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黒水晶の竜  作者: 隠居 彼方
第4部 修復士と古の“呪い”

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03 少年剣士と初仕事①



 翌朝、エイバは日の出とともに宿屋のベッドから抜け出した。

 宿屋はレヴァーレの紹介を受けたところで、主に戦士相手に格安で部屋を提供しているらしい。

 かなり狭苦しいがそれでも個室であるし、朝夕食も出してくれる、金のないエイバには大層有り難い宿だった。


 敷地内では多少の鍛錬も可ということなので(当然、建物を壊さなければ)、裏手の開けた場所で剣を振る。

 彼の師は実家の鍛冶屋に度々訪れていた剣士らだ。彼らの「毎日欠かさず剣に触れろ」という教えに、エイバは忠実に従っていた。


 その後、かなり汗をかいたので体を清めてから、朝食をとり、宿を出る。

 約束の時間には随分と早かったが、神殿に寄ってみたかったのだ。


 神殿への出入りに時間は関係ないらしい。

 静謐で荘厳な雰囲気に若干呑まれつつ、エイバは開けた出入口から中に入った。

 中に入って進んでいくと、壁で隔てられた空間にそれぞれ異なる神を祀る社が置かれているのが見えてくる。


 ――なるほど、こういう感じか……。


 エイバの生まれ育った村にあったのは、農耕の神を祀る小さな社がただ一つ。

 それを当然としてきたから、目の前にあるものに感心するより他ない。


 ――昨日から感心するばっかだな……。


 苦笑しつつ、エイバはまず戦いの神に勝利祈願をした。

 次いで、健康の神に祈り――最後に、天と地の神の前で膝をつく。


 天の神、地の神と別々に祀られることもあるが、大抵この二柱は一緒に扱われることが多かった。

 それは、この二柱が生と死を司る神だからである。


 人が死ぬと、体は大地に還り、魂は天に還るという。

 新たな命が生まれると、天で一つになった魂から一欠けらがまた与えられる。新たな命は、天と大地の恵みで体を養う。

 そしてまた、人は天と地へ還る……。


 それがこの大陸での一般的な死生観であった。

 だから人々は天と地の神に、今の命があることを感謝し、死の際とその後の安らぎを祈る。還っていった大切な人への想いを、託す。


 ――親父、俺は、キトルスに来たぜ。親父が最後まで抗ったように、俺も……、どこまでやれるか分からねえが、やってみる。


 決意を込めた瞳が、神の社のその向こうまでをも射抜くようだった。

 しばらくそのままでいたエイバだが、やがて立ち上がり、深く腰を曲げて礼をすると、踵を返した。


 奥まで行くと、教会関係者のための建物に繋がっているらしい。

 小さな子どもが奥の扉からひょっこり顔を覗かせているのが見えて、エイバは笑って手を振ってみた。

 子どもは驚いたようだが、はにかむように微笑んで手を振りかえしてくれる。

 孤児なのだろう。教会は神殿の管理だけでなく、身寄りのない子どもたちを積極的に受け入れていると聞いていた。


 ちなみに、ここで言う神殿とは神を祀る建物を指し、教会とは神殿を管理する組織を指す。教会はそれだけでなく、広く地域の子どもたちに対し読み書きや計算を教えたり、怪我人や病人の治療なども行っている。

 医師や治療術師は協会に所属している場合も多く、また協会から多額の寄付があることもあって、教会と協会は切っても切れない関係にあった。呼ぶ時にややこしいのでいっそ同じ組織になってしまえ、と言う者もいるくらいである。


 ――昨日レヴァーレ、さん、も協力関係とかって言ってたっけか……。今の俺にできるのは、奉献箱に小金を入れるくらいだな……。


 呼び捨てにしてくれと相手に言ったはいいが、自分は呼び捨てにできないエイバだった。


 ――いつか、何か、できるなら……。


 扉の奥に姿を消してしまった姿を見送って、エイバは今度こそ背を向けて歩き出す。


 ――なんてな。俺には望むべくもないこと、か……。






 協会の扉を開けて入っていくと、昨日よりもその中は戦士たちで賑わっていた。

 仕事に行く前なのか、仕事を探しているのか。

 朝が一番込み合うのかもしれない、と考えながら、エイバは邪魔にならないよう壁際に移動する。

 掲示された依頼書などあちこち見てみたかったが、軽々しく近付いていくのは何となく躊躇われた。

 レヴァーレからは、時間までに協会に来てくれれば声をかけるから、と言われている。

 戦士たちの顔ぶれを失礼にならない程度に眺めながら、大人しくその時を待つことにした。


 ――なんか、緊張してきたな……。


 今日組むことになるかもしれない二人組はどんな相手だろうか。そもそも組んでくれるだろうか。組んでくれたとして、自分は上手く動けるのか。下手を打って、誰かに怪我でもさせてしまったら。


