子はない。

 ミズキとしてはそもそもこの家に来ている理由すらわかっていないので、できるだけじっとそっと座っていることにした。

 手持ち無沙汰に、茶器を両手で包んで口元に運んでいると

 「聖霊獣は、違和感なく君の体にいるかい?」

 アルファードがミズキに尋ねた。

 ミズキはアルファードの目を見た。

 とりあえず、頷いておく。

 「宿った時も、覚醒したあとも?」

 「はい」

 ミズキは今度は声に出して小さく頷いた。

 いろいろ不思議な変化はあるけれど、自分の体として違和感は感じていない。

 「そう、それはよかった」

 にっこりと笑むアルファードは穏やかだけど、少しその目に仄暗さを感じた。

 それが気になってミズキが何かを言おうとしたそのとき、セレアが戻ってきた。別の人物をつれて。

 「私も、アルも選外だったからね。私たちじゃあなたの疑問には答えられないから」

 そういって上座にあるソファに2人をすすめた。

 渋く年齢を重ねた夫妻だった。

 そこにいるだけで威厳が漂う。

 ミズキはセレアがいった、選外という言葉に引っ掛かりを覚え、居心地の悪さを感じた。

 さっきのアルファードの目の仄暗さといい……。

 「そうか、あの時の子が目覚めたか」

 品のよさそうな老紳士がミズキを見て目を細めた。見事な白髪は艶やかだった。隣の笑顔皺が刻み込まれた老婦人も若かりし頃はさぞかし美しかっただろう。優しく深い青の瞳は今も宝石のように美しかった。

 

 

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