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奥方様のお仕事~特訓編~ その3



 レニーは簡単に湯殿の使い方をミズキに説明すると、取りに行くものがあるから先に入っていてとミズキを中に押し出した。

 女湯の中はまだ誰も人がいなかった。

 ミズキが服を脱いでいると、先ほど練兵場で端のほうで見ていたと思う、情熱的な赤い髪の女性がまっすぐにミズキの前にやってきた。

 ミズキはそちらを見て手を止めた。何事だろうと思いつつ、こんにちはと挨拶する、が……。

 「この、泥棒猫!」

 大きく手を振り上げてミズキめがけ振り下ろそうとしていた。

 ミズキは自分の体をかがめて庇おうと防御姿勢をとった。

 が、しばらく待っても衝撃は来ない。

 ミズキがそっと目を開けると、レニーが魔法で彼女の腕を捉えていた。

 「レニー! 離しなさいよ!! アンタだって悔しいでしょ!? アンタだって候補者だったんだから!」

 彼女はレニーを睨みつけて声を絞り出す。 

 レニーは冷ややかに笑みを浮かべた。

 「……あのねえ。レイシャ、私は彼女が覚醒して本当に良かったと思っているのよ? あなたと一緒にしないでくれる?」

 最後、一瞬殺気をこめてレニーは彼女の腕をほどいた。

 彼女はほどかれた腕をさすると、キッとレニーとミズキを睨む。

 「……あたしは、絶対に諦めないわ」

 「最初から袖にもされてないでしょう? いい加減に見切りつけないと見苦しいわよ」

 レニーの言葉は容赦がない。

 最初は状況がわかっていないミズキだったが、だんだんユリウスに関してのことだなと感づいた。

 彼女が部屋から消えてから、ミズキは小さく息をついた。

 「……さっきの人って……」

 言葉を出すと、

 「彼女はレイシャ。あの子の家も家系的に4家の対の聖霊獣に選ばれてきた歴史があってね、自分も幻獣討伐部隊に選ばれたことだし可能性があると思っていたんでしょうね」

 戸口から豪奢な金髪が顔をのぞかせた。

 エリザベスがブーツをぬいでこちらにやってくる。その右足には、ミズキと同じく刺青のような模様がしゅるりとまきついていた。

 「だいたい泥棒も何も、あの子がここに来る前からユリウスの右腕に紋章がないんだから、誰かに宿ってるって気付けばいいのに……ねえ」

 エリザベスはそういってミズキの右腕の紋章を撫でた。

 ミズキはエリザベスを見上げた。

 「この紋章は聖霊獣がここにいる証よ。ユリウスが最初に受け継いだのは右手に剣の聖霊獣、左手に盾の聖霊獣。そのどちらかが対の聖霊獣として伴侶にふさわしいと選んだ相手に宿るの。だからあなたの右手に剣の聖霊獣がいるのよ」

 そういうことか。

 ミズキは初めて刺青だと思っていたこの紋章の意味を知ってそっと撫でた。

 ということは……。

 ミズキはエリザベスの白い足に艶かしくも絡みつく紋章を見た。

 「私が受け継いだのは太陽と月の聖霊獣。私の右足にあるのは高速の太陽の聖霊獣、そして夫の左足に月の聖霊獣が宿っているのよ」

 エリザベスの言葉にミズキは頷いた。

 つまりさっきの熊のような大きな男の左足に……想像しかけて、あまり楽しくない様子にミズキは気持ちを切り替えた。

 「ちなみに、王様の大地の紋章は腹部に、王妃様の豊穣の紋章は背中にあるのよ」

 ついでに教えてくれた言葉にミズキは一瞬きょとんとして、小さく噴出した。

 なるほど、背と腹、右手と左手、右足と左足。

 それぞれ対になった場所に宿っているらしい。

 「じゃあ、あと残る一家は?」

 ミズキが問うと

 「クレスタは、……まあ見たらわかるわ。今は南のギアスに使いに行っているけれど、そのうち帰ってくるでしょう。楽しみにしていて?」

 その名は聞いたことがあった。

 クレスタ・チェス・トゥーリ、4年前聖霊獣を継承したといっていた。

 たしか、生と死の聖霊獣、だったか。

 それがそういうものか、ミズキにはわからないけれど、見たらわかる位置に紋章があるという。

 教えてくれなかったのは少し消化不良だけれど、でも楽しみが出来た。

 「とりあえず、湯船の中でお話しましょ?」

 エリザベスはそういうと惜しみなく豪快に服を脱いだ。鍛え引き締まった白い肌と、少し不自然に膨らんだ腹部、そしてぽよんと音がしそうなほど大きく柔らかな胸がこぼれ出た。