 暗い方向に思考が向かう。

 何度か魔物を倒したことはあるが、一人だったからそんなことは考えなかったのだ。


 彼を鍛えてくれた剣士たちは口々に見込みがあると言ってくれたし、何度かの戦いで生き残れたのは、運もあるし別の要因もあるが、エイバにそれだけの力があったからである。

 そうは思うが、やはり経験は少ないし、連携など全く分からない。

 周りを見てみれば強そうに見える者たちばかりで、劣等感に苛まれてしまった。


 ――くっそ、俺らしくない弱気だぜ……。どの道俺は、逃げられねえってのにな。殺さねえと、死ぬんだ。戦わずに死ぬくらいなら、戦って死ぬ。たとえ少しでも、何かを守って死ぬ。そう決めただろうが……。


「おっはよー、エイやん!」

「!」


 エイバのもの思いは、この明るい声によって霧散した。


「怖い顔になっとるよ? 初仕事やからってあんま力みすぎたらあかんで」


 顔を覗き込んでくるレヴァーレは、昨日と変わらずエイバの目に眩しく映った。

 今日の彼女は昨日よりも動きやすい服装で、その上に胸当てや手甲などの軽鎧を身につけている。

 女性らしい華やかな装いではないが、これはこれで見惚れてしまい呆けていると、不思議そうに首を傾げられた。


「エイやん?」

「お、おう、悪い」

「ええけど、大丈夫? やっぱまだ疲れとかあるんちゃう?」

「問題ない」


 しっかりと頷いて見せれば、レヴァーレはほっと笑う。


「さっきな、二人に話してみたら、OKやって。あっちで待ってもらっとるから、ついてきてや」


 エイバはごくりと唾を呑み込んで、レヴァーレに続いた。

 カウンター脇の細い通路に入り、いくつも並ぶ小部屋のひとつに通される。


「は、入っていいのか?」

「ええよー。ここはな、会議とか、ちょっと外では話せん秘密の話をしたりするのに使ったりする部屋なんやけど、申請すればいつでも使えるから、何かあったら使ってや。埋まっとることはほとんどないから」

「今からするのは秘密の話なのか……」

「そうやないけど、あっちうるさかったし。最初が肝心やからな。落ち着いて話せた方がええと思て」


 どうやらレヴァーレが気を遣って部屋を借りてくれたようだった。


 彼女が開けてくれたドアを大人しく潜れば、レヴァーレ曰く「黒い少年と白い紳士」が、楕円形のテーブルの脇、エイバから見て左側に揃って立っている。

 二人を見たエイバの最初の感想は「言い得て妙」だった。


 黒い少年はまさしく黒い少年で、頭からつま先までとにかく黒い。髪の色は若干藍色がかっているがほぼ黒で、理知的な瞳もやや青味を帯びた黒を湛えている。かけている眼鏡も黒縁で、ローブも黒で、その下の服もどうやら黒で、ブーツも黒で、持っている杖も黒い。

 年頃は、エイバより間違いなく年下だろう。小柄で細身で、不健康そうな顔色をしている。正直なところ、「こんな子どもを魔物討伐にやって大丈夫なのか」と言いたくなるような容貌だ。

 しかしそれとは真逆にその態度は妙に落ち着いていて、年不相応に老成したような雰囲気をエイバは感じ取った。


 一方の白い紳士は、黒い少年ほどは極端ではない。隣に黒い少年が立つために、白い紳士の淡い色合いが強調されて感じられるのだろう。確かに髪色も薄いし、瞳の色も灰色がかっている。鎧も白銀だが、その下のシャツやパンツにはちゃんと(?)色味があった。

 こちらは、熟年と言ってよい年頃だろう。

 穏やかな風貌は、軽鎧と細剣がなければ、とても戦士には見えない。

 けれど何故かエイバは、この人はヤバイ、と思った。レヴァーレの口にした通り、紳士的な雰囲気ではある。だが、これまでに見てきた戦士の中で、もしかしたら最も強く、恐ろしい相手なのではないか……根拠もなく、そう感じた。


「お二人とも、お待たせしました。それでは、紹介しますね」


 静かにドアを閉めたレヴァーレが、二人と一人の間に入って微笑む。


「こちらが先ほどお話ししましたエイバさん。エイバさん、こちらは魔術士のヴィゼさん、それから魔術剣士のゼエンさんです」

「ヴィゼです、よろしくお願いします」

「ゼエンと申します。よろしくお願いしますなぁ」

「え、と、こちらこそ、よろしく頼む。その、突然押しかけるような形になって、すまない」


 確かに二人はとても礼儀正しいようだった。

 敬語を使うことに慣れていないエイバは、つい気後れしてしまう。


「構いませんよ。前衛がいてくれれば、こちらも助かりますから」

「前衛……」

「その辺りの話を詰めてから向かった方が良さそうですね。座りましょうか」


 年齢から順当に考えてゼエンがイニシアティブをとっているかと思いきや、その逆らしく、主導は専らヴィゼが握って話が進む。

 初心者丸出しのエイバに欠片も苛立ちを見せることなく、ヴィゼは穏やかな笑みさえ見せた。

 彼の言葉で全員がテーブルを囲み、レヴァーレがその意を汲んで地図を広げる。


「まず依頼についてです。地図上ではここ――キトルス南西にある村外れですね。綻びができ、比較的小さな魔物が姿を見せ始めているようです。僕たちの仕事は、その魔物の討伐と綻びの修復。村の住人の避難は終わっていて、協会が付近を見張ってくれているので、その辺りを気にする必要はありません」


