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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第4部 修復士と古の“呪い”

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08 少年修復士と離郷



 風をほんの少し暖かく感じ始める頃。

 ヴィゼは故郷であるフルス王国を離れた。


 悪行を尽くした父領主を処刑へ追い込んでから、後。

 その男の手足となり罪を働いた事実はあったものの、父の不正の証拠を差し出し、ヴィゼは司法取引により国外追放となったのである。


 母と、“あの子”と過ごした地だ。

 寂寥はあったし、母の墓に二度と参ることはできないと、申し訳なくも残念にも感じたが、抵抗は大きいものではなかった。

 そもそも国外追放とはヴィゼの言い出したことなのである。

 彼は外に求めるものがあった。


 “あの子”を取り戻すための魔術。


 それだけがヴィゼの目的で、“あの子”に会うことが彼の生きる理由で、ヴィゼにはそれだけだった。








「では協会へ向かいましょうか」

「はいですなぁ」


 キトルスの街に入って開口一番、ヴィゼは同行者であるゼエンにそう告げた。

 穏やかに頷いたゼエンは、以前にもキトルスに来たことがあり、迷うことなく目的地へ足を向ける。

 ヴィゼは有り難く、ゼエンに従い歩き出した。


 賑やかな街だ、とヴィゼは周囲を把握しながら歩を進める。

 フルスとモンスベルクは隣り合っており、歴史的には元々一つの国だった。

 文化的な違いはほとんどないが、フルスでは見られないものが目に入って来れば何とはなしに気分が浮き立つ。


 ――五百年前の景色とはきっと違っている。でも、アサルトもこの道を歩いたかもしれない……。


 五百年前、大陸の北半分を支配していた帝国ヴェントゥス。

 その最後の皇帝がアサルトである。

 彼の人は白竜を娶り姿を消したとして、今尚人々の口に上る存在だ。

 伝説の皇帝は、剣士としても、魔術士としても、鬼才の人であったという。

 彼の人が探し出した古文字は千を優に超え、「魔術において不可能はない」等と言い放ったと当時の書は語る。

 しかし彼は、この世界と己と白竜のために、いくつもの魔術を消し去ってしまった。


 ヴィゼはそんな彼の痕跡を、かの皇帝の手から取り零された知識を追っている。

 ヴィゼがモンスベルクへやって来たのは、ここならば彼の求めるそれが手に入る可能性が高い、と判断したからだ。

 モンスベルクはヴェントゥスの崩壊後興った国の一つだが、そのヴェントゥスの元中心部を含み、アサルトと縁の深い土地も多い。

 だからきっと、とヴィゼは成長途中の手のひらをぎゅっと握った。






「すみません、ヴィゼ殿。まさかこのようなことになるとは……」

「いえ、まぁ、仕方がないですよ」


 協会に到着し、さっさと戦士登録を済ませようとしたヴィゼだったが、予想外の出来事に見舞われた。

 ゼエンの顔を知っていた協会関係者が血相を変え、ヴィゼたちは別室に通されることとなったのである。


 ゼエンはフルスの元近衛師団長だ。

 彼が職を辞した情報は協会も手に入れていたようだが、まさか隣国の協会に戦士登録をしにやってくるとは想像だにしないことだったようである。

 戦士として受け入れて問題が生じないかと、協会はゼエンの所属に関して即断できず、幹部メンバーを集め話し合いの場が設けられた。


 その間、さもありなん、とヴィゼは大人しく、ゼエンは申し訳なさそうに決定を待つ。

 協会幹部たちは随分と揉めたようで、待つ時間は短くはなかった。

 しかしその甲斐はあって、待機する二人の元に所属を認める旨の通知が届いた時には、ヴィゼもゼエンもほっと胸を撫で下ろしたのだった。



 ついで、というわけではないが、別室というのは非常に都合が良く、ヴィゼは自身の前科者という立場を協会に明言しておくことにした。


 常に戦力を欲している協会の登録は、難しいものではない。ただし経歴はきちんと調べられるし、所属後はある程度の品位や節度が求められ、前科者等は監視をつけられることもある。


