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かごめかごめ

作者: みつなつ
掲載日:2025/08/28

 終電を逃し、歩いて帰るはめになった。

 社員寮のアパートまで、街灯もない田舎のあぜ道をとぼとぼ歩く。


 深夜二時。スマホは電池切れ。月は雲に隠れて真っ暗だ。

 こんな夜更けに明かりが灯っている民家もない。

 足を踏み外して田んぼに落ちないよう慎重に歩を進める。

 足元で草が擦れてカサカサ音がする。

 風もないのに首の後ろがゾクッとした。

 誰かに見られてるような気がする。

 薄気味悪い。


 アパートまであと十分くらいというところで、小さな歌声が聞こえてきた。


『か……め、かご…………なか……とり……』


 子どもの声だ。

 甲高く、掠れていて、古いラジオみたいに途切れ途切れに聞こえる。

 こんな時間に子ども?

 両側は田んぼと雑木林、民家は一キロ以上先だ。

 背中に冷や汗が滲む。


「風の音、だろ……」


 自分を落ち着かせようと呟く声が震える。


『いつ…………出やる……夜明け……ばんに……』


 その声は頭の中で響いてるみたいに聞こえる。

 足が重い。振り返りたいが首が動かない。


 しかし、何かが『見ろ』と囁く。


 首の骨が軋むような感覚に耐え、何とか振り返る。

 田んぼの真ん中に白い影が見えた。

 子どもが七人。

 ぼんやり光る白い服を着て手をつなぎ、円になっている。

 月もないのに、子どもたちの輪だけが青白く浮かぶ。


『鶴と亀がすべった……』


 子どもたちの声が重なり、空気が締め付けてくるようで息苦しい。

 足が地面に縫い付けられたように動けない。

 目を凝らすと子どもたちの顔が見えた。

 いや、顔がない。目も鼻も口もない、ただの白い平面。

 なのに歌っている。

 歌声が俺の頭蓋骨を直接震わせる。

 ふいに歌が止まった。


『後ろの正面だぁれ?』


 子どもたちの首がギギギッと金属が軋むような音を立て、こちらを向いた。

 目がないのに視線が突き刺さる。

 喉から心臓が飛び出しそうだ。


『見つけた』


 それは子どもの声じゃなかった。

 低く濁り、井戸の底から響いてくるような声。


『おまえ、鳥だろ?』


 輪が動き出す。子どもたちが手をつないだままジリジリと近づいてくる。

 俺を中心に円が縮まる。

 足が動かない。叫びたいのに声が出ない。


「やめろ、俺は関係ないっ!!」


 やっと絞り出した声は虚しく闇に吸い込まれる。

 輪がすぐそこまで迫る。

 小さな冷たい手が首に、腕に、足に触れた。

 氷のように冷たく、焼けるように熱い。


『かごめ、かごめ……』


 ふたたび闇夜に歌声が響き出す。今は俺の口からその声が出ている。

 俺が歌っている。自分の意志じゃない。しかし舌が勝手に動く。

 喉が締め付けられ、息ができない。


 視界が揺れた。子どもたちの白い服が赤く染まっていく。

 突然、地面が崩れた。いや崩れたんじゃない。黒い穴が開いた。底の見えない闇。


 子どもたちが俺を引きずり込む。


『かごの中へ……お前も……』


 穴の奥から無数の手が伸びてくる。細い、骨だけの手。

 俺の体をつかんで引っ張る。皮膚が裂けるような痛み。血の臭い。

 俺の悲鳴は『かごめ、かごめ』に掻き消えた。




 目覚めると寮の自室だった。カーテンのすき間から朝日が差し込んでいる。

 時計は六時。汗で全身びしょ濡れだ。まだ心臓がバクバクしている。


「……ゆ、め?」


 重い体を無理に動かし、顔を洗おうと洗面所へ向かう。

 鏡を見ると首に赤黒い手形がくっきりついていた。腕にも、足にも。爪で抉られたような傷が無数に走っている。

 よく見ればシャツは泥と血でぐちゃぐちゃに汚れている。

 泥がこびりついた靴が床に転がっていた。


 スマホを充電し、軽くシャワーを浴びた。湯が傷にしみて辛かった。

 朝食を摂る気にはなれず、ネットで「かごめかごめ 都市伝説」で検索した。


「深夜、田舎道で『かごめかごめ』が聞こえると、顔のない子どもたちに囲まれる。彼らは『鳥』を捕らえ、魂を籠の中――闇の穴に引きずり込む」




 それから俺は夜道を歩けない。

 残業があってもタクシーで帰る。

 だが、毎夜、夢の中で歌が聞こえる。


『かごめ、かごめ……』


 目を開けると部屋の隅に白い影。

 顔のない子どもが立っている。

 毎夜、数が増えていく。昨夜は三人、今夜は四人。

 輪が近づいてくる。

 俺の体の傷も増えていく。

 血が滲む。


 鏡を見ると、顔が少し……ぼやけてる気がする。

 もうすぐ、俺もあの輪の一部になるのかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆



 佐々木はそこまで話してから自嘲ぎみに「どうかしてる」と呟き、空になっていた僕のグラスにビールを注いでくれた。


 仕事帰りにふらりと寄った居酒屋。偶然再会した友人、佐々木は別人のようにげっそりと痩せていた。

 仕事疲れのノイローゼから妄想にでも悩まされているのだろう。


「大丈夫。佐々木の顔、なんともない。疲れてるんだよ。今日は早めに帰ってゆっくり休んだ方がいいんじゃないか?」


 上手い励ましの言葉が見つからず、当たり障りのない言葉を投げる。

 佐々木は力なく笑って席を立った。


「そうだな、帰るよ」


 店を出ていく佐々木を見送り、唐揚げを頬張る。

 大学時代の佐々木はスポーツが得意で明るい性格だった。

 お互い歳を取り、見た目も性格もずいぶん変わって……。

 そこまで考えて箸が止まる。


 あれ? あいつの顔……どんなだったっけ……。

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― 新着の感想 ―
怖かったです((((;゜Д゜))))ガクガクブルブル 帰って⋯⋯戻って⋯⋯ないっ!(*ノェノ)キャー 読んでてゾワっとしました。 本当はホラーって苦手で⋯⋯でも、怖いもの見たさで最後まで読みました(笑…
ひーっ! 夜に読むんじゃなかった、こわぁぁぁ! 特に >甲高く、掠れていて、古いラジオみたいに途切れ途切れに聞こえる。 この部分がぞわっとしました。 短いながらもギュッと恐怖がつまったホラーに仕立…
ふぉぉ!最後の言葉がめちゃ怖いぃ((((;゜Д゜)))
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