04 少年剣士と初仕事②
四人は早速、綻びが発生した場所に最も近い村へと向かった。
途中までは馬で、魔物の出現場所の手前からは徒歩での移動である。
辿り着いた村はエイバの故郷と同じような規模で雰囲気で、郷愁に誘われそうになるのを、彼は首を振って追いやらなければならなかった。
「今のところ運良く遭遇していませんが、いつ魔物が出てくるか分かりません。警戒を怠らないでください」
ヴィゼたちがいる前なので、レヴァーレが丁寧な言葉でそう忠告を寄越す。
協会が結界を張っているためその範囲から魔物が逃げ出すことはないらしいが、逆に言うとこの村は結界の範囲内なので、どこに魔物が潜んでいてもおかしくないらしい。
しかし、そう告げるレヴァーレも、ヴィゼもゼエンも殊更に身構えるような様子はない。かといって油断など微塵も感じられない。
――なんつうか、プロって感じだ……。
エイバはそんな三人に、黙々とついていくばかりだ。
「村を出て南西にまっすぐ……、比較的すぐに綻びが見えてくるそうですが……」
レヴァーレがコンパスを持ち、綻びまで誘導してくれる。
周囲を警戒しながら、前衛を任されたエイバは先頭を歩いていたが、黒い影が向こうから凄まじい速度でやってくるのを目に映し、叫んだ。
「――来た!!」
「ヘルハウンド、ではありませんね。ライラプスですか。倒す時は首を落とすなりして確実に息の根を止めてください。死なない限り、たとえ致命傷を受けても敵に喰らいつくことを止めませんから」
冷静な声が、エイバの後ろからする。
続けて、ゼエンとレヴァーレが言う。
「二頭目、三頭目を確認。どうやら仲間を呼んでいるようですなぁ」
「ヴィゼさん、綻びを発見しました。向かってくる先頭のライラプスの右後方。向こうの水辺が見えます」
「結界を張ります。エイバ殿、ゼエン殿、お願いします」
綻びを認めたヴィゼが結界を張るのはすぐだった。
ゼエンに肩を叩かれ、はっとエイバは駆け出す。
迫りくる影と後方の落ち着きすぎた会話に状況把握が追いつかないが、とにかく己に任された役目を果たさなければと、それだけを考えて動く。
向かって来るエイバに、敵は標準を合わせてくれたようだ。
一直線にエイバを目指してやってくる一頭に、彼は口を引き結ぶ。
近くで見れば、相手は黒というより濃茶の毛皮を持っていた。
一見したところは犬であるが、襲い掛かってくるその面は凶暴性に満ち満ちていて、臆病な人間が見ればそれだけで足元から崩れ落ちてしまいそうなものだ。
あとわずかで触れてしまう距離まで、その一頭に接近。
牙を向いたその脳天めがけて、エイバは剣を振り下ろす。
確実に息の根を止めなければ、と頭を選択したが、だからこそ相手にとっては避けやすかったようだ。
それでも剣先は敵の目を傷つけ、魔物は恐ろしい唸り声を発した。
互いに距離を取り、睨み合う。
だが、その敵の背後から、二頭目、三頭目と迫ってくるのが視界に入ってきた。
やばい、と焦ったエイバの目に、ゼエンの姿は全く映っていなかったのだが――次の瞬間。
一迅の風が吹いた、と思えば、後ろの敵が胴と首を断ち切られ、声も発することなく野に血溜まりを作った。
――なんだそれ!
驚きに目を見張ったエイバに、それを好機と見たのか、目に傷をつけられた一頭が再び襲い掛かる。
しかしその牙は、レヴァーレの障壁によって防がれた。
――これが障壁か! いつからあったんだ? 最初からあったのか?
目に見えない盾に驚き、つい後ろを振り返りそうになるが、敵が隙を見せた瞬間を見逃すわけにはいかなかった。
エイバは一歩踏み込み、今度は狙いやすい胴体に一気に剣を突き刺す。
障壁は返り血も防いでくれるようだ。
有り難い、と思いながら、耳障りな声を上げる敵の首を落として止めを刺す。
その間に、敵は数を増やし四方八方から四人を囲もうとしていた。
エイバにはそれがかなりの数に見え、四人でどうにかなる数なのかと思いながら、再び襲い掛かってきたもう一頭に剣を向ける。
そんなエイバに集まってきたそれ以外をゼエンが鮮やかな手並みで屠る。
さらに集ってくる遠くの敵は、ヴィゼの攻撃魔術が仕留めた。
複数の敵の足元の土を固めて足止めし、上から無造作に風の刃を落とすというやり方で、相手の息の根を確実に止める。
敵に攻撃をかわさせず、効率的に倒すために選んだ手段だった。
――これで必要最小限かよ? 魔術士ってのは恐ろしいな……。
ヴィゼの魔力保有量は並の魔術士と比べると相当なものなのだが、この時のエイバはそのことを知らない。
ヴィゼが敵の数を減らしてくれたのを見、焦りがちだったエイバの心は落ち着いた。
これなら何とかなりそうだ、と思えば、ゼエンの動きが少し見えるようになってくる。
ゼエンにはかなり余裕があるようで、エイバが多少手間取っても全く動じた様子はないし、それどころかエイバが二体以上を相手にすることがないようにしてくれているようだった。
任せておいて大丈夫、どころかエイバがいなくても問題ない、のだろう。
だからこそレヴァーレも、エイバをこの二人組と共に行動させたのに違いなかった。
――悔しいが、有り難い。
そんな思いで剣を振るっている内に、いつの間にか周りに動く敵はいなくなっていた。
肩で息をしていると、レヴァーレが近付いてくる。
「お疲れ様です。怪我はありませんか?」
「あ、ああ……。おかげさまで、助かった」
「どういたしまして」
レヴァーレがにっこりと笑う。
エイバはもう一度ふう、と大きく息を吐いて、剣を鞘にしまった。
「これで終わり、か……?」
「おそらく。確認が終わるまで断言はできませんが。少し休憩します?」
エイバは頷いた。
差し出された水筒を素直に受け取り、地面に血の飛んでいないことを確認して、どかりと倒れこむように腰を下ろす。
エイバが水を呷る一方で、ヴィゼが綻びに近付いていた。その傍らに、ゼエンの姿がある。
まだ完全に警戒を解いていない様子だ。
敵の掃討を確認していないからだろう。
自分はこうして座り込んでしまったが、良かったのか、とレヴァーレを見上げる。
彼女が腰かけないのは、エイバの代わりに周囲を警戒してくれているからだ、とその目を見て分かった。
「あー、なんか、悪いな。俺だけ」
言いながら、立ち上がる。
「いいんですよ。……今回は初任務ですし。ヴィゼさんたちも、少し休んでもらってください、と」
「……あいつ、気ぃ遣いすぎだろ」
「素材回収も大変ですから、その時に存分に働いてもらうつもりもあるみたいですよ」
ふふ、とレヴァーレが笑う。
エイバは周囲の死骸を見渡して、げんなりとした表情を隠せなかった。
「ああ、修復が始まりましたね」
ぽつりとした言葉に、エイバは顔を上げる。
レヴァーレと同じ視線の先で、ヴィゼを囲むように光る古文字が浮かんでいた。
紡ぎ出される長い魔術式は、きらきらと光を放って消えていく。
同時に、綻びも。
光の乱舞は、儚くも美しい。
その光景に、エイバは息も忘れて見入っていた。
その後、エイバたちは魔物の残党がいないかどうか確認し、素材回収をして、任務完了となった。
疲れた体を馬に乗せ、四人はキトルスへ戻る。
協会への報告を終えたヴィゼは、報酬に関してこう言った。
「報酬は、素材を売った分も合わせて等分で構いませんか?」
「いやいやいや、それは俺がもらいすぎだろ」
「そんなことはありませんよ」
ついていかせてもらったという経緯を忘れるわけもない。
否定の声を上げたエイバだったが、ヴィゼを筆頭に他の二人にもそれを否定されてしまった。
「討伐数はゼエン殿が一番、僕とエイバ殿が同じくらいでした。素材回収もエイバ殿がいてくださったおかげで大分楽をさせてもらいましたし」
「俺はフォローされるばっかだったし、素材回収は全員でやったことだろ。それなら修復したヴィゼと、討伐数が多いゼエンさんと、ずっと障壁を張っててくれたレヴァーレ、さん、が多くもらうのが筋だろ」
ヴィゼが平等にしたい思いも分かるし、エイバの遠慮も主張も分かる。
少年たちの互いに譲らない姿に、ゼエンは小さな笑みを漏らした。
レヴァーレに視線を向ければ、心得たとばかり彼女は頷く。
「協会職員として、仲裁に入らせてもらいますね」
このままでは平行線であると自覚のあった少年たちは、にこやかなレヴァーレに視線を向けた。
「まずは報酬の内、修復に対するプラス分は分けておくべきかと。修復はヴィゼさんの手柄ですから、その報酬は当然全てヴィゼさんが受け取るべきです」
「……修復を行ったのは確かに僕ですが、その時周りを警戒してくれていた皆さんがいたからこそ僕はそれに集中できたわけで……」
「これは他の修復士の皆さんにも同様にお支払いしているものですから」
きっぱりとレヴァーレは言って、ヴィゼの反論を封じた。
「それ以外は等分にするとして……、その内、エイバさんから私へ仲介料、ヴィゼさんとゼエンさんに勉強代を払って……」
貰える金額が減るのは残念だが、その方が納得できる。
エイバはうんうんと頷いた。
「そして私、ゼエンさん、ヴィゼさんから、帰りの荷物持ちの雑用代をエイバさんにお支払いして……。これで公平に報酬を分けられたと思いますが、いかがですか?」
最終的に、修復代を貰ったヴィゼの報酬額が最も多く、他の三人は残った報酬を均等に分け合うこととなった。
結局希望より多くを貰うこととなったヴィゼとエイバは、釈然としない面持ちで顔を見合わせる。
「さすがはレヴァーレ殿です。これならば文句はありませんなぁ」
「有難うございます。それでは皆さん、お疲れさまでした。またよろしくお願いしますね」
最年長者のゼエンが微笑んで頷き、レヴァーレも眩い笑顔になる。
それに文句を唱えることなどできるはずもなく、少年たちは苦笑するしかなかったのだった。