 協会が調べれば、ヴィゼが咎人であることはすぐに判明するだろう。

 下手に隠し立てするより印象が良い、と考え、ヴィゼは事情を語った。


 それを聞いた職員は、ヴィゼを咎めるより同情してくれたようだ。

 訳ありの戦士はヴィゼだけでなく、彼より性質の悪い者はいくらでもいる。

 それと比べればヴィゼは全くまともな部類で、悪い父親を持った哀れな少年、と受け取ったようだ。

 ヴィゼの名誉が守られるよう配慮する、と約束をくれた。


 同時に職員の目には納得の色があった。

 ゼエンがヴィゼに同行している理由がはっきりしたからだろう。

 ヴィゼは職員に、こう説明したのだった。


「ゼエン殿は、罪人である僕の監視役です」

「後進も育っておりましたし、そろそろ隠居かと考えておりましてなぁ。ヴィゼ殿を言い訳にさせてもらってお役御免になったというわけです」


 ゼエンは出会った当初からそのように言っているが、それが本当なのかどうか、ヴィゼはほとんど信じていなかった。




 ゼエンと初めて顔を合わせたのは、フルスの王宮でのことだ。

 ヴィゼが国外追放処分を公に宣告される少し前。

 王宮の一室でその時を待つヴィゼの元に、ゼエンはフルス国王と共に現れた。


 早々に王宮を立ち去りモンスベルクへ向かうことばかり考えていたヴィゼは、まさか直前にわざわざ国王が足を運んでくるとは思わず仰天したものである。

 父領主を訴える際、国王ともその護衛であるゼエンとも顔を合わせていたが、再度こうして見えるとは予期せぬ事態だった。


 国王は父領主を相当に鬱陶しがっていたようで、ヴィゼに感謝を告げると、国外追放の身となることに迷いはないかと改めて問いかけた。

 国王はヴィゼの領地での活躍を聞き、その才能をフルスのために使わせたかったようだ。

 追放以外の手段もあると国王はほのめかしたが、ヴィゼの気持ちは揺らがなかった。

 フルスでの魔術資料集めはほとんど終えている。もちろん手が伸ばせなかったものもあるが、それについては"協力者"に依頼をしているため、ヴィゼはここ以外の何処かに行くことしか考えられなかった。


 ヴィゼがはっきり出ていく覚悟を見せれば、国王はしつこく食い下がることはせず引き下がる。

 しかしただでは終わらず、その代わりにとゼエンを示した。


「ならば、護衛兼世話役としてこやつを連れて行け」


 あまりの不意打ちに、ヴィゼは国王の前で間抜けな声を上げてしまうところだった。


「此度の借りは大きい。褒美もとらせられぬとは、釈然とせんからな」


 目を白黒させるヴィゼに頓着せず、国王は続ける。


「追放後、そなたに不幸があっても寝覚めが悪い。その点こやつがついていくなら安心だ。腕は立つし世慣れているからな、非常に使えるやつだぞ。正直他所にやるのはもったいないくらいなのだが……」

