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奥方様ではありません




 目が覚めると、ミズキの世界は再び激変した。

 ―――これは何事だ!!!

 ミズキは頭を押さえたくなった。


 さかのぼること数分前。

 ミズキは意識が浮上するのを感じた。

 暖かいそれがとても気持ちよかった。程よく弾力もあるしいい匂いもするし。

 そういえば、この匂いには、覚えがあった。すごく懐かしい、大好きだった匂いだ。

 うん、今も好き。

 ミズキはそれに擦り寄った。

 すると、暖かくすっぽりと包まれて、なお気持ちのよい温度が再びミズキを深い眠りへといざなう。

 ほどよい重みと弾力がかなり気に入った。

 なんだか、覚えがあるな。

 「……ユーリ?」

 ミズキは遠い記憶の中になりつつあったその名称を口に乗せた。

 ―――いやいや、ないない。

 深い眠りに入ろうとしていた意識を別の意識が冷静に分析する。

 でもなんだかとても気持ちいい。

 何が気持ちいいって、髪を撫でてくれるのがとても気持ちいいから、もう少しだけ……。

 ―――あれ? でも待って? そういや昨夜ってソファで寝ちゃってたっけ。

 もう少し寝たいけれど誰かが入ってきたらヤバイな、……甘い誘惑の中、ミズキは我に返った。

 ソファで寝こけてしまったわりに、体が辛くはないな、とか。

 お布団があたたかいなとか……。

 ……ていうか髪の毛撫でてるの……誰?

 さああっと頭の中の霧が晴れて、ミズキは目を開けた。

 と、すぐ目の前に絶世の美男の顔が……。

 「っ!!」

 驚きのあまり声が出そうになるのを必死で両手で押さえて飲み込んだ。

 慌てて起きようと体を起こせば、自分の上にのっていたらしい腕ががっしりとミズキの肩を捉える。

 「もう少し寝てろ」

 甘くかすれた低い声が、ミズキの頭に冷水をかぶせるくらいの追い討ち的な衝撃を与えた。

 固まって動けないことをいい事に、その手はぐいっとミズキの体を簡単に転がして、気がつくとミズキは自分に覆いかぶさったユリウスの顔を見た。

 「相変わらず、甘いな」

 なにが? とは恐ろしくて聞けない。

 布団の隙間から入り込むひんやりとした空気を感じて視線を下げれば、ユリウスは胸元が肌蹴た薄いシャツを羽織っているだけの状態で、くっきりと浮き上がった鎖骨を見ればくらりと意識が遠のきかけた。

 「よけていただけますか?」

 ミズキはユリウスに丁寧にお願いした。

 しかし

 「なぜ?」

 どこか愉しげな色を浮かべて、尋ね返される。「今言っただろう? もう少し寝かせろ」

 ユリウスはミズキの頬を長い指でそっと撫でた。

 ビクンと大きく体が跳ねて、ミズキは手でそこを押さえた。

 「ひ、ひとりで寝てください! 私は起きたいんです!」

 どうして彼が隣にいるのか、この状況は何なのか、疑問だらけではあるけれど、何より今この体勢が一番怖かった。

 ユリウスの呼吸が直にミズキに降りかかる。

 さっきからバクバクどきどきして、心臓が壊れてしまいそうだ。

 ミズキが真っ赤な顔をして訴えていたそのとき、そこに控えめなノックがあって

 「失礼いたします」

 ベネスが静かに入室してきた。「おはようございます」

 この状況を何も気にとめる様子はなく、挨拶をする。

 現在この状況に顔が青くなっているのはミズキ一人だけ。

 「気が利かぬな」

 ユリウスがぼやくのが聞こえたけれど、ミズキにとってはきっと救いの女神!

 「いいえ! すばらしい機転です! ありがとうございます」

 ミズキはここぞとばかりにユリウスを押しのけて、大きな寝台から逃れでた。

 ついでにすばやく自分の服装をチェックする。

 修道服のオーバースカートは脱がされていたけれど、インナーワンピースはそのままだった。

 ―――とりあえず、どうこうなった形跡はないな。

 どうこうってなんだ! 自爆するような自己突っ込みを全力で回避して、ミズキはソファのところにあったオーバースカートのところまでやってきた。

 「奥方様、湯浴みの用意が出来ております。昨夜はお疲れのようでしたのでそのままでしたが、気分がすっきりされると思いますので、どうぞ」

 ベネスに言われて、改めて突きつけられる事にミズキは顔を真っ赤にした。

 「……あの、奥方様っていうのは……」

 「訂正いたしません」

 きっぱりと言われてミズキのほうがガクリと頭を垂れた。

 ユリウスの対の紋章を宿し、同じ布団で寝て朝を向かえ、きっと何が起こってようが起こってなかろうが、業務を完遂する事に命をかけているこの手の人種には、ミズキが何を言っても自分の信念を貫くだろう。

 ミズキのほうが観念するしかなかった。

 「……ていうか、あの、なんで?」

 こんなことになっているの?

 ミズキは自分の顔が赤らむのを感じつつ、まだ寝台でまどろむユリウスに尋ねた。

 ユリウスはにやりと笑う。

 「言っておくが、俺を離さなかったのはお前だぞ」

 「!?」

 ミズキは目を見張った。

 「お前のその服を脱がしたのはベネスだ。別に俺が脱がせても良かったが」

 ミズキはぶんぶん首を横に振った。

 「勘弁してください」

 ユリウスに脱がされるのは心臓に悪すぎる。

 ベネスでよかった!

 「ご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません」

 ミズキはベネスに頭をさげた。

 でも、脱がされた服の謎はそれでいいとして、今朝のあの目覚めの状況はどういうことだ。

 ミズキはまたユリウスを見た。

 「服を脱がせても起きないし、あのままソファでそのまま寝かすのも困るから俺が寝台まで運んだ」

 ユリウスがにやりとミズキを見た。「そうしたらお前が俺の服をつかんで離さないし、俺はどうにか離そうとしたんだが、おまえは俺の腕に自分の腕を絡めて寝台に引っ張り込んだというわけだ」

 「そんなことしないですよ!!」

 思わず間髪いれずに叫んだ。

 そんな恐れ多いこと私がするわけがない。

 しかし。

 「残念ながら……」

 ベネスの申し訳なさそうな声がミズキに止めを刺した。「奥方様が旦那様を御放しになられなかったのは事実でございます」

 ミズキは自分の頭を抑えた。

 自分自身の行動がこんなに信じられないのは、本当に初めてだった。

 ミズキの絶望的な表情と裏腹に、ユリウスはおかしそうにくつくつと笑い、ベネスはそんな2人を微笑ましそうに見ていた。

 



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