第41話 クレアとの再会
「よっと……」
ソルはバハムートから飛び降りる。遥か遠方には国があった。あの国がフレースヴェルグである。
バハムートは巨大な黒竜の形態から人型に戻った。あんな大きな竜が国の近くに現れたらパニックになりかねない。
ここからしばらくは歩かなければならないが仕方ないだろう。
「ここからは歩いていくか」
「うむ……そうするかの」
二人で歩いてフレースヴェルグまで向かった。
◇
フレースヴェルグには多くの人がいた。それに賑わっていた。これから祭りでも行われるような、そんな活気のある状態に国はなっていた。
「随分と活気があるの。主人よ。この国はこういう国なのか?」
ソルは前にこの国に来た事があるが、今のような活気はなかった。周りを見れば屈強な戦士たちが闊歩している。前来た時はこうではなかった。もっと落ち着いていた印象だ。
「いや、前来た時はこんな感じではなかったんだけどなぁ……」
ソルは首を傾げる。そしてある事に思い当たる。
「そうだ! 剣神武闘会だ! 俺があのダンジョンに捨てられてから外の世界では半年の時間が流れてたんだ。ちょうど、半年後だったんだ。剣神武闘会が開かれるのが」
「うむ。なんだ? その剣神武闘会とは」
「剣の神を決めるべく開かれる武闘会の事だ。優勝者には多額の報奨金と豪華な景品が与えられるらしい。そして『剣神』の称号という名誉も」
「ふむ……人間は色々と考えるものだな。なぜそんな武闘会を開くのか理解に苦しむ。強者を決めたければ勝手に始めればいいだろう。闘いを始め、生き残ったものだけが強者だ。戦とはそれだけで良い」
野蛮だ。そして原始的だ。そして単純だ。だがそれもまたバハムートらしかった。
「強者を決めるとか、そういう理由だけじゃないんだよ。剣神武闘会は国の重要な観光資源になっているんだ。四年に一度行われる大きな武闘大会だから、大勢の観光客が訪れるんだ。俺達もその観光客に含まれている」
「ふむ……客が入ってどうなるんだ?」
「客が来ればそれだけ国の財政が潤うんだ。お祭り事があればそれだけお金が落ちる。国や人々が儲かるんだ。生活が豊かになるんだよ」
「ふむ。人間は色々と難しい事を考えるのだな。その『金』とはなんだ。そういえば腹が減ったの」
ぐう~。バハムートは腹が減ったようだった。
「おっ! ちょうどいいところにリンゴがあるなっ!」
「あっ! 馬鹿っ! バハムート!」
二人は今、市場にいた。バハムートは売り物をリンゴを躊躇いなく掴み、そして口に運んだ。
「あーん。むしゃむしゃ。なかなかに美味いな。人間もやるではないか」
躊躇なく一口で食べていた。
「お、おい! ちょっと待て! 人の店の商品勝手に食べやがって!」
店主が怒鳴っていた。当然である。バハムートがした事は無銭飲食、あるいは窃盗である。犯罪行為ではあるが、そもそも『貨幣』という概念すら知らないバハムートが人間の世界の『法律』なんていう取るに足らない戒律を知っているわけもなかった。
「どうしてくれんだよ! 金払えよ! 金っ!」
「えっ? あっ……そうだ!」
ソルは気づいた。自分達が金銭を一銭も持ち合わせていないという事に。
「なんだ、うるさいの。人間。あまり囀ると胃袋の中に入れるぞ」
「盗人のくせに随分と態度高いじゃねぇーか! 金払えよ! 金! いいから!」
バハムートには悪い事をしたという認識がない。ただ食欲を満たしただけの事だ。
しかしソルは今、手持ちの金がなかった。装備を売ろうにも魔剣ラグナロクは貴重な為、売る事は憚られた。
バハムートは武器などなくても戦闘力が異常に高い為、装備自体を持ち合わせていない。
バハムートの起こしたトラブルに右往左往していた時の事であった。
その時、ソルは思ってもいない再会を果たす事になる。
周囲の人々が騒めく。
「見て見ろ……あれは」
「この国の王女クレア様だ」
往来を衛兵と共に歩いてきたのはフレースヴェルグ国の王女クレア・フレースヴェルグであった。突然の王女の登場に比べれば、市場で頻繁に行われている窃盗行為などどうでもいい問題であった。皆の注目がそちらの方へ向かう。
クレアは一般的な王女のイメージとはかけ離れていた。一般的な王女とは大抵『白いドレスを着たか弱い少女』だ。だが、クレアはそのイメージとは正反対であった。身軽なライトアーマーを身に着け、腰に剣を携えたその姿は王女というよりはまるで女騎士のようである。
だが、その凛とした姿がまた良いという事で国の中では相当数のファンが彼女にはついているようであった。
その時であった。道を歩いていたクレアとソルの目が合う。
「うそ……」
クレアは声を漏らす。
「ん? なんだ? 知り合いか?」
バハムートは首を傾げる。
「ど、どうして、ソルがここに? 他人の空似じゃないよね」
「はは……久しぶりだな。クレア」
この日、フレースヴェルグ国でソルはクレアと運命の再会を果たしたのである。




