14 少年修復士と“呪い”の封印①
「実は、“呪い”を封じる一番確実な方法があるんだ。でも、僕はそれをするのは最後だと考えた。……君の全てを暴くことになるかもしれないから」
「どういうことだ?」
ヴィゼの言葉に、エイバははっと顔を上げる。
彼の正面で、ヴィゼが真摯な眼差しを向けていた。
「エイバが死んだら、燃やして封じればいい、って話をしたよね。それと同じだよ。“呪い”だけ封じてしまえばいいんだ。だけどそれをやるには……、“呪い”の正体を突き止める必要がある」
魔術に詳しくないエイバにも分かるよう、ヴィゼは説明を続ける。
「封印には古式魔術を使うんだけど、魔術式に封印対象を記述しなきゃいけない。でも“呪い”という古文字が失われたままで、仮に見つかったとしても、エイバごと封印してしまう可能性がある。もっと確実に、エイバの持つ“呪い”だけを特定する……“呪い”の真名を知る必要があるんだ。それができる魔術式を僕は知っているけど、それを使うと、“呪い”の情報だけじゃない、エイバ、君の情報全てを見てしまうおそれがある」
エイバは何とかヴィゼの言葉を呑み込んだ。
「それは、つまり、体重とか、身長とか……」
「それらも含めて、君の記憶や過去、思い、そうしたもの全てだよ。さすがに未来までは分からないと思うけど」
「……そんな魔術があるんだな」
「うん。簡単に使えるものじゃないけどね。魔力をおそろしく消費するから、術者は発動したら魔力回復のためにしばらく眠ったままになる」
「しばらくって……」
「経験上、一日から長くて一週間くらいかな」
「それ、本当に大丈夫なのかよ」
「多分ね」
実を言えばこの魔術はもっとリスキーなものなのだが、それを言ってしまうとエイバはますますうんとは言えなくなってしまうだろう。
「どうする? 猶予はなさそうだけど、無理強いはしないよ。考える時間が必要なら待つし……、」
「――いや、」
エイバはヴィゼを遮った。
冷たさも憎しみもない、彼本来の真っ直ぐな眼差しで、エイバは決意の言葉を告げる。
「やってくれ、ヴィゼ。頼む」
畏まった姿勢を意識すれば、自然と正座になっていた。
そのまま、頭を下げる。
「ちょ、エイバ……!」
「あいつを置いていかずに済むなら、何だってやる。ヴィゼ、どうか、頼む……!」
額を地面にこすりつけるようにしたエイバにヴィゼは慌てたが、その覚悟は十分に伝わった。
しつこく念を押すのも無粋だろう。
「……うん、じゃあ、やろう」
エイバの覚悟に見合うようにしっかりと頷いて、ヴィゼは苦笑を浮かべた。
「でも今はとにかく、頭を上げて。泥まみれだから、体を清めて朝食にしよう。詳しい話はその後で」
そういうことになった。
三人による話し合いの結果、エイバが“呪い”に乗っ取られかけた件はレヴァーレには告げないことを決めた。
だが何度も繰り返せば露見する可能性は低くないし、ヴィゼの口にした通り、いずれはエイバがエイバでなくなってしまうだろう。
早速明日には件の魔術を使用することを決め、三人はその日の仕事に出かけた。
そこでレヴァーレに、“呪い”に対抗するための本命の魔術を明日に、と告げる。
レヴァーレは期待と不安と緊張の入り混じった顔で、頷いた。
無事に仕事を終えてから、ヴィゼは明日の準備に取りかかる。
エイバも緊張した様子で夜を過ごし、ベッドに入ってからは寝たり起きたりを繰り返したせいか、その夜は“呪い”が表に出てくることはなかった。
「エイバ、ひどい顔だね」
翌朝、朝食の席でヴィゼは苦笑した。
「……なんか、嫌なこととか恥ずかしいことばっか思い出してた。ヴィゼ、お願いだから何を見たかとか誰にも言わないでくれよな。お前の胸の中だけにしまっておいてくれ」
「そこはちゃんと約束するよ。なんなら契約書でも作る?」
「……いや、」
エイバは少しだけ心が揺らいだようだった。
だが首を横にぶんぶんと振り、言う。
「お前を信用してる。頼むな」
「……うん」
そんな少年二人を穏やかな眼差しで見つめ、ゼエンは朝食の後片付けをした。
約束の時間にレヴァーレがやって来て、四人で研究部屋に移る。
旧納屋で行っても良いのだが、研究部屋の方が結界がきちんとしているし、ヴィゼが気を失った後のことも楽なはずだということで、実行場所はこうなった。
研究部屋には散乱した本や書類、あちらこちらに落書きのような文字があって、初見のエイバとレヴァーレはぎょっとしたようだ。
まじまじと見たことのなかったゼエンも、物言いたげである。
危ういものはきちんと隠したのだが、もう少し整理すれば良かっただろうか、とヴィゼはちらりと考えた。
「エイバはこっち。二人は少し離れたところに」
とりあえず部屋に対する三人の反応は無視することにする。
ヴィゼが一番奥に、その前にエイバを手招き、レヴァーレとゼエンには入口付近に立っていてもらうことにした。
ヴィゼは本棚に置いてあった小瓶を複数手に取り、自分の足元に並べる。それはヴィゼが毎日作っている魔力のストック、魔力を封じた瓶であった。今回事に当たるに対して、ヴィゼ自身の魔力だけでは足りないだろうと踏んだのだ。
彼はさらにその周りに、自分のマントやクッションを並べていた。
気絶することは分かっているので、体が倒れた時のためのものである。
「それじゃあ早速始めるけど……、ゼエン殿、レヴァーレさん、何が起きても魔術の発動中には絶対に手を出さないでください。目的を達して僕の意識がなくなったら、そこのベッドに運んでくれると有り難いですが」
神妙な顔で、三人は首肯した。
「後は言ってある通りです。おそらく魔術自体はすぐに終わると思います。その後は普段通りに。僕が目覚めたら、今度は“呪い”の封印を実行します。何日眠ったままになるか分かりませんが、その間のことは……」
「任せといて、ヴィゼさん」
「はいですなぁ」
「数日くれえでどうこうなるほどひ弱じゃないぜ」
だから安心してくれとそれぞれに示してくれる仲間たちに、ヴィゼは微笑した。
――失敗は、許されないなぁ。
プレッシャーを覚えながらも、肩の力が抜けたように感じる。
――よし。
ヴィゼは改めて気合を入れた。
コンディションは良い。
きっと成功する、と思った。
「それじゃエイバ、適当に座って」
言いながら、ヴィゼも足を組んで床にそのまま尻をつける。
立ったままでもいいが、倒れた時に痛い目を見るというのは経験済だ。
「手を」
伸ばされた右の手のひらを、左の手のひらで握る。
緊張のために、どちらの手のひらも汗ばんでいた。
「――始めます」
宣言して、集中するようにヴィゼは目を閉じた。
ヴィゼとエイバ、二人を中心に渦巻くように、光の古文字が現れる。
それはとても長い魔術式だった。
修復魔術の術式よりも数多くの古文字が乱舞する。
その光景に、三人は見入った。
その中心にいるエイバは余計に感じ入ったようで、束の間、息をすることすら忘れてしまう。
一方ヴィゼは、努めて呼吸を整えていた。
途切れないよう、古文字を紡ぐ。
魔術式の終わりを告げる文字を宙に描いた瞬間、膨大な情報の波が彼の中に押し寄せ、そして目を凝らし、手を伸ばしたヴィゼの目の前にそれは現れた。
――黒い女……、黒い、竜……。
やがて光の文字はきらきらと舞い散るように消えていく。
最後の光が消えた時、ヴィゼの体は力を失い、昏倒した。