「そろそろ責任を重く感じるようになりましてなぁ。気楽な身に戻ろうかという時に、ヴィゼ殿のお話を窺いまして」

「同い年で余より余程若々しくしておるのに、よく言うものだ。とにかくそういうわけだ、連れて行け」


 どう考えてもそれはおかしいというか、駄目だろう。

 近衛師団長を罪人にくれてやるなど、聞いたこともない。

 混乱しながらもヴィゼは何とか口を開いた。


「恐れながら陛下、ゼエン様のような貴重な人材は、この身にはあまりにも過分かと……」

「謙遜だな。魔術の才能と将来性において言えばそなたの方に軍配が上がろう。だが、そなたがそう申すのであれば言い方を変えよう」


 そして国王は口調を変え、冷ややかに告げる。


「――こやつをそなたの監視につける。父の二の舞にならぬよう、肝に銘じることだ」


 ヴィゼは一瞬にして血の気が引くのを感じた。

 護衛というのも世話役というのも嘘ではないだろう。

 けれど最後の言葉こそ、国王の本当の用件だったのだ、と思った。

 謝絶の選択肢は断たれ、その日の内にヴィゼはゼエンと共に出立した。




 ヴィゼはゼエンを監視役であると信じていた――そもそも監視がつくこと自体は彼の想定の内だった――が、最初はそれ以上に暗殺者ではないかと疑ってもいた。

 というのも、ヴィゼは王宮に向かう際、"仲間"から父領主を恨んでいるとして気をつけるべき人物の名を聞いていたのだ。

 その一人に、ゼエンの名もあった。

 どうやらゼエンについての一部の情報は国によって秘匿されているようで、詳しいことは分からないが、それならばヴィゼはゼエンにとって敵の息子である。

 父領主が処分された以上、復讐の対象がその息子に移っても何の不思議もない。

 父領主を死に追いやったのはヴィゼだが、それすら恨みの理由になることもあるだろう。


 ヴィゼは道中を戦々恐々として過ごした。

 一方で、殺されるならばそれはそれで仕方のないことかと諦めてもいた。

 ヴィゼが己で選んだ父親ではないが、父領主の元でその手足となって働いたことは事実である。

 殺されても文句は言えない、とヴィゼは思っていた。


 ――だけど、“あの子”に会えないままなのだけは、嫌だなぁ……。


 そんなヴィゼの思いを知ってか知らずか、ゼエンは至って穏やかであった。

 丁寧な物腰には憎悪の欠片も見出せず、むしろフルス国王の言う通り、モンスベルクへの旅はゼエンのおかげですこぶる快適だったのである。


 何よりも野宿の際に振る舞われた彼の料理は大変に美味だった。元近衛師団長という肩書を疑ってしまうくらいの味。最初は毒が入っているのではないかと心臓に悪かったが、そんなことはその料理を一口食べただけで吹っ飛んでしまった。

 現金なもので、胃袋を掴まれたヴィゼは、少しだけゼエンへの警戒心を解くことにした。


 ――監視がこういう形なのは想定外だったけど、これはこれで良かった、かな。陛下が懸念したように、僕はいつか、もしかしたらあの男のようになってしまうかもしれない。その時はゼエン殿が僕を斬ってくれる……。


 それはとても、安心できることだ。


 “あの子”に会うために禁忌を犯すことは決まっている。

 そこに躊躇いはない。

 そのことで、ヴィゼはきっと自分が壊れている――もしくは歪んでいるのだろう、と感じていた。

 完全に壊れきってしまった時、自分がどうなってしまうかなんて分からない。

 実父のようにだけはなりたくない。

 けれどもしそうなってしまったら。

 その時は、ゼエンがヴィゼを止めてくれる……。


 ――“あの子”を取り戻すのだけは、邪魔させるわけにはいかないけど……。






 ヴィゼはふと小さな溜め息を漏らした。

 協会への登録が終わり、“あの子”を取り戻すための一歩を踏み出すことができた、と。


 ヴィゼが協会への戦士登録を決めた理由はいくつかある。


 理由の一つは、端的に言って、金だ。


 ヴィゼはこの年である程度の蓄えを持っている。

 父領主の元で働いていた頃、魔物退治の仕事が舞い込むことが多かったためだ。

 父領主は吝嗇家で協会に依頼を出すことを惜しみ、その上出兵さえ出し渋って、ヴィゼは少ない戦力で四苦八苦したものである。それなのに得た素材は父に没収され、ますます恨みは募った。

 そんな中で何とかその強欲な目をかいくぐり、ヴィゼは素材の一部を自分の懐に入れ――これは正当な報酬であろう――、それが積もってそれなりの額にはなった。


 しかし、これから生きていくためにそれだけでは足りないので仕事をしないわけにはいかない、というわけである。

 いつか“あの子”を取り戻した時、金で苦労させるわけにもいかない。


 もう一つの理由は、情報と魔術資料である。


 キトルスは交通の要所で情報が集まりやすい。ヴィゼがキトルスを最初の活動場所に選んだのはそれも大きかった。

 そのキトルスにある協会には、それこそ魔術その他の情報がいち早く集まるだろう。協会に所属していれば何かしらの話が耳に入ってきやすいはずだ、とヴィゼは考えていた。

 何よりも協会が抱える魔術の資料、重ねられてきた研究データは喉から手が出るほど欲しい。協会が独占している知識はかなりのものだ。公開されているものは多くはないが、これから信を得ていけばそれらを手に入れることも可能なはずだった。

 いざとなれば多少後ろ暗い手も使うつもりだが、その出番は少なければ少ないほどいい。






 そうして、協会から出たヴィゼは、大きく伸びをした。

 ようやく解放された、との思いでいると、のんびりとしたゼエンの声に尋ねられる。


「さて、この後はどうしますかな?」

「今日はもう、薦めてもらった宿でゆっくりしましょうか」


 ずっと馬車に揺られて移動を続け、協会では予期せぬこともあり、じっとしている時間の方が長かったが疲労が溜まっている。

 協会への登録が終わったところで次にすべきことはたくさんあるし、“あの子”に会うことを思えば気は急くが、最初から無理をするのは止めておこう、とヴィゼは判断した。


「その前に、ゼエン殿は寄っておきたいところとか、ないですか」

「急ぎのものは、特にありませんなぁ」


 そういうわけで、二人はまっすぐ宿に向かうと、夕食を取って早々にベッドに入り、その日を終えたのだった。




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