 その向こうではレニーもまた柔らかな曲線の体を披露していた。

 ミズキは目のやり場に困って慌てて俯いた。すると自分のアンバランスで貧相な体が目に入って、泣きたいほど悲しい気持ちになった。


 柔らかなとろみのある湯につかりながら、ミズキは気になったことをレニーに向けた。

 「さっきの人が言っていた候補者って……先生もそうだったんですか?」

 ミズキが問うと、レニーは少し目を丸めてそれから小さく笑った。

 「そうね。くくりで言えばそうかもしれない。幻獣討伐部隊の入隊条件は、一般的に剣技と魔力が卓越してることと言われているけれど、かなり上質な魔力の保有者も選ばれる。それは幻獣がもしかすればその魔力に酔い、従わせて聖霊獣とできるかもしれないから。アカデミーで受けたでしょう? 稀人判定、あれに最後まで残るとね、幻獣討伐部隊に入る事になるのよ」

 ミズキはレニーを見て、それからぽんと手を打った。

 そういうことなのか、と。

 「つまり、それ故、4家の聖霊獣の対に選ばれる可能性が高い、と?」

 「ご明察」

 ミズキの言葉にレニーもエリザベスもにっこりと頷いた。

 それからレニーは

 「あ、間違っても私のことは誤解しないでね? 私は聖霊獣とかそういうのに縛られるのはごめんなの。悠々自適に生きていきたいから」

 ミズキに笑ってそういった。

 たまに、魔法使いは研究熱心ゆえ結婚を面倒くさがる人がいるという。

 レニーもそういう部類なのかなと、ミズキは頷いた。

 しかしでも、やっぱりである。

 エリザベスとレニーのしまりながらも柔らかそうで、胸元と臀部がふっくらと豊かな体を見れば、なんだかもう、本当に悲しくなってきた。

 ―――ああ、もう。なんで私なのかな。

 こんなのが対じゃ、ユリウスは他の人から白い目で見られるのではないだろうか……。

 ミズキがそっと自分の胸元を押さえていると

 「ミズキ」

 エリザベスがちょいちょいとミズキを呼んだ。

 そちらに行くと、エリザベスがぐいっとミズキの腕を引っ張って

 「じっとしてね?」

 そういってミズキの背後に回りこむと、胸を後ろからぎゅっとつかんだ。

 「エリザベス様!?」

 ミズキが慌てると

 「しっ、じっとしてて!」

 エリザベスはぎゅ、ぎゅっとミズキの胸の下や、ウエスト、臀部を両手で包むようにつかんで確認する。

 ミズキが口をパクパクしていると

 「ミズキ、あなた着やせするわね。そうでなくても華奢だからわかりづらいけど。胸、かなり大きいわ」

 エリザベスがへえと呟いた。

 レニーまで

 「あ、私もそれは気付いてました。隊服や司祭服って胸を潰すからわかり辛いですよね」

 うんうんと頷く。

 「……」

 ミズキは顔の半分までお湯につかってぶくぶくした。

 いえ、本当に素敵な女性らしい体というのはお2人なんですって……。 


 風呂から出て、魔法で髪や体を一瞬で乾かす。

 ……魔法が使えるようになって一番助かるのはこの作業だ。髪の毛を乾かすのに、今までどれだけ苦労したことか。

 それからどうやらさっきレニーが取ってきてくれていたらしい新しい服を身に着けると、気持ちも少しスッキリした。

 隊服は採寸してからとのことで、今は司祭服のブラウスとスカートだ。一応標準サイズで持ってきてくれていたが、胸も少しあまるしその下はスカスカだし、スカートも回ってしまう。

 ミズキはさっきまで着ていた服のベルトでぎゅっと縛ると、荷物をまとめて湯殿から出た。

 「ミズキ、こっちよ」

 レニーがミズキを呼んだ。

 レニーの後ろについて階段を登ると、レニーは別の扉の前でたたずまいを改めた。

 コンコンとノックをし

 「ミズキの準備が整いました」

 扉を開けることなく告げる。

 「わかった」

 中からユリウスの返事がしたと思うと、ガチャリと扉が開いた。

 「帰るぞ」

 ユリウスは言うなり外に出て、待たせてあった馬車にミズキと共に乗り込んだ。

 「……なにかあったか?」

 黙りこんでいたミズキにユリウスが問う。

 ミズキは横に首を振った。

 さっきの湯殿でのことは、エリザベスやレニーとのやり取り、レイシャのことにいたるまで話したくなかった。

 ……この人の奥方といわれる日々はすでに始まっている。

 この様子だとさっきのレイシャだけでなく、これからも大変なんだろうなと、少し背筋を冷たいものが走った。




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