 ヴィゼの言葉は明確で、エイバの頭にもすぐに染み通るようだった。


「今回の場合でしたら、動き方はいくつか考えられますが……。まず綻び周りに結界を張り一時的に魔物の侵入を食い止め、その間に魔物を掃討。狩り終えた時点で完全に修復を行い、その後素材を回収、というのが一番単純で良いですかね」

「……えっと、聞いてもいいか」

「どうぞ」


 エイバは気後れしつつも、穏やかな声に促されるように質問する。


「まず確認なんだが、その、ヴィゼは、修復士、なのか」

「そうです」

「すみません、先ほど伝えていませんでしたね」

「ああ、いや、それはいいんだけどよ……、ちょっと驚いて」


 呼び捨てはまずいか、と思ったがヴィゼは特に気にする風でもない。


 ――この少年が、修復士。


 その存在が稀有なものであることは、エイバも知っていた。


 それを伝えていなかったと頭を下げたレヴァーレを慌ててフォローし、エイバは続ける。


「それで、だが、綻びは先に修復するってわけにはいかねえのか?」

「はい。修復魔術の行使には時間がとられます。その間術者は無防備になりますし、仲間はその守りにつくことになる。そこに魔物が多いとなると、非常にリスキーです」

「なるほど……」

「もっと人数が多ければ同時進行でいけますが、僕たちは少数ですからね」


 エイバがふむふむと頷く。

 現場での動き方については全員異論はなさそうなので、ヴィゼは次の話に移る。


「それで、エイバ殿にお願いしたいことなのですが」

「殿……」


 そんな呼ばれ方をしたことが、かつてあっただろうか。

 エイバはわずかに顔を顰めたが、それは緊張か何かと勘違いされたようだった。


「剣士であるエイバ殿には、前衛を頼みたいんです。ゼエン殿が遊撃、僕とレヴァーレ殿が後衛、というフォーメーションでいきましょう。具体的には……」


 ヴィゼは備え付けのペンとインク壺を手に取り、すかさずレヴァーレから差し出された紙を苦笑しつつ受け取った。

 彼は四つの丸を描き、それぞれに前衛、遊撃、後衛、と説明を加える。


「まず後衛ですが、レヴァーレ殿が防御担当。障壁を張っていただきます」


 ヴィゼは紙の上方を前方として、丸の上に障壁を表す線を引いた。


「僕は攻撃魔術でエイバ殿とゼエン殿を援護します。ただ、申し訳ありませんがこれは必要最小限に留めます。というのも、修復魔術はかなり魔力を消費するので、その分の魔力を残しておく必要があるんです。今回は綻びが大きくないようなので、ある程度余裕があるとは思いますが」


 魔術というのは色々と面倒そうだ。

 興味はあったが、自分にはやはり剣だな、とエイバはつくづく思う。


「そして前衛、エイバ殿には前に出て敵を引きつけてもらいたいんです」


 ヴィゼは何本かの矢印を、一番上の丸に向けて書いた。


「エイバ殿が敵を引きつけ、仲間から注意をそらす。フリーとなった遊撃――ゼエン殿が敵の不意をついて倒す」


 遊撃の丸から敵の矢印に向けて線が伸び、敵の矢印にバツが書かれる。

 単純で、オーソドックスな戦術。それ故に確実なものである、とヴィゼは言う。


「前衛の危険は大きいですが、レヴァーレ殿が最も厚い障壁を張ってくれますし、ゼエン殿と僕も全力で援護します。お願いできますか?」

「おう」


 エイバは即答した。

 最初から、断るという選択肢は彼にはない。

 こっちから同行させてくれと頼んだのに、このヴィゼという少年は、と思った。

 礼儀正しいだけなのか、人を気遣いすぎるのか、それとも全く別の理由があるのだろうか。


「なるべく足手纏いにならねえよう努力する。よろしく頼む」


 エイバは深く頭を下げた。

 こうして、四人のパーティが結成されることとなったのである。




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― 新着の感想 ―
[良い点] ふぅ……… 嬉しい。本当に嬉しい。 漸く、きづい"だ。 本当によかった。 嬉し涙。 [一言] これからも頑張って下さい!(*≧∀≦*)